第56話
その日、あたしはとにかく体調が良かった。睡眠の大事さを知った朝である。
(すげっっ! 集中力が爆上がり!! うぉおお! 止まらない! 手が止まらないよぉ!!)
「ふじっち、進捗どうだぁ?」
「確認を!」
「うわ、びっくりした」
高橋先輩と2人で確認しながら最終調整していく。
「……うん。これで行こう」
「っしゃ!!」
「ただ、企画部に見せてどう言うかわからないから、何かあれば修正する準備だけはしておいてくれ」
「わかりました! あー! 解放されたー!」
サクラ梅ちゃん動画、完了!
「解放されてるところ悪いが、もう少しで撮影あるから準備」
「あ! 行きます! やります!」
一番重たかったタスクがなくなり、あたしの心は晴れ模様。すごい! 睡眠って、本当に大事!!
(ケータリング用意して、小道具用意して、撮影に必要な機材用意して……)
「タレントさん入りまーす」
「「おはようございまーす!」」
「「おはようございますー!」」
高橋先輩とあたしが挨拶すれば、Re:connectメンバーも大きな声で挨拶した。うんうん! コミュニケーションって、挨拶からだよね! ああ! 気持ちいい挨拶! 最高だね!!
佐藤さんが高橋先輩に頭を下げた。
「本日もよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします!」
(小道具、小道具、らんらんらん。企画の準備を確認してぇー……)
無意識に鼻歌を歌っていると、ミツカさんがはっとした。そして、そろそろとあたしに近付き、声をかけてきた。
「あの……藤原さん……」
「はい?」
「あの……あの、その歌って……『こねくと・えみゅれーたー』……ですよね……?」
「え? あ、すみません、なんか」
サクラさんの編集のしすぎで、
「頭に残ってて……失礼しました」
「わ、私の歌が……頭に残るってことは……それは……つまり……!」
あたしの両手が、ミツカさんに掴まれた。
「両想いって、ことですね!?」
――白龍さんがあたしとミツカさんの間に入った。
「ミツカ、撮影の準備しようね。パツパツのスーツ着ようね」
「ねえ! 月子! 藤原さんがね! 私の歌を鼻歌で歌ってたの! どうしよう! 私たち、両想いになっちゃった!!」
「なってないから。誰でも歌ってるから。あの歌耳に残るし」
「違うの! 月子さんはね! 耳じゃないの! 頭に残ったって言ってたの!」
「はいはい。わかったわかった。はいはいのはいー」
(ミツカさん今日もいい匂いしてるわぁー……。さて、マイクの準備しよ)
タレント達にマイクを付けて撮影。まとめて四本撮り。この曲知ってる? 知らない?
「知ってる」
「え!? え!?」
「え!? ゆかりん知らないの!?」
「だってこの時期社畜だもん!!」
続けて二本目。この絵文字で曲名を当てろ。
「「……」」
「ルージュの伝言?」
「正解です!」
「えー!?」
「なんでー!?」
「エメちなんでわかったの!?」
「へっ! 小娘どもには負けねぇってことよ!!」
「もうババアってことでしょ」
「ゆかりん今なんて言ったーーー!?」
「ぎゃーーー!!」
続けて三本目。コント。実際に動いて演じてもらう。
「我々Re:connectはファンと接続するっていうコンセプトの歌い手グループのはずなのに、最近はメンバー同士が意思疎通できてるかも怪しくなってきました」
「一人強制脱退したしね」
「気にすることないよ! 俺がリーダーなんだから意思疎通くらいできるって!」
「お菓子食べながら言ってるお前に何ができる」
続けて四本目。場所を変えて、ドロで固まった絨毯を掃除するだけの動画。最近話題のミーム動画らしい。
「これ全然模様見えないんだけど」
「綺麗になるのかな」
「あ、見えてきたー」
「きったっね!!」
「あ! これハチ、ワレだ!!」
素材を確認して、あたしが頷くと、高橋先輩が声を出した。
「本日の撮影以上となります! お疲れ様でした!」
「「お疲れ様でしたぁー」」
「よろしければオフィスにシャワー室あるので使ってください」
「あ、使いたーい!」
「白龍どうする?」
「行く行く」
(マイク回収して、箱にしまって……)
「藤原さん!」
泥だらけのミツカさんが近づいてきた。
「あ、ミツカさん、お疲れ様です。前髪についてますよ」
「え、あ……!」
「取りますねー」
ティッシュでちょちょい。
「最近はお元気ですか?」
「はい。落ち着いてます」
「良かったです」
「あの……今日って、何時頃に終わりますか?」
「え? 今日は……素材整理して……すぐ編集入るので、深夜までですかね」
「ご飯行きたいです!」
ミツカさんが真剣な眼差しで伝える。
「相談したいことがあって!」
「相談したいことですか!?」
「聞くよー」
白龍さんが間に入った。
「相談聞くよ。ミツカ」
「これ、月子に言っても仕方ないことなの!」
「いやいや、シャワー室で聞くから。藤原さん忙しいから」
「月子さん! ご飯! 私! 月子さんとご飯に行きたいんです!」
「……すみません、基本一対一の会食は禁止なんです」
「え! でも! 月子とは行ってるのに!」
「それは、白龍さんは……リーダーですので……打ち合わせとかで……」
「じゃあ……じゃあ!」
ミツカさんが手を挙げた。
「私がRe:connectのリーダーになる!」
「シャワー室行くよー」
「やぁーーーん!! 月子さぁああああん!!」
(ミツカさん、元気そうで良かった。……さて、片付けしてさっさと編集しよ)
タレントが帰った後も、編集の手を止めない。
(とりあえず土台だけ作っておこ。そうすれば明日楽だから)
「ふじっち、今夜は帰れそうか?」
「はい、なんとか!」
「ん。了解。じゃあ予約しておくわ」
「お疲れ様でした!」
あたしは気分が良かった。頭の回転が早く、手も動く。計 画 通 り ! に進む作業に笑みまで溢れた。
――20時。高橋先輩はなぜ今日Re:connectメンバーとの飲みを設定したのでしょうか。しかも当日予約で。
(あー、やっべー。集中力切れてきたー)
「それでは! YouTubeチャンネル95万人突破ということで、乾杯!」
「「かんぱーい」」
「高橋さんたちには感謝してます! あと 5万人です……!」
「いや、まだまだですよ! 100万人と言わず、200、300! もっとでかくさせますよ! な! 藤原!」
(あたしはお給料さえ上がれば何でも……)
「ね! 藤原さん、ちょっと来て!」
「あ、ゆかりさん」
「ちょっと来て!!」
――正面にはゆかりさん、エメさん、隣にはミツカさんと白龍さん。あたしを囲んで、皆様何をするおつもりでしょうか。
「今日はね! ふじっちがいるから囲んで話をしようと思ってね!!」
(はしゃいでる。ゆかりさんがはしゃいでる)
「私も子供たちがいるから、スタッフさんと全然交流できないので、お話したくて!」
(エメさん、日本酒をそんなガバガバと……!)
「私酔っちゃったぁー!」
ミツカさんがあたしの腕に腕を絡ませ、くっついてきた。
「月子さん……」
「はいアウトー」
即、白龍さんからレッドカードを出される。
「ミツカ、眠いなら膝貸すよ」
「大丈夫! 月子さんがいるから!」
「月子?」
エメさんがきょとんとした。
「そうなの! 藤原さんね、月子さんっていうんだって! 名前!」
「え、月子と同じじゃん」
「ねー、偶然だよね。でもさ、私の友達にも月子っていてさ、なんか流行りでもあったのかな?」
ゆかりさんがナチュラルにあたしをフォローした。
「ゆかりも多いよね」
「ボカロにもいるからねぇ」
「月子って本名ですか?」
「残念ながら本名なんです」
「えー! 綺麗な名前! 芸名みたい!」
「月子さん、お酒飲みます?」
ミツカさんがあたしのグラスに気が付き、メニュー表を差し出してきた。
「一緒に甘いの飲みませんか……?」
とうとう痺れを切らした白龍さんがミツカさんとあたしの間に入った。
「月子邪魔!!」
「はいはい。酔っぱらい。お膝にきまちょうねー」
「月子さんがいいの!」
「いや、俺も月子なんで」
白龍さんがあたしを壁の隅に追いやる。
「どいて! ぺちゃぱい!」
「はいはい。そうですねー」
「筋肉質!」
「はいはい」
「あれ! 月子、また痩せた!?」
「痩せたっしょ? いえーい」
「いや、お腹周り綺麗! 流石! えー! 超素敵ぃー!!」
仲直りはやっ!!!
「二人とも仲良しでしょー?」
「リコネはね、みんな仲いいから」
「いやぁ……すごいっすね……」
エメさんとゆかりさんと話をする。
「YouTubeチャンネル、ようやく95万人ですね」
「いや、ゆるやかだけどさ、今までと比べたらすごいことだよね! 運営のお陰だよ!」
「そうそう!」
「ここに入ってから動きやすくなったしね!」
「ありがたいよね!」
「企画は随時募集してるので、やりたいことなどあれば積極的に連絡していただけると助かります」
「ありがとぉー!」
「藤原さんおいくつですか?」
「24です」
「「若いねぇ〜」」
「いや、ゆかりんは大して変わらないじゃん」
「いやいや、二歳違うだけでも全然違うから!」
「藤原さんはなんで動画編集を始めたんですか?」
「あー……」
話が長くなるので、ご了承ください。
「本当はMIX師になりたかったんですよ」
「え!」
「ふじっち、MIXできるの!?」
「全然! ただ、推しの歌い手さんがいて、お力になりたいなぁ〜と思って勉強してたんですけど、全然才能なくて」
——白龍さんがこちらに耳を傾けた気がした。
「動画編集って需要があるって聞いていたので、安い情報商材を買って勉強して、クラウドワークスで依頼を受けていたんですけど、全然生活できるようなものじゃなくて、これは良くないと思って、バイトしながら映像スクールに行きました」
「あ、学校行ってたんだ!」
「はい、ちょうど高橋さんもそちらに行ってまして」
「えっ」
ゆかりさんとエメさんが高橋先輩を見ると、目が合った。高橋先輩が瞬きすると、エメさんが聞いた。
「藤原さんと同じ映像スクール行ってたんですか?」
「あ、そうです! 僕の奥さんの後輩なんですよ!」
「え、高橋さんおいくつですか?」
「僕34です! サラリーマンやりながら通ってました!」
「映像スクールなので、色んな年齢の方がいたんですよ」
「へぇ〜!」
「だから先輩って呼んでるんだ!」
「はい」
「うわ〜、なんか、繋がりってすごいね!」
「ね!」
「私達もさ、人との繋がり大切にねって言われてるからさ」
「会社はスクールの紹介ですか?」
「いえ、マイのナビバイトでアルバイト募集してて、ポートフォリオっていう、動画編集者の名刺みたいなものがあるんですけど、それ送って受かったら、高橋さんもいた、みたいな」
「あ、じゃあ同期?」
「いえいえ! 高橋さんが全然先に働いてたので、完全なる先輩です」
「へぇー」
「ちなみになんですけど」
エメさんが聞いてきた。
「動画編集者になって、その推しの方とお仕事って、できましたか?」
「あー」
あたしは正直に頷いた。
「はい。できました」
「えー!」
「え、お名前は?」
「秘密ですー」
「あっ」
「えー!」
「まぁ……推しはさ、自分だけのものにしたいもんね!」
察したゆかりさんからのナチュラルなフォローが入った。
「私も旦那誰にも教えてないもん!」
「ゆかりんはどうせキッドでしょ」
「いいじゃん! かっこいいじゃん! 世界中がキッドの敵になっても、私はキッドの味方だから!!」
「エメち、最近の推しは?」
白龍さんが横から割り込んできた。
「最近はねぇー、やっぱ炭治郎みたいな人かなぁ」
「いや、理想のパパを聞いてるわけじゃないのよ」
「推しなんだからいいじゃん!」
「藤原さん、何か飲まれます?」
白龍さんがメニュー表をあたしに差し出す――ついでに、テーブルの下で手を重ねてきた。
「さっき、私これ飲んだんですけど、美味しかったですよ」
(……公の場ですよ)
同窓会の話が上がったせいだろうか。昔話をしたせいだろうか。
(……西川先輩は、あたしがいない間、どんな生活をしてきたんだろ)
少し苦い思いが胸に込み上げてきて、小指だけ、西川先輩の指に絡ませた。




