第59話
――長時間電車に揺られ、男性が欠伸をした。その斜め後ろで――あたしは――パソコンと格闘する。
(うぉおおおお! 編集終わらねぇーーー!!)
あたしを優秀ではないと思うか!? いいや! あたしは頑張った! 毎日切り抜き含め、5本は編集していた。もう気が触れているレベルだ。同期達も手伝ってくれていた。あたしは同期にも頼った! 頼ったのだ! 人に指示をして、まるでディレクターそのものの仕事までしていたのだ! にも関わらず!!
「ふじっち、ごめん。素材渡すの忘れてた。はは。一本だけ頼んだ」
「高橋ぃーーーーー!!!!!」
あたしは高橋先輩に恨みの念を飛ばしながら動画を編集していく。電車に揺られて4時間。ようやく実家についた。
(はぁ……。着いた……。リンちゃんはレッスン後に行くって言ってたから、新幹線かな……)
ただ広いだけの何もない駅を抜けると、辺りを見回す。
(青い車青い車……あれか?)
顔をしかめると、窓が下に降りた。運転席にいた女が大声を出す。
「お姉ちゃん!!」
「……あー、いた」
キャリーケースを引きずり、運転席を覗き込む。
「お久ー」
「いつぶり?」
「4年帰ってない」
「まじそれさぁ、1年ずつとかにできないの?」
妹の星乃が下り、車の後部座席に荷物を乗せ、あたしも助手席に座る。車が走り出す。
「ごめん、ちょっとさ、イヤフォンするから仕事していい?」
「いやいや、まじか。持ち込んでくるなよ」
「いやー、違うんだって、これぇー! 先輩が素材渡し忘れてたんだって! まじ最悪!」
「仕事できる女は辛いねぇ」
「それな?」
リュックをテーブルにして、パソコンで作業する。
「お姉ちゃん、彼氏はぁー?」
「いないよ」
「なんだ、つまんない」
「星乃は? 復縁した?」
「復縁するわけないじゃん。あいつまじきしょかった」
「陸くん?」
「名前も聞きたくない。最後の別れ言葉言ったっけ?」
「何?」
「俺たち、また元に戻れるよな? ……浮気したくせによく言うわ!!」
「浮気のコンテンツ再生数いいんだよねぇ。あたしも結構見てる」
「何も楽しくない! 地獄に堕ちればいい!」
「ちなみに浮気はされる方が?」
「「悪くない」」
「だよね」
「合致」
「安心した」
あたしと星乃がハイタッチする。
「畑ばっかだねぇ」
「何も変わらないよ。あ、そうだ、お姉ちゃん、今度動画編集教えてよ」
「え、全然教えるよ。何、動画投稿でもすんの?」
「うん。暇だし、今勉強してるの終わったらしようかなって」
「今何勉強してるの?」
「webデザイナー。リモートでできるからさ」
「あんたwebデザイナー大変だよぉ?」
「お姉ちゃんとこ募集してないの?」
「経験してないと採用してもらえないと思うよ。うちの会社も大きくなっちゃったからさ」
「むー」
「動画編集の方が手っ取り早いよ。お姉ちゃん使った商材貸してあげるから勉強しなよ」
「え、パソコンってさ、MacBookじゃないと無理?」
「基本なんでもいける。でも、うーん、最初はMacBookかな。アニメーションとかCGやりたいってなったら絶対Windowsだけど」
「あ、違うの?」
「うん。CGとかアニメーション作るなら高いWindows買った方がいいと思う。安定してるのはMacBookだけど、結構深いところまで行ったらWindowsの方がいいって思ってくるかも」
「MacBook高いんだよな」
「Airならいけるんじゃない?」
「いくら?」
「20万前後?」
「たけぇー」
他愛のない話が続く中、星乃が聞いてきた。
「あれ、お姉ちゃん、リンちゃんと連絡取ったの?」
「あーーーー……うん」
「え、やっと取ったの!? いつ!?」
「最近」
「なんて言ってた!?」
「……正しくは連絡は取ってないけど、あるところで再会した」
「はぁ!? 結局お姉ちゃん取らなかったの!?」
「うん」
「うわ、最悪。半年に一回くらい連絡きてたんだよ。LINEも教えたんだけどさ、お姉ちゃん他人から検索されない設定してるでしょ」
「え、そうなの? よくわかんない」
「Xとかも前のアカウント使ってないしさぁー」
「基本鍵垢だからね」
「帰ってこないしさぁー」
「それはごめん」
「まじ詰んでたよ。リンちゃん可哀想だった。お世話になった先輩にそんなことしちゃ駄目だよ。失礼だよ」
「……今はちゃんと連絡取り合ってるよ」
「何の用事だったの?」
「……ちょっと重たいやつ」
「うっわ」
「ちゃんと謝ったもん」
「お姉ちゃん、そういうところ変わらないね。ガサツというかさ、怠け者というかさ」
「それはね、もう、なんとも言えない」
車が家に到着した。懐かしい実家の匂いに、鼻がつんとする。
「帰った〜」
「ただいま〜」
「あ、お帰り」
「おう」
キッチンにいたお母さんが顔を覗かせ、犬と戯れていたお父さんが振り返る。
「あ、言ってたやつ」
「そう。引き取ったやつ」
「名前なんだっけ?」
「雪」
「雪〜! 初めまして〜!」
「わんっ!」
「え〜超可愛い〜!」
「おやつって言ったらすぐ反応するんだよ」
「わんっ!」
「え〜! おやつあげたい!」
「ちょっとだけだぞ」
「わんっ!」
「超可愛い〜!」
「可愛いって言ったらこいつすぐ可愛い顔するんだよ。な〜? 雪〜?」
あたしとお父さんが犬と戯れる間、お母さんが声をかけてきた。
「あんた、リンちゃんは?」
「えーっとね」
「お姉ちゃん最悪だよ。結局連絡とってなくて、どっかで会ってやっと話ししたんだって」
「あんたねぇー!」
「今はもう連絡とってるから!」
「リンちゃんすごく連絡してくれてたんだよ!?」
「わかってるってば! 謝ったから!」
「お母さんお腹すいたー」
「月子、いつまでいるのさ?」
「一週間」
「リンちゃんもいるの?」
「いるはず」
「のんびりしなぁー」
「あれ、爺ちゃんと婆ちゃんにも会わせないと」
「あー、お墓参りしたい」
「同窓会いつ?」
「明後日」
「明日行くか」
「そうだね」
実家とは不思議なものだ。東京ではバリバリ仕事してるあたしも、ここに帰ってきたら子供に戻ってしまう。
「ドライブ行きたい」
「月子、まだ運転してるの?」
「たまに」
「月子に運転させたら事故るから駄目。お父さんするから」
「事故らないし!」
「わんっ!」
「あ、お散歩行きたい!」
「お父さん、月子と行っておいで」
「ったく、しょうがねぇなぁ〜」
畑しかない道を、犬に引きずられるお父さんと歩く。
「お前たまには帰ってこいよ。ママと星乃寂しがってたぞ」
「うん。ごめん」
「彼氏できたか?」
「いや、んー」
「そうだよな。お前を好きになる男なんかいないよな」
「いや、それは失礼だよ」
「いいよ。別に孫いなくても。お前たちが好きなように生きてくれたらそれでいいから」
少し、迷った。リンちゃんのことを言おうか。でも——言えなかった。
「……この辺、何も変わらないね」
「今日焼肉行く?」
「あ、行きたい!」
また、今度でいいや。
あたしの悪いところも、変わらない。




