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第60話

 谷様ご予約。料理部同窓会会場。


(へぇー。こんなところあったんだ……)


 都会街の中心にあったイベント施設。扉を開けると、中にいた人々が振り返った。


(んぐっ!)

「あれ、月子?」

「あ、月ちゃんだ!」


 見慣れた顔が、手を振った。


「おいでおいで! こっち!」

「久しぶりー!」

「あー、久しぶり……」

「元気ぃー!?」

「うわー、変わらないねぇー!」

「ふじっち、来たぁー?」


 谷先輩が歩いてきた。


「久しぶり!」

「お久しぶりです!」

「うわー、なんか嬉しい。座って座って!」

「月子一緒に座ろー!」

「う、うん!」


 かつての同期たちと固まって座る。


「今何してるの?」

「映像制作のお仕事してて……」

「月子が?」

「すご!」

「テレビとか?」

「あ……TikTokとか……YouTubeとかの……」

「今時じゃん!」

「すごー!」

「えりちゃん、医療事務やってるんだって!」

「え、大変じゃない!?」

「めちゃくちゃだよ。もう」

「私も今保育園の先生しててさ」

「へぇー! 大変じゃない?」

「子供可愛いよ」

「月子お酒飲む?」

「あ、よきー!」


 ——扉が開いた。みんな振り返った。——栗色の長い髪をなびかせた、美しい女性が入ってきた。一瞬固まった。谷先輩だけが、笑顔で手を振った。


「おー! 西川っち! 久しぶり!」

「お久しぶりですー」

「はぇっ!?」

「リン先輩!?」

「リンちゃん!」


 一斉にざわつき始める。


「なになになに、びっくりした!」

「海外の人かと思った!」

「綺麗になったねぇー!」

「今何やってるの?」

「あ、歌手やってるー」

「え、名前は?」

「え、あのさ」


 谷先輩が言った。


「白龍月子じゃないの?」

「あ、それっすそれっす」

「白龍月子?」

「調べたら出てくる?」

「この間ドームでライブやってたよね? 俺チケット抽選外れたんだよ」

「え! 谷先輩、応募してくれたんですか!」

「俺ミツKだもん。するよ〜」

「あはははは! 言ってくれたら関係者席で招待したのに!」

「え? え? これ?」

「Re:connect?」

「そう。これぇー。リーダーやってるぅー」

「えっ、すご……」

「YouTubeえげつなくない?」

「頑張ってるぅー」

「あれ、全員揃った? あ、始めよっか!」


 全員が席に座り、谷先輩が指揮を取る。


「はい、元料理部の皆さん! お久しぶりです! 谷です! せっかくなんで近況報告を一人ずつ、言っていきましょうか。えっと、俺は今、奥さんと、3歳の娘がいます。電気メーターを見て回る仕事してます。冬は大変だけど、奥さんと娘がいて幸せです。以上です!」

(谷先輩結婚されたんだ。奥さんと子供まで、幸せだろうなぁ……)

「えっとぉー、お久しぶりですぅー」

(あ、美奈子先輩だ。お綺麗になったなぁ)


 それぞれの近況報告を聞き、胸がほっこりする。懐かしい顔が、少しだけ大人になって喋っている。


(あたしもそろそろ肌のケアしないとなぁ)

「次、リンちゃん?」

「あ、そっか。最後に来たけど、この席だから、んふふ、そっか! オッケー!」


 西川先輩が立ち上がった。


「えー、皆さん、お久しぶりです。西川ですー。元生徒会長でしたぁー」


 周りからくすくす笑う声が聞こえてくる。


「今は歌手をやっておりまして、ダンスのレッスンしたり、ボイトレ行ったり、配信活動したり、色々頑張ってますー。Re:connectってグループでリーダーやってるので、もしよかったら歌聞いてやってくださいー」

「月子知ってる?」

「……うん」

「私も名前とイラストだけ知ってたんだよね。リン先輩だったんだね」

「ねー」

「私生活では、今彼女と住んでますー。以上ですぅー」

(っ!!)


 ぎょっと心臓が飛び出そうになり、身を固まらせた。いや、大丈夫。バレない。情報さえ出さなければ特定されない。でも、もしも、もし、特定されて、あたしだってバレたら……!


「リン先輩、彼女と住んでるんだ」

「いいなぁー。相手いて」


 ……。


「ミカちゃん彼氏できた?」

「付き合って別れて繰り返してるかなぁ」

「私もそんな感じ」

「月子は?」

「……え、えっと……」


 あれ?


「あのさ? 西川先輩、彼女と住んでるって……」

「ん?」

「彼氏じゃ、ないんだぁーって……ちょっと……」

「まぁ、今はもう、そういう時代だからね」

「別にいいんじゃない?」


 あれ?


「てかさ、今だったら女同士の方が上手くいくのかもね」

「んー。でも私は男の方が好きぃー」

「私ちょっと女行ってみようかなぁ」


 ……。


「月子?」

「え?」

「どうかした?」

「あ、ううん。別に」

「以上ですー」

「あ、やば! 全然話聞いてなかった!」


 拍手が起きる。手を叩く。あたしの胸の中で、モヤモヤが溜まっていく。緊張と、恐怖と、不安と、それから——それから、


「高田絵里ですー。お久しぶりです。今は医療事務やっててぇー」


 西川先輩の言葉を思い出す。——私といるの、恥ずかしい?


「趣味で最近ぬいぐるみ作りを始めて、メルカリとかで売ったりしてます」


 あたしが気になるのは、世間からの目。嫌われたくない。変な目で見られたくない。知られるのが怖い。


「あとはぁー」


 なぜ人間は異性を好きになる?

 細胞がそうさせているから。


「楽しいです!」


 なぜ人間は人を好きになる?

 細胞がそうさせているから。


「以上です」


 あたしの人生を変えたのは誰だ。


「次ぃー」


 あたしが立った。笑みを見せる。


「皆さんお久しぶりです。藤原月子です。今はSNSの映像制作をする会社に勤めて、動画編集者として働いてます」


 優しい拍手が聞こえた。


「最近は、そうですね。色んな企業さんがクライアントになって、認知度拡大のために映像を作ってって……本当に、言葉通りの生活をしてますね。あはは」


 視界の端で、西川先輩がグラスを口元へ運ぶのが見えた。


「私生活で言うと……」


 大勢の目が集まる中、あたしは笑顔で、堂々と言った。


「今——本当に大好きだなって思える人と、同棲してるので、毎日幸せです」


 ——西川先輩が——静かに、グラスをテーブルに置いた気がした。


「以上です」

「よき!」


 谷先輩が強く拍手した。


「え、ふじっち、それは結婚する人ってこと?」

「……そのー」

「うん」

「……まだ言ってないんですけど」

「うん!」

「……ずっと一緒に、いたいとは、思ってます」

「あ〜! ふじっちがにやけてんぞ〜!」

「惚気か〜!?」

「写真ないの?」

「へへっ」

「先輩、月ちゃんが幸せそうに笑ってます! こいつ〜!」

「なんだよ、幸せそうでいいじゃん! すごくいいじゃん!」

「次私行ってもいいですか!?」

「あはは! ごめんごめん! ミカさんいこっか!」

「園崎ミカですー!」


 ミカちゃんを見上げる視界の端に、西川先輩が見える。だけど、目玉は動かさない。どんな顔をしているかも見ない。あたしの手が、若干震えている。緊張からなのか、恐怖からなのかわからない。けれど、心はスッキリしている。


(これでいい)


 言いたいことは言った。


(満足)


「よかったらお店来てください! 以上ですー!」


 あたしは震える手を隠すため、ミカちゃんに笑顔で拍手を送った。



(*'ω'*)



 スマートフォンを覗くと、連絡が来ていた。


 >お姉ちゃん、お父さんが車で迎えにいくって。どうする?


(……なんか歩きたい気分なんだよな)


 <久しぶりだから歩いて帰る

 >りょ。気をつけてねー


「じゃ、解散となりますー!」


 谷先輩が指揮を取る。


「二次会行く人は俺についてきてー!」

「月子帰る?」

「うん。帰る」

「また帰ってくる時あったら連絡して」

「三人でご飯行こ」

「あ、よきー」

「リンどうする?」

「ツゥ!」


 呼ばれ、振り返る。


「帰る?」

「帰ります」

「あ、じゃあ帰るわ」

「うわ、リンと月ちゃんコンビだ!」

「なっつかしぃー!」

「どっちも生徒会長になるって思ってなかったよね!」

「今も仲良いの?」

「うん。ぼちぼち」

「リン先輩と月子、家近所だからね」

「そうそう。よく一緒に帰ってたよね」

「あーね」

「ツゥ、帰るなら一緒に行こ」

「はい。じゃあ、ミカちゃんとえりちゃん。またね」

「「またねー!」」

「谷先輩もまた」

「うん! いつでも連絡して!」

「それじゃあ、また」


 飲屋街に消えていくみんなに、あたしと西川先輩が手を振った。




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