第62話
——両親と、星乃が並んだ。
——正面に、あたしとリンちゃんが並んだ。
「……高校から、お付き合いしてる、西川リンさんです」
「西川リンです」
「正真正銘の女性です」
「女です」
「パートナーシップを組もうと思ってます」
「あの、恋愛的な意味で」
「……結婚みたいなものをしたいと、思ってます」
お父さんが黙り、お母さんが眉をひそめて——言った。
「リンちゃん、本気なの?」
「はい」
「月子だよ?」
「はい」
「月子の……何がいいの……!?」
——リンちゃんが瞬きし、あたしは無表情で両親を見た。
「お父さんも言ってやって!」
「……リンちゃん、こう言ってはなんだけどな……考え直した方がいい。月子は良くない」
「もっと良い子がいると思うの!」
「反対をするわけじゃないよ。うん。でもね、リンちゃん、六年も連絡を返さなかった娘だよ? 実家にだってね、四年も帰ってこないんだよ? 父親としてもね、こんな娘をリンちゃんみたいな良い子の側にいさせるのは、不安なんだよ」
星乃が俯き、肩を震わせる。……こいつ笑ってやがる。
「だらしないよ? デリカシーないよ? お金大好きだよ? 地味だよ? いいの?」
「……はい」
リンちゃんがあたしの手を握りしめた。
「絶対幸せにします」
「いやぁー」
「月子はやめた方が……」
「……いや、あのさ」
耐えきれなくなったあたしが声を出す。
「ごめん。そこ?」
「そこって何!? 大事なことでしょう!?」
「まぁまぁ、母さん、落ち着いて」
「いや、女性同士だからとか、そういうのはないの?」
「そんなのもう時代が時代なんだから別にいいでしょ!?」
「女同士でも子供作ろうと思ったら作れるんだろ?」
「いや、それは……養子もらったりとか、人工受精とか、やり方はあるけど……」
「それならいいんじゃない?」
「私は別に」
「うん。お父さんも別に。なぁ? 雪」
「わんっ!」
「星乃は?」
「ぶっくく……私も……別に……!」
星乃がお腹を抱える。
「くぅーーー!」
(お前後で覚えてろ)
「リンちゃん、本当にいいのかい?」
「はい!」
「……それじゃあ」
お父さんが笑みを浮かべた。
「月子をお願いしますね」
「……はい」
「はぁ。……あ、リンちゃん、どうぞ、お菓子食べて」
「あ、すいません」
「お昼は? 食べた?」
「あ、軽く」
「カステラ食べて行かない?」
「あ、食べたいです」
「今持ってくるね。月子! 立って手伝いなさい!」
「いや、そこは星乃……」
「あんたリンちゃんと結婚するんでしょ! だったらリンちゃんのカステラくらい自分で持って行きなさい!」
「いや、だから、あの……わかった、わかったから……」
キッチンについていくと、カステラを出すお母さんに文句を言われる。
「あんたね、高校時代からリンちゃんにお世話になってるくせに、結婚してもらえるだけありがたいと思いなさいよ!?」
「はい、感謝します。はい」
「あんな良い子、そうそういないんだからね!?」
「はい、わかってます。はい」
お母さんがカステラを切り分けていく。
「……ねぇ、本当に何も思ってないの?」
「思ってるよ! リンちゃんの側にあんたをいさせるなんて心配でしかないよ!」
「いや、そうじゃなくて……性別のこと……!」
「あのねぇー!」
お母さんが包丁を置き、あたしに向き合った。
「別にあんたがどんな人生送ろうが、どんな人を好きになろうが、関係ないから! 幸せになってくれたらそれでいいから!」
「……」
「やー、でもリンちゃんの結婚相手が月子っていうのが不安すぎる……。……あんた絶対浮気するんじゃないよ? リンちゃんに感謝して毎日過ごしなよ?」
「や……感謝してるし……浮気とかしないし……あとパートナーシップって結婚とは違くて……えっと……」
「……性別はね、気にしなくて良いから。言ってくる人とかいても、母さんたち全然気にならないから」
「……」
「ちょくちょく帰ってこいとは言わないからさ、一年に一回くらいは帰ってきなさい? リンちゃんも連れてきてもいいから。……四年はやめとこ? 心配になるからさぁ」
「……や、それはごめん」
「あんたそういうところだよぉー?」
「いや、はい。わかってます……」
「気をつけな? 全く。……ほら、持っていって!」
「はい。はい。すみません。持って行きます。はい」
お母さんが切り分けたカステラを、あたしが丁寧に持っていった。
(*'ω'*)
——リンちゃんのご両親と、お兄さんが並んだ。
——正面に、リンちゃんあたしが並んだ。
「藤原月子さん」
「お世話になっております」
「パートナーシップの申請をしようと思ってて」
「はい」
「同性婚の……あの、いわゆる……結婚みたいなものをします」
「えーーーーー!!」
リンちゃんのお母様が、叫んだ。
「おめでとぉーーー!!」
「月子ちゃん、娘をお願いしますね」
「はい。……一緒に、幸せになるよう、努力します……」
「やーん! 嬉しいー!」
リンちゃんのお母様があたしにお皿を差し出した。
「月子ちゃん! パンケーキ食べて!」
「あ、すみません」
「遠慮しないで!」
「すみません、いただきます……」
「月子ちゃん、チョコレートとシロップどっちがいい?」
「あ、すみません、お義兄様。……シロップで」
「ん」
「リン、お前最近仕事はどうなの」
「ちゃんとやってるよ。あれ、月子が動画編集してくれてる」
「あ、そうなんだ! やだー! 職場恋愛じゃーん! あ、月子ちゃん遠慮しないで!」
「は……はい……」
「ライブの時にさ、私たち会ったもんねー!」
「はい……会いました……」
「あー! そっか! 職場が一緒だったんだ!」
「あれ、今所属してる事務所が月子の会社なんだよ」
「えー」
「何それ! 運命じゃーん!」
「月子ちゃん、無理して食べなくて良いから」
「す、すみません、お義兄様……緊張して……」
「大丈夫、大丈夫」
「えー! リン! どっちから告白したの!?」
「私から」
「プロポーズは?」
「私から」
「やだぁー! 男らしいー!!」
「月子ちゃん、これ良かったらお家に持って帰って」
「あ、お、お義父様……すみません! ありがとうございます……!」
「え、リン、高校の時に付き合ってたのって月子ちゃん?」
「そう」
「あー、パートナーシップまで行ったんだぁ……」
「兄ちゃんも早く彼女作りな」
「うるせっ」
「月子ちゃん、大根いる? うちの庭で採れたやつがあるんだけど」
「あ、持っていって! 月子ちゃん!」
「あの、えっと、あの、はい、あの……」
——ぐったりしながら、カラオケのソファーに倒れる。
「気絶するかと思った……」
「うっわ、なっつかしぃー! 変わらないね! ここも!」
リンちゃんがマイクを握り、タッチパネルをあたしに見せる。
「何歌う?」
「なんでそんな元気なんですか……」
「挨拶回り終わったから!」
「あたしは休みたいです……」
「バラードでも歌う?」
「あぁ……いいですね……」
あたしはクッションに埋もれる。
(終わった……最大難関の挨拶巡り……終わった……!)
曲が流れる。液晶画面に、『君に伝えたいこと』という曲名が出てくる。
(この場所でマイク握るリンちゃんを眺めるの、懐かしいなぁ……)
「夜の静けさに沈むスマホ、画面を何度も見つめてる、既読のつかないメッセージが、胸の奥を締めつける」
(あー、バラードがメンタルを回復させるわぁー……)
「結婚しようって言ったよね? また会おうって言ったよね? 少しだけ離れるはずが、もう何年経ったかな」
(……ん?)
「今でも君の返事を待ってる、たったの一言でいい、おやすみ、元気? 会いたいの、返事が来れば、迎えに行くのに」
(……)
「このまま夜が明けても、何も変わらないのかな。君の声が聞きたいのに、君は側にいない」
間奏が流れる。リンちゃんがあたしをチラ見した。あたしはクッションに埋もれたまま言った。
「すみませんでした」
「一生許さない」
「これこういう歌詞だったんですね。知らなかったー」
「お前運営部だろ。なんでタレントの歌知らないんだよ」
「サビは知ってますよ。サビは」
「それ知ってるって言わないから」
あたしはスマートフォンを点け、TikTokを開いた。あ、サクラ梅ちゃんが配信してる。
(……すごいな。こっちはこっちで歌枠やってるや)
「……ツゥ? 今、お前の嫁になる女が歌ってるんだけど?」
「サクラ梅ちゃんも歌ってますよ」
『ギフトありがとぉー!』
「いや、やっぱりリアクション面白いな……」
「ツゥ!」
スマートフォンを没収された。
「お前の! 奥さんになる女が! 歌ってるんだけど!」
「確認してただけです」
「普通さ、奥さんになる女が歌ってる横で、別の女が歌ってる配信見る!? そういうの不倫って言うんだけど!」
「言わないですよ」
「言うから!」
「あなたが選んだ子じゃないですか」
「そういう問題じゃないから!」
「わかった、ごめんね」
リンちゃんの頬にキスをする。
「もう見ないから」
「……ね、ツゥも歌お? 暇だからスマホ見るんだよ」
「……サクセス歌う?」
「あ、いいじゃん。歌お」
まるで高校時代の延長線。あたしの隣にリンちゃんがいて、リンちゃんの隣にはあたしがいる。
この先もずっと一緒にいるためとはいえ、挨拶まで完了してしまった。
「……ツゥ」
「……東京戻ったら、すぐに撮影ですよ」
「わかってる」
「……今のうちに沢山休んでください」
「忙しくなるね」
手を握りしめあう。
「8月のライブの準備もしないと」
「そうですよ」
「梅ちゃんのオーディションもその辺り?」
「はい」
「やばいね。すごい楽しみ」
肩が重なる。
「それをツゥとやっていくのが、嬉しすぎる」
「……あたしも嬉しいです」
「頑張ろうね」
「はい」
液晶画面に映ったRe:connectのライブ映像を眺めながら、二人で寄り添い合った。




