第64話
20時すぎの夜。あたしはパソコンから白龍月子の配信に飛んでみた。——3万人もの人が集まり、数えきれないコメントの数。
>行動浅はかすぎない?
>おめでとぉーーーー!
>いや、どういうこと? 納得いかんのだけど
>結婚じゃないんだからいいじゃん
>いや同じだから馬鹿なの?w
>今まで応援してきた我々を見捨てる行為だと気づかなかったんですか?
>いや、叩いてる奴らなんなんwww
>白龍月子が幸せになってくれるなら俺はなんでもいいよ
>みんな落ち着いて! どうせすぐ別れるから!
>月ちゃん、気にしなくていいからね。どうせガヤだから
(なになになになに!?!?)
『なんかすごい荒れ始めたね。あははは!』
(え? え? どういうこと!?)
高橋先輩から通話が来た。応答した。
「藤原です!」
『白龍さんの枠!』
「今社内で確認してます!」
『何があった!』
「確認中です!」
あたしはコメントを打った。
>今きたけどすごい荒れててびっくりした。どうした?
>結 婚 宣 言
>白龍が結婚するらしい
>結婚じゃないって。パートナーシップ
「え? え?」
「え、白龍さん結婚するの?」
『あ、初見さんいらっしゃーい。ごめんねぇー。なんかすごい荒れてるわー』
「け、結婚報告したって!」
『おー……やってくれたな……』
「ど、どうしましょう! 先輩!」
『……ふじっち!』
「はい!」
『凸させろ!』
「……はい!?」
『リスナーに一人ずつ通話させろって、白龍さんに言え!』
「……凸させてどうするんですか!」
『炎上には炎上で返す! いいからやれ!!』
「っ、わ、わかりました!」
あたしはすぐに白龍さんにLINEした。
>お疲れ様です。運営部の藤原です。現在配信がかなり荒れておりますので、よろしければ視聴者のお声を聞く凸待ちを緊急でやっていただけませんか? Skypeで構いません。ご検討よろしくお願いいたします。
(お願い! リンちゃん! 言うこと聞いて!!)
『……なんかご意見沢山あるから、凸待ちするか。うん。緊急凸待ち企画やります。今コメントしてる人、誰でもいいよ。言いたいことある人、今SkypeのID見せるから、こっちにかけてくれない?』
SkypeのIDを見せた途端、一気に通話が鳴り始めた。白龍さんが取った。
『はーい! もしもしぃー!』
『もしもし……』
『お名前は「歯抜けさん」でいいですか?』
『はい』
『はい、なんですか?』
『いや……働き蜂のみんなは……今まで白龍を応援してたわけじゃないですか……』
『はい』
『スパチャもかなり飛んでたし……』
『はい』
『それを裏切るんですか?』
『裏切るの意味がわからないのですが、別に裏切ってませんよ?』
『え、だって……結婚するってことは、僕らのお金を使って結婚式とかあげるってことだから、それって働き蜂をお金投げる奴隷として見てるってことじゃないですか……』
『まず一つ、パートナーシップは結婚じゃなくて、支え合うパートナーになりますっていうのを承認してもらう制度です。二つ目、俺は歌い手です。歌を歌って、その価値を認めて来れた方々がお金をくださってます。キャバ嬢でもなんでもないので、裏切ってないです』
『え、それは違くないですか?』
『あなた、ちなみにいくら投げてくれました?』
『あ、僕は投げてません……』
『えー! 投げてないのに言ってるの? それちょっと違くなぁーい?』
>はぁ?
>何こいつ
>落ちろよ
>こんなの働き蜂じゃねぇから
『Re:connect好きですか?』
『聞きます』
『え、何が好き?』
『空模様パレット』
『え、もしかして……ミツK?』
『……はい』
『あーそれ良くないよ?』
『え……』
『いや、だって、結婚するの私だからさ。ミツカじゃないじゃん。あなたが今こうやって上がってきて意見いうことによって、ミツKの印象悪くなっちゃうよ?』
>お前落ちろよ!
>ミツKですが、こんなのと一緒にしないでください
>ただのかまってちゃんじゃねぇかよ! ふざけんな!
『今さ、応援してくれてる働き蜂にね? 意見があるなら言ってくださいっていう凸待ちなのね? ミツKを待ってるわけじゃないんだよね』
『はぁ』
『ミツカ好きなんだ?』
『まぁ、はい』
『可愛いよね。歌も上手いしさ』
『はい』
『ミツカじゃなくて、ここ俺の枠なんだけど、言いたいことある?』
『……いや、すみませんでした』
『8月にライブあるからさ、抽選応募してよ! 絶対すごいライブにするから!』
『あ、はい。応募します』
『凸してくれてありがとうね! じゃあねー!』
リスナーが落ちた。次のリスナーに行く。
『もしもしー』
『働き蜂です』
『あ、どうもどうも、存じてますよ。「ゆってゃん」ね。いつもね、コメントも、いいねもしてくれるもんね』
『ご意見というか、質問があってきました』
『はい、なんですか』
『月子ちゃんは、ピリィちゃんと結婚するって言ってるじゃないですか。でも、同性同士って、結婚じゃなくて、パートナーだって了承得るだけみたいな、そんな仕組みじゃないですか』
『はいはい』
『それって、意味あります?』
少しだけ、コメント欄が止まった。
『戸籍も変わらないし、対して変わらないなら、それをする意味がないんじゃないかと思ってます』
『……まぁー、これはね、俺の意見ね。……高校時代を含めたら、もう……八年ちょっとくらい、付き合ってるわけですよ。で、これが男女だったら、結婚したいなぁーってなるわけですね。それを、同性で思うのって、おかしなことですか?』
『……でも、子供も……その人の子供は作れないし、今のままでもそれって、あまり変わらないんじゃないかなって。わざわざ配信で言う必要はなかったんじゃないかなって思います』
『子供は確かに作れない。法律上、今の日本では同性愛同士の結婚は認められてない。そうだね。わざわざ言う必要はなかったかもしれない。でも、ここは俺の枠で、俺が何を言ってもいい場所なのね。で、繰り返しちゃうんだけど、俺は色恋営業はしてないし、キャバ嬢でもホストでもない。一人の女を好きになる一人間で、歌手です。何が悪いですか?』
『悪いとは言ってません。意味があるのかなって思っただけです』
『意味はあります。俺が満足します』
『結婚じゃないのに満足するんですか?』
『そりゃ、法律上で結婚できるなら、したいですよ。でも、今日本で設定されてる同性同士の結婚方法がパートナーシップなら、それをして、俺はピリィちゃんとそういう関係ですよってことにしたいんですよ』
『うーん』
『彼氏いる?』
『います』
『結婚したいって思わない?』
『プロポーズされたら』
『もしさ、男女の恋愛の結婚がパートナーシップだった場合、それでも一緒にいたいから手続きしてくれって言われたら、する?』
『……え、それって、夫婦じゃないけど、夫婦みたいになるってことですか?……』
『そっ』
『あ、します』
『そういうこと! 俺ね、ピリィちゃんと夫婦になりたいの! で、歌も歌い続けたいの!』
『でも、女同士だから夫婦ではないんでしょ?』
『そうだよ』
『月子ちゃんはそれでいいの?』
『いいよ、だって』
その声は、とても嬉しそうだった。
『好きな人と一緒になれるなんて、すごく幸せじゃん』
——その声を聞いた途端、少しだけ、コメントの方向が変わってきた。
>今、アイドルも普通に結婚報告するからな
>女優とか声優もね
>正味、言ったからって何も変わらない。俺は白龍月子の声に惚れ込んでるんだ。何があったって応援するよ。ただピリィちゃんには言いたい。俺の月子を泣かせるんじゃねぇぞ!
『他に言いたいことある?』
『……ありません。すみませんでした』
『ううん。勇気持って連絡して来れてありがとう。またライブ来てね』
『あ、握手券付きのやつ応募します』
『うわ、嬉しい! 待ってる!』
白龍月子が一人ずつ対応していく。
『他にご意見ある人いますか?』
凸に上がる人もいるが、——人間、根本から阿呆な人はなかなかいない。白龍月子の結婚報告は、ただ結婚が決まった一人の女性が喜んで、ファンの人たちに、筋として報告しただけに過ぎない。それに文句を言う人は、大体、ただのヤジであった。
『ね、他にいない?』
凸が落ち着いてきたようだ。
『全然、俺、何時間でも付き合うけど』
凸者がいなくなってきたようだ。
『ねぇ、意見ある人いないの?』
——コメント欄が荒れている。荒れてはいるのだが、やはり、それよりも多くのお祝いコメントが綴られ、流れていく。
>パートナーシップ祝!
>結婚したって変わらない! 白龍月子は永遠だ!
>月子大好き!
>白龍月子の歌を聞いて、転職を決めて、今すごく幸せだから、君が幸せになってくれるなら何でもいい
>これからも惚気話待ってる!w
>ピリィちゃんが配信やるの待ってる!
『今日のことネットニュース載りそうだね。いや、でもね、ちょっと報告が急すぎたね。それは俺も反省します。でも、やっぱりさ、ピリィちゃんと再会した時もさ、みんなずっと応援してくれてたから言いたかったのは言いたかったんだよね。びっくりさせてごめんね、それは』
>気にするな!
>その代わりに今まで以上に頑張れよ!
>応援してるぞ! 月子!
『あ、そうだ! 新曲出ます! 言い忘れてた! 新曲! 新曲出ます!』
>何ーーーーー!?
>それを早く言えーーーーー!!
「……収まりましたかね?」
『……お前さ、一緒に住んでるんだろ?』
「はい」
『……言う前に一言相談するよう、伝えてもらっていい?』
「はい。もう、言っておきますんで」
『頼むぞ。ピリィちゃん』
「すいません。本当に……うちのバカが……すいませんでした……!」
電話越しに、あたしは深く頭を下げた。
「もう、今後は、絶対に、させないようにしますので……!」
『あとさ、……これ提案なんだけど』
「はい?」




