第68話
——配信後、なんと、タレントたちはダンスレッスンに向かった。あたしは片付けをしつつ、素材の整理をしてから会社を出た。
(リンちゃんご飯食べたかな? ……念の為カレー作っておくか……)
久しぶりに料理をしてから、仕事の続きを行う。Xの通知が届き、確認しに行くとメンバーが各々『ダンスレッスンあるから帰宅次第配信するねー!』や、『今日ちょっとだけ雑談枠するよ! 待っててねぇー!』など、投稿していた。
今日くらい休んだらどうだと一般人ならば思うだろう。しかし、この時期だからこそ、配信をつけることがとても大事になってくる。いわば、ライブの宣伝をしなければいけない。
最終日のチケットは完売だが、まだ地方の方は空きがいくつかある。買ってもらうためには、とにかく宣伝をするのだ。炎上しない程度に。
LINEを覗くと、連絡が来ていた。
>今から帰るから
<ご飯は?
>何も食べてない。本当に死にそう。餓死だわ。コンビニでなんか買ってくる
<カレー作ったんだけど
>ツゥ神。配信やる予定だからすぐ帰る
(……あ、そうだ)
ひらめいて、準備をする。しばらくして玄関から音が聞こえたので、あたしは玄関へ駆け寄った。へとへとのリンちゃんが靴を脱いでいる。
「ただいま……」
「配信部屋に行ってください」
「ちょっと待って、お腹すいた」
「いいから」
「ちょっと休ませ……」
背中を押して配信部屋に押すと、リンちゃんが——上から配信用スマートフォンが設置された丸テーブルと、そこに置かれた木のスプーンとフォークを見て眉をひそめた。
「座ってて」
「あ、えっと……」
「配信つけて」
「あ、はい……」
メンバーの誰よりも先に、白龍さんが配信をつけた。
(*'ω'*)
〜準備中〜
『こんばんはーーーーーー。お待たせしましたーーーーー。みんなのハートを射止める女王蜂歌い手、白龍月子ですー』
>蜂!
>蜂!
>実写だ!
>さっきはお疲れ様でした
『あ、公式配信、見ていただきありがとうございました。わた……俺ね、今帰ってきてさ、ちょっと休もうかなって思ってたらさ、なんかピリィちゃんに配信部屋行けって言われてさ……』
>今日は飲み配信ですか?
『や、飲みというか……てかさ、まじで今帰ってきたばかりだからクソ腹減ったんだけど』
>お疲れ様です
>ライブの準備大変そう
『や、皆さんを楽しませるためにね、みんな頑張ってますよ。今日はね、フォーメーションとか色々やってましたね。大変だけど毎回楽し……うわぁー! すげぇー!』
>!?
>どうした!?
>あっ
『何これ! どうしたの!?』
( ºωº )
ご飯と海苔で猫の顔の形にしたものを、カメラに映るようにテーブルに置き、おたまですくったカレーを周りに注ぐ。はい。カレーに包まれた猫の完成。
「えっ! ピリィちゃん! これ、え! えぇ!?」
野菜の上にポテトで作ったひよこを乗せたサラダを横に置き、お水を渡す。
「かわっ! ひよこ! え! やば!」
福神漬の小皿と、らっきょうが入った小皿を端に置いて、あたしはミニホワイトボードに書いた。
『召し上がれ』
「ちょ、待って、みんな、ピリィちゃん、それ貸して」
ミニホワイトボードを差し出すと、白龍さんがカメラに見せた。
「ねぇみんな見て、これ! ピリィちゃんの愛!」
>言うて新婚だからな
>月ちゃん、絶対に、ソースちょうだいとか言うなよ……絶対だぞ……! 俺のようにはなるなよ……!
>作ってくれる人がいるっていいなぁ
「いただきまーす。……あー、うめぇ……♡ 今日一美味い……♡ カレーってこんなに美味しかったっけ? まじで……骨の髄まで染み渡る……」
『二時間煮込みました』
「あ、そっか。ボイチェンできないからピリィちゃん話せないもんね」
『影と思ってください』
「今ね、ピリィちゃんがホワイトボードで会話してくれてますね。影だと思ってくださいだって。ピリィちゃんはご飯食べた?」
『まだです』
「え、食べてないの?」
『仕事してました』
「一緒に食べよう?」
『食べてください』
「やだやだ! 寂しいから! 一緒に食べよ!」
>蜂! 今夜は実写ですか?
>実写です
>今ピリィちゃんと仲良くご飯食べてます
白龍さんがあたしの手が映らないようカメラを動かし、主に自分の手元とお皿だけ映る画角に調整した。
「今はね、もうライブの準備がね、忙しいのよ。でもすごい楽しいよ。ダンスの形はできてるから、もうあとはひたすら繰り返すしかないんだけど、なんかね、毎回ダンスの修正が来るわけですよ。もうメンバーもついていくのでいっぱいいっぱいでさ」
>大変そう
>毎回!?
「そう。毎回。でも、すごいのがさ、毎回修正がね、入るから、ダンスのクオリティが上がっていくわけですよ。まじでかっこいいよ! 鏡で見ててうおー! すげー! ってなったもん!」
あたしの手が白龍さんの腕を叩いた。肘! 指を差すと、白龍さんが言った。
「あ、ごめん、ごめん、マナー悪かったね。ごめんなさい」
>肘wwww
>お母さんと部活帰りの息子みたいwww
「で、あれ、今日、撮影もあってね、ハードスケジュールだったんですよ。朝から別のお仕事も入ってて、それ行ってからまた別のお仕事もして、で、それからいつもの撮影現場に行って、ダンスレッスン? いやぁ、春よりハード」
>今回ツアーだもんな
>梅ちゃんの動画最近すごい見てます!
「あ、研修生ちゃんね。もちろん知ってますよ。あの、彼女のオーディションはね、ライブツアー最終日のアリーナで行いますんでね。えー、抽選結果をお待ちください。……ピリィちゃん、ご飯おかわりある?」
口パクで聞く。量は?
「さっきの半分くらい」
あたしはお皿を持ってキッチンに行き、再びご飯を猫の形に整え、ノリで『しょぼん』の顔を作って、レンジで溶かしたチーズを容器に入れて持っていく。
「でさー」
リスナーと会話している白龍さんの目の前にお皿を置き、再びおたまでカレーを入れ、チーズをぶっかけた。
「うわぁーーーー!! チーズ! チーズ!!」
白龍さんがカメラに手を見せた。
「ごめん、みんな、ちょっと待ってて」
画面には白龍さんの歩く足が見え、声が聞こえる。
「ピリィちゃん! まじ好き!! 本当に大好き!! 神すぎる!! チュー!」
「……配信のノリならやめてください」
「あとでちゃんとお礼言わせて。まじで大好き」
抱きつかれながら小声で言われ、あたしの口に触れるだけのキスをしてから、白龍さんが元の位置に戻り、おかわりカレーを食べ始めた。
「今回のライブね、各々ダンスパートがあって、めちゃくちゃキレキレで踊ってるので、そこもみんなに注目してもらいたい! まじでかっこいいから。特にエメち!」
>抽選当たってくれ!
>今から神に願ってる
>結果が待ち遠しい
「エメちのねぇ、ダンスすごいよ〜? なんかさぁ、母は強しっていうじゃん? その通りだなって思う。エメち見てると。やっぱさ、みんな結婚してないじゃん? 俺も結婚してるかって言われたら結婚じゃなくてパートナーシップでさ、子供のこととかもまだ全然話してないんだけど、エメちはさ、いるわけじゃん。ぽぽちゃんとぷぷちゃん。二人も子供いる女性ってさ、やっぱ違う。強いし、たくましい。なのに顔あんだけ可愛いからさ、羨ましいよね。こっちは。今のエメちの年齢に俺がなった時にさ、あんなに綺麗でいられる自信がないもん。まじですごいよ。エメちは。努力の塊だよ。あんなの」
(確かにエメさんはすごい。律儀だし、努力家だし、スタッフに優しいし、ぽぽちゃんとぷぷちゃんもめちゃくちゃ良い子だし)
「何? みんなカレー食べたいの? いいよ。あーん。……はい、だめぇー! ピリィちゃんのカレーは俺のものですぅー!」
それから30分ほど白龍さんが喋り、のんびりカレーを食べ終え、両手を合わせた。
「ごちそうさまでした。……じゃ、ご飯も食べ終わったんで、とりあえず今日の配信終わるね。また明日やりますー。みんな来てくれてありがとう。ばいばーい」
パソコンからエンディング動画を流し、画面が切り替わる。15秒後に配信が終わった。——リンちゃんとあたしがため息を吐いた。
「お風呂追い焚きして入ってください。で、髪乾かして、寝てください」
「本当にありがとう」
「いつも作ってもらってるので」
「ツゥ」
リンちゃんに両手で左手を握られ、頬に当てられる。
「惚れ直した。……すごい助かった」
「……疲れたでしょ」
「ガチで眠い」
「お疲れ様」
頭を撫でてあげると、リンちゃんが頬を緩ませた。
「やばい、抱きしめて良い?」
「抱きしめるだけね?」
「うん。抱きしめるだけ」
抱きしめ合うと、リンちゃんが腕の力を強くさせて、思い切りあたしを抱きしめてきた。
「苦しい!」
「ぐふふふふ♡」
「リンちゃん!」
「ツゥ、大好き……」
あたしの手がリンちゃんの背中を撫でた。
「本当に好き……」
「……疲れてるから、もうお風呂入ろ?」
「あ、片付け手伝うわ」
「ううん。あたしやっておくから入って。明日も早いでしょ?」
「ツゥ〜♡」
「いいから早く入って」
「大好き。大好き。もう、まじで、大好き……♡」
「もう……」
パートナーシップの手続きをしてからだろうか。ウェディングフォトも撮り、指輪もしているせいか、本当にリンちゃんと夫婦のような関係になれた気がする。
以前もリンちゃんが疲れていたら力になってあげたいと思ってはいたが……今の方が、気持ちが強い気がする。
(今乗り越えたらその先は休めるからね。今だけ頑張ろうね……)
優しく優しくリンちゃんを励ます想いで背中を撫でていると、リンちゃんの様子がおかしくなった。……おや。
「まだ寝ないよ!」
「……んー……」
「お風呂入って」
「なんでこの時期に色々被るかねぇ……」
「今だけだから! はい、起きる!」
「眠い……」
抱きしめるのをやめて、欠伸をするリンちゃんを引っ張った。




