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第54話

 サクラ梅、フォロワー一万人まで残り4600人。


 企画班に任せれば、こんなものは余裕だ。


「初めまして! サクラ梅と申します!」

「初めまして。Re:connectの運営部であり、撮影班の高橋と」

「動画編集者の藤原です」

「本日はよろしくお願いいたします!」

「それでは行きましょう!」


 大きな荷物を持ったサクラさんが、レンタカーに乗った。カメラマンアシスタントとして来てくれた三浦さんが運転席に座り、助手席に高橋先輩が座る。あたしはサクラさんの隣に座った。


「乗り物酔いとか大丈夫ですか? 一応薬あるんですけど」

「あ! いただきます!」


 サクラさんが薬を飲み込むと、レンタカーが動き出す。


「本日の企画台本って読みましたか?」

「はい! 見ました!」

「えっと……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫です! 私、やります!」


 会ってみたら、本当に目が真っ直ぐに輝いていて、とても素直そうだった。


「わかりました。では、到着するまでご自由になさってください。音楽を聴いていても、寝ていても大丈夫ですから」

「あ、わかりました!」


 サクラさんがイヤフォンを耳に挿した。音楽を聴くようだ。——微かに音が漏れて、耳に入ってきた。課題曲にした、『こねくと・えみゅれーたー』を聴いているようだ。


(……オーディションの日が楽しみだな)


 さて、そういうあたしといえば……。


(今のうちに切り抜き動画を作ってしまおう! いやぁ! 起床3時! 待ち合わせ時間4時40分! 出発! 今日のホテルはサクラ梅さんと相部屋! 切り抜き動画は18時までに投稿予定! ストック分があるのに、面白かったから昨日のゆかりさんとエメさんの配信を優先して投稿してほしいらしい! ふざけ倒してるぜ!!)


「高橋さん、運転は交代制でいいですよね? 俺、一日中は流石に無理ですよ」

「事故られても困るしな。交代で行こう。ふじっちも免許持ってるよな?」

「遅くてもいいなら」

「なんとか人手を三人にしてもらえたのが奇跡だな」

「はぁ、ねむ……」


 運転している間に、あたしは乗り物酔いに気をつけながら、作業しては10分休んで、作業しては10分休むを繰り返し、切り抜き動画を作っていく。


 現場には、無事8時半に到着し、9時には施設の中に入ってもらい、サクラさんには着替えを行ってもらう。


「お名前は?」

「吉原まおです!」

「サクラさん、タレント名です」

「あっ! ……サクラ梅です!」

「まおさんっていうのか……」

「意外と普通の名前……」

「では、サクラさん、こちらへどうぞ」

「はい!」


 企画1、滝行をしながら目標を叫んでもらう。

 高橋先輩と三浦さんがカメラを構えた。


「では、このまま入って滝まで行ってください。どうぞ」

「行きます!」


 入った途端、サクラさんが悲鳴をあげた。


「ぎゃーーーーー!!」


 最高の撮り高だ。カメラは真っ直ぐサクラさんを捉えている。


「冷たい! 夏なのに、水が冷たい! 凍る! 足が! 足がぁ!!」

「進みなさい!」

「ひえ……ひえぇ……!」


 サクラさんがお坊さんに叱られながら進み、滝に背中を当てる。


「おごっ……」

「それでは三回唱えます。はらえたまえ!」

「はらえたまえ!」

「清めたまえ」

「清めたまえ!」

「まだまだぁ!」

「はらえたまえ、清めたまえ! はらえたまえ、清めたまえ!!」


 サクラさんの手が震えている。


「絶対……絶対リコネに入る……! 絶対、ミツカちゃんの隣で歌うって……決めたんだから……!!」


 濡れた手が、振り払われた。


「えいっっっっ!!」

「戻りなさい」

「足が動かねーーー!!」


 がくがく震える足で、陸に戻ってくる。あたしはすぐさまタオルを渡した。


「滝行は以上でございます。ありがとうございました」

「あ……ありがとう……ございあいあ……」

「温泉があるので、お体を温めてください」

「ありあおう……おあいあう……」

「ふじっち! 連れていけ!」

「承知いたしました!」


 サクラさんをすぐに温泉へと連れて行き、体を温めてもらう。


「はぁ……」

「あと10分入ったら次の現場に移動です」

「わかりました……」


 次の現場に到着次第、サクラさんには再び着替えてもらう。

 企画2、スカイダイビングをしながらRe:connectの歌を歌ってもらう。


『準備OK』

『GO!』

「むぎゃああああああ〜〜〜〜!!」


 サクラさんがガイドと一緒に落ちていく。さぁ、歌っていただきましょう! Re:connectの虹色サクセス!


「おっきい! 虹色! サクセスぅうううう〜〜〜〜! はっぴぃいいいい! 虹色マイライフ、うぉ! いえええええええ〜〜〜!!!」


 ——パラシュートが開かれた。ガイドと一緒に降りてきたサクラさんは、四つん這いになって倒れた。


「はぁ……はぁ……」


 カンペを出す。一言お願いします!


「いや、なんですか、そのカンペ! 一言お願いしますじゃないんだよ! こっちは、全力なんだよ! 急に連れてこられたと思ったらスカイダイビングするなんて聞いてないんだよ! こっちは! そもそもスカイダイビングやったところでRe:connect何も関係ないですよね? なんでやらせたんですか!」


 カンペを出す。面白いから。


「皆さん! 見ましたか!? これがRe:connectのやり方ですよ!」

「……もう一言お願いします」

「もう梅、家帰る!」

「……はい、オッケーです! ありがとうございます!」

「ふぅー」


 サクラさんがゆっくりと起き上がり、ガイドに振り返った。


「ありがとうございました! すごく楽しかったです! 重かったですよね! すみません!」

「いえいえ、全然ですよ! 楽しんでいただけたのなら良かったです!」

「スカイダイビングなんて初めてだったので、わくわくしました! またの機会がありましたらよろしくお願いします!」


 運営スタッフだけにではなく、周りの人に対しての気遣い。

 歩きながら、サクラさんに声をかける。


「……サクラさん」

「はい?」

「働いたことありますか?」

「……あの、……二年前まで就職してました」

「どちらで?」

「セイレーン・ロイヤルホテルです」

「えぇ!?」


 思わず声が漏れた。


「セイレーン・ロイヤルホテルって……超高級ホテルですよね?」

「はい。高校卒業してすぐに住み込みで……」

「あそこ高卒行けるんですか?」

「あ、その、表向きはやってないんですけど……職業体験とかの繋がりで、名刺もらってて、そのツテで……」

「……なんで辞められちゃったんですか? 収入とか安定でしたよね……?」

「……やりたいことが、違うなって思ったから……」


 サクラさんが俯いた。


「収入もいいし、仕事も嫌いじゃなかったし、続けられたとは思うんですけど……歌う時間がなくなってしまって。お金と、歌うこと、どっちを取るか考えた時に……私は歌う方を取りました」

「……」

「貯金があったので、しばらくは貯金で過ごしてて、配信で食べられるようになってからは、配信一本でやってます。配信が、ライブみたいなものですから」

「……Re:connectはダンスレッスンとかもあるんですけど、大丈夫そうですか?」

「ダンスレッスン! 素敵ですね! 私、ダンスは未経験なんですけど、ずっと興味はあったんです! ただ、こんな体なので、バカにされるのが恥ずかしくて、自分から行くっていうことは出来ませんでした。でも、グループのためなら、全然行きます!」


 あたしは、動画編集者。もちろん、サクラさんの動画も、あたしが編集することになる。


「次はこちらに着替えてください」

「はい!」

「お前が新人か! たるんだ体をしやがって!」


 企画3、自衛隊訓練で心と体を鍛える。


「走るぞ! ついてこい!」

「ひぃ! はぁ!」

「おい! 遅いぞ! 早くしろ!」

「武器が重い〜!!」


 あたしは、どんな容姿であれ、一生懸命努力した人間が成功しないわけがないと、信じている。サクラさんも、正にそうだ。絶対にこの子は輝く。


「武器が! ひい! パンツ脱げそう!」


 あたしが絶対に数字を取る動画を作ってみせる。


「休むな! デブ!! 次は腕立て伏せ百回だ!」

「ひぃーーー!」


 悲鳴を上げ、情けない顔をする瞳は、純粋に希望だけを見ている。その奥には、絶対に負けないと叫ぶ星がある。Re:connectに入らずとも、この子は実力がある。努力をする。絶対に、誰かしらに選ばれる人材だ。だったら、そうなる前に、こちらで選ばない手はない。


「……ふじっち、どう思う?」

「まだわかりませんが、今のところは」


 その姿は、まるで走る豚。


「期待の新人だと思います」


 その姿は、夢を追う若手の姿。



(*'ω'*)



 ホテルに着くと、ご飯を食べながらサクラさんが居眠りを始めていた。あたしが軽く肩を叩けば目を覚ましたので、ご飯を食べさせ、すぐにベッドに入ってもらった。あたしは机で作業をする。


(よーし、素材整理完了。これは良い動画が作れそう。……ん?)


 LINEに通知がきていた。パソコンから開くと、谷と名前が表示されていた。


 >ふじっち、お久しぶりです〜。覚えてるかな? 谷です。もし良かったら返信お願いします。


(……谷先輩だ)


 あたしはすぐに返事を返した。


 <お久しぶりです。おとつみのソフィアを嫁にしていたことも覚えてますよ。

 >うぉー! ふじっちだ! 久しぶり〜!

 <急にどうしたんですか?

 >実は俺が三年生だった時の料理部メンバーで、同窓会しようと思ってて!


(……同窓会?)


 >急なんだけど、今月の下旬にやろうかなって思ってて! ふじっち、来れそう?


 突然、電話がかかってきた。バイブ設定にしていたスマートフォンが全力で震え始める。


(うわわ!)


 あたしは慌てて応答ボタンを押した。


「はい! 藤原です!」

『同窓会行く?』

「……」


 あたしはスマートフォンの画面を確認した。——白龍。


「……今、谷先輩から連絡来ました」

『うん。私も』

「……そうですね。こんなこともないとなかなか家にも帰らないので……参加しようかな。仕事はリモートでもできるし」

『じゃ、私も参加する』

「……西川先輩は……黒染めくらいしたらどうです?」

『え、このままだと良くないかな?』

「みんなびっくりしちゃいますよ」

『じゃあウィッグでもしていこうかな』

「そうですね」

『久しぶりの帰省?』

「はい。四年くらい帰ってなかったので」

『……お前さ』

「親とは連絡とってます!」

『たまには帰りなよ。親って、子供の顔見たがるもんだから』

(うぐっ、こういうところは先輩っぽい……)

『サクラ梅ちゃん、どうだった?』


 西川先輩の声に、期待が込められてる気がした。


「……そうですね。この動画なら、すぐに数字は行くと思いますよ」

『わー、楽しみぃー』

「あたしも楽しみです」


 振り返った先に、眠るサクラさんがいる。


「サクラさんは、良いメンバーになると思います」


 その寝顔は、とても可愛らしかった。







 通話応答。


「もしもし。何? ……え? あー、うん。元気。そっちは? ……ふーん。それで? ……同窓会? え、帰省すんの? えー、まじ? 待ってる! お姉ちゃん!」



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