第61話
都会街の道路を二人で歩く。
「なんかさぁ、六、七年会ってないとさ、雰囲気変わるもんなんだね。みんな」
「先輩来た時、一瞬静まり返ってましたね」
「いや、あれびっくりしたわ」
「それウィッグですか?」
「そうそう。マンションにあったやつ」
「え、そんなのありました?」
「あれ、クローゼットの中に」
「……あたしあまり先輩のクローゼット見ないので」
「いや、お前さ、部屋は覗くくせにクローゼット覗かないの何?」
「いや、そこは人のプライベートがあるじゃないですか」
「お前、私が隠す大人のグッズはいつも発見するくせに、よく言うよ! 高校時代もあったよね!? そういうこと!」
「見つけやすいところに置いとく方が悪いんですよ」
「いや、お前、それさぁ!」
ケラケラ笑いながら会話を繰り返す。
「あ、これ終電ですね」
「座れそう」
「ラッキー」
駅につき、見慣れた道を歩き出す。
「西川先輩、迎えとか来ますか?」
「ツゥは?」
「歩きです」
「運命。歩きたい気分だった。久しぶりだしさ」
「ですよね」
歩いたら1時間かかる人気のない暗い道を二人で歩く。街灯がない道はあまりにも暗すぎるので、あたしのスマートフォンでライトをつけた。
「懐かしい。ツゥ覚えてる? 学校祭の前とかさ、懐中電灯持って歩いてたよね」
「ありましたねぇ」
「なっつ」
「故郷って不思議ですね。あたし、家に帰った途端子供に戻った気分になりました」
「あ、それ私も」
「ですよね」
「兄ちゃんタイミング合わせて帰ってきたらしくてさ、昨日お寿司食べに行った」
「あ、あたし初日に焼肉行きました」
「あそこでしょ? 食べ放題の」
「ですです」
「なつかしぃー! みんなで行ったよね!」
他人が聞けばどうでもいい話に花を咲かせるこの時間が楽しくて仕方ない。
「あっちに行った先のさ、公園覚えてる?」
「あー、ゲーム!」
「二人でしてたよね」
「あれもうサービス終了しちゃったんですよね」
「あれさ……なんでうちらあんなにハマってたんだろうね?」
「子供だったんでしょうねぇ」
たぬきが平然と道を歩いていた。あたしたちはいつも通りだと思って通り過ぎる。
「あのさ?」
「はい」
「ツゥさ」
「はい」
「この間、私に言ったこと覚えてる?」
「……いつの話ですか?」
「……うーんとね」
西川先輩が言葉を濁した。
「さっきさ」
「はい」
「まぁ、みんなの前でさ、言ってたじゃん」
「……同棲してる人の話ですか?」
「うん」
「はい」
「ずっと一緒にいたいと思ってるって言ってたじゃん」
「……はい」
「……えっとね」
「はい」
「どうしようかな。あのさ、今、このテンションで行くか、真剣モードで行くか考えてるんだけど」
「どっちで行きます?」
「いや、ツゥ決めて。またゆかりんの時みたいに、軽く言われたーって言い出すじゃん」
「えー、どうしようかなぁー!」
「お前東京に帰ったら覚えてろよ?」
「あははは!」
「どうする?」
「……先に聞いておきたいんですけど」
「何?」
「リンちゃん、……東京行ったばかりの時って、どんな生活してたの?」
「家賃2万のところ住んで、寝る以外、ライブハウス行ったり歌上手い人のところ潜り込んだり、ずっと配信つけっぱにしてお金もらいながら歌って生活してた」
「……」
「そこから紹介に紹介されて、よくわかんないオーディション受けまくったりして、目に止まったプロデューサーが教えてくれたオーディションがあって、それがRe:connect。あの頃はもう……だいぶ生活は整ってたかな」
「……」
「で、ダンスレッスンとか始まって、ボイトレもちゃんと通い始めて、で、時間ある限り配信やって、配信で稼いだお金でパソコンとか機材買ったり、なんか、毎日本当に、そんな感じ。怒涛だったな」
「……詐欺とか、枕とか……大丈夫だった?」
「多かったよー。ホテルに誘われたこともかなりあったけど、そういうのは全部切っていくとさ、意外とまともにやってる人が一人現れて、そこからちゃんとやってる人たちの輪が広がっていったりするんだよ」
「……」
「あっという間だった。時間忘れるくらい忙しかったし、メンタルヘラった時もかなりあった。そういう時にさ、月子を思い出したんだよ。その度に星乃に連絡したりとかさ、後輩たちに連絡したりとか、LINEも教えてもらったけど、結局連絡できなかったし、来なかったし」
「……」
「私、今でもはっきり覚えてるよ。お前上京する前に駅でさ、泣き喚いててさ、リンちゃん行かないでって大泣きしててさ、もう私がどんな想いでツゥから離れたことか。そのくせに、六年も、連絡こなくてさ!」
「……」
「一生許さないからね?」
あたしの足が止まった。リンちゃんも足を止め、振り返る。
「一生許す気ないのに、その相手にプロポーズしたの?」
「そう」
「それって変じゃない?」
「だって、責任とってもらわないと。私の人生をこうさせたのって、そいつが原因だからさ」
「結婚はしたいけど、パートナーシップは嫌って言ったら?」
「説得するかなぁ。どちらにしろ、今の状態が気に食わないわけだし」
「パートナーになりましたって証があればいいってこと?」
「うん」
「そここだわるのって、なんか理由ある?」
「女が彼氏に対して結婚にこだわるみたいなもんじゃない?」
「リンちゃん、そういうところ女性らしいよね」
「うん。自分でもそう思う」
夏の風が畑の草を揺らす。
「暗いね」
「真っ暗だね」
スマートフォンを持っているので、片方の手でリンちゃんの手を握って、見上げる。
「苦労した分の責任、取らせてくれますか?」
「……えー、どうしよっかなー? 散々連絡切られたからなぁー?」
リンちゃんの手があたしの腰を掴み、身を屈ませてくる。
「チャンネル登録者数200万人、行かせる動画作りますから」
「えー? 200万? 本当に?」
「本当です」
「できるの?」
「やります」
「うーん。じゃあ、考えてもいいかなぁ?」
「ふふっ」
「……ごめん。私から言っていい?」
「……はい。リンちゃんが先だったので」
「……月子」
誰もいない、畑に囲まれた真っ暗な道路。
「結婚してくれますか?」
「……はい。よろしくお願いします」
手を強く握りしめる。
「あたしもリンちゃんとずっと一緒にいたいです」
「私も」
額が重なる。
「月子とずっと一緒にいたい」
「パートナーシップ、帰ったら、手続きに行きましょう?」
「その前にさ」
これは大事なこと。
「挨拶、どうする?」
「言います」
「……言える?」
「はい。親にちゃんと言います」
「……無理、しなくてもいいよ?」
「ちゃんと説明します」
これは恥ずかしいことじゃない。怖いことじゃない。あたしがこの人といると決めた以上、それは絶対に間違ってない。
「あたしが愛してる人のこと、ちゃんと、話します」
「……あ、ちなみにうちはもう了承済みね」
「はい」
「……いつ暇?」
「……いつでも」
「……明日にしとく?」
「どっちからですか?」
「……先に、怖い方から行こうか」
「……」
「手土産準備するからさ、13時からでもいい?」
「……わかりました」
「うん。じゃ……」
握った手を引っ張られる。
「帰ろっか」
「……はい」
「……はーあ」
リンちゃんが息を吐いた。
「結婚かぁー」
繋いだ手は離れない。
「指輪どうしよっか」
「……つけたいです」
「……」
「リンちゃん……普段違う指輪してくれませんか? ……会社に言ったら、多分、担当外されちゃうので……」
「……うん。私もそっちの方がいいと思う」
「ごめんね」
「ううん。二人でデートする時とかにつけるから」
「嬉しい」
「私も」
「リンちゃん、キスしたい」
「キスしたいの?」
二人で足を止めた。
「いいよ」
真っ暗な道の真ん中で、触れるだけのキスをした。




