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第66話

 役所で、パートナーシップの宣誓手続きを行う。担当をしたお姉さんが笑顔を浮かべ、カードを差し出した。


「こちらにお名前記載していただければ、サービスを受ける際の証明書となりますので」

「あ、……わかりました」

「こちらが証明書ですね」

(うぉお……すご……)

「今回の請求額がこちらですね」

(おっふ……)


 リンちゃんが全額払おうとしたが、断って自分の分を出す。


「これは二人のことだから、自分の分は自分で出そ」

「……婚姻届はお金かからないのにね」

「結婚じゃないからね」

「ちょっと不満」

「美味しいものでも食べに行こう。あたしの奢りで」

「お、いいねぇ」

「指輪選びに行くついでに」

「そうだった」


 役所の後は、ブライダル専門店で指輪を選ぶ。


「あの、仕事の関係でデザイン別にしたいんですけどできますか?」

「できますよ」

(できるんだ!)

「色を変更したり、デザインも全く違うんですけど、宝石だけ同じですとか……」

「うわぁ……」

「ツゥ、これにしよ」

「あぁ……いい値段……」

「そのための貯金でしょ」

「……はい……」


 お金は飛ぶが、その対価に幸せを得られる。


「「YouTubeチャンネル100万人突破、おめでとぉ〜〜〜!!」」


 佐藤さんが涙ぐみ、社長が能天気な笑顔で拍手をしている。


「いや〜、長かったね! 五年だってさ!」

「長かった〜!」

「会社変わってからの20万人が早かったねぇ」

「いや、それな?」

「ドームライブしたの強かったかもね」

「まだまだ大きくなっていきますよ!」

「応援よろしくお願いします」

「ます」

「……ありがとうございます……」


 佐藤さんが運営部に頭を下げる。


「ありがとうございます……!」


 前の事務所で五年、こっちに移ってからも献身的に命をタレント達へ捧げてきた佐藤さん。こちらこそ、頭が上がらない。


(これからどうなっていくんだろう)

「次は200万人目指すとしてさ、何やる?」

「やっぱ定期的にライブ配信はしたいよね! オリジナル曲じゃなくて、歌ってみた系のやつでさ!」

「ホロライブみたいな感じ?」

「そうそう!」

「オリジナル曲は実際のライブでってことね?」

「運営どうですかー?」


 技術が追いつきません。振り返るとCG班が目の下にクマを作って親指を立てていた。あんたらすげぇよ……!


「ご検討しますだってさ」

「あーん! 楽しみぃー!」

「あ、それと告知なのですが」

「はいはいはい!」

「研修生がいますよね。一人」

「はいはいはい!」

「サクラ梅ちゃんね」

「8月にさ、ライブがあるじゃん。はい。この配信が終わった直後にチケット販売が始まるんですけども、そこでね、オーディションをしたいと思ってます」

「そうなんです〜!」

「これ、結構ガチでして。どうせ入るんだろ? ってみんな思ってると思うんですけど、ライブで披露する歌い方によって、私たち四人がガチで審査して、ガチで落としにかかります」

「運営がOKしてもね、こればかりは四人のフィーリングもあるし、合わないなって思ったら容赦無くいきます」

「だからブーイングになるか、歓声になるかは梅ちゃん次第です」

「あ〜、白龍悪い顔してるわぁ〜」

「いや、だってガチだから」

「というので、面白いものが見れると思いますので、ぜひライブいらしてくださいね」

「梅ちゃんの練習風景は随時TikTokにて公開してますので、よろしくお願いします」


 サクラさんには三ヶ月で見ていると言っていたが、案外彼女はミッションを難なくこなしてしまった。というわけで、時間を早めました。


「やれますか?」

「やります!」

「楽しみにしてます」


 打ち合わせをしてから、サクラさんは必死に練習をしているようだ。別の班に密着撮影をお願いしているが、ライブ用のダンス練習をしているせいか、最初に打ち合わせをした時よりも痩せているように見えた。


「これって本当に落ちたりするんですか?」

「メンバーがOKしなければ、全部白紙になります」

「うおわ……密着してる側からすると、やっぱり、頑張り屋さんなので、上がってほしいなって気はしてます」

「メンバー次第ですね。……あたしも選ばれてほしいです。また新しい人見つけないといけないので……」

「これもしサクラさんだめだった時のプランもあるんですか?」

「大人数のオーディションをしようかって話にはなってます」

「あー、ダメプランあるんだ……」

「そうならないように、今頑張ってもらってます」

「いやー、えぐいなぁ……」

「ふじっち、動画編集したので見てもらっていいですか?」

「あ、了解ですー」


 人手不足申請がようやく通ったのか、手が空いてる編集者をこちらに回してもらえるようになってきた。私の仕事は、編集ももちろんやるのだが、だんだん最終確認係になってきた。


「ここもう少しこうしてください」

「あ〜なるほどぉ……。ふじっちすごいですね」

「当たり前ですよ。今までこれ一人でやってたんですよ?」

「いや、頑張ります……」

「編集のコツは、土日は絶対パソコンに手をつけないことです。休むのです。もう、睡眠をとりましょう。ひたすらに」

「え、でもふじっち散々残業……」

「休むんです!」


 日曜日はお休みしましょう。でないと、作った指輪をつけて、ブライダルフォトは撮れませんよ。


「自然な感じでお願いします〜」

(自然な感じ……)


 手を繋いで歩くと、リンちゃんに笑われた。


「ツゥ! 硬いって!」

「自然な感じってなんですか?」

「ちょっとそこのブランコ乗って」

「これですか?」

「で、私がここに立って」


 ブランコに乗るあたしにリンちゃんが額を重ねた。ベストショット。


「これ自然な感じなんですか?」

「喋らない」

「……めちゃくちゃ撮られてるんですけど」

「喋らない」

「……リンちゃんのウェディングドレス姿、綺麗」

「……ツゥも綺麗だよ」

「へへっ」

「んふふふふ!」


 リンちゃんが信頼してるカメラマンの腕は素晴らしい。どれもアート作品のように綺麗に撮れていた。


「あー、これツゥいい顔してるわぁ……」

「これリンちゃん可愛い」


 一枚ずつ選ぶこの時間が愛おしい。


「なんかあれだね」

「ん?」

「リンちゃん白髪だから、天使と結婚してるみたい」


 軽く笑って言うと——リンちゃんの顔が真っ赤に染まった。


(あれ?)

「……あ、なんかきたかも」

「え?」

「曲のイメージが」

「今!?」

「ちょ、書くもの、誰か」


 終わってからお互いかなりほっとした。リンちゃんにはこれで配信や活動に集中してもらえるし、あたしも仕事が割り振られて時間が余った分、動画編集の勉強に時間を費やせる。——と思ったのだが、


「ツゥ、ツイキャスやるからボイチェンで喋ってくれない?」

「……一時間だけですよ」

「うん。一時間だけ。……でね、やりたいのがこのゲームなんだけど」

「はいはい」


 たまに、リンちゃんの枠にお邪魔するようになった。一緒に機材を使うことができないため、あたしは自分の部屋からボイチェンをかけてリンちゃんに通話をかけ、それを配信に流すという仕掛けであった。


 ——このためだけに、リンちゃんがあたしに内緒でピリィちゃんのイラストを用意し、あたしが出る時だけ画面に貼り付けた。


『これさ、二人じゃないとできなくて』

『メンバー呼べばいいじゃないですか』

『いや、せっかくピリィちゃんいるなら二人でやろうよ! 夫婦の力見せつけてやろうぜ!』

『夫婦じゃないです。パートナーです』

『ゲームスタート!!!!』


 サクラさんとの打ち合わせも円滑に進んでいく。


「もう少しでライブですね」

「はい!」

「もう少し踏ん張れそうですか?」

「いけます!」

「必ずオーディション通ってください。メンバーがOKを言わないと、あたし達も何も言えずに白紙になってしまうので」

「最善を尽くします!」


 全てが順調に進んでいく。8月のライブチケットもあっという間に完売した。動画投稿も、配信も、メンバーも、全てが順調であった。




 だが、そう簡単にいかないのが人生だ。





「骨にヒビが入ってます」


 血の気が引く。


「一ヶ月は安静にしてください」


 ドームライブツアー二週間前、木陰エメが真っ青な顔で、天井を見上げた。




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