第50話
リモートってなんて素晴らしいんだろう。昼夜逆転しても、いつでも睡眠できるし、叱られないし、珈琲飲めるし、解放感が半端ない!
(やっぱり常に出社はよろしくないよね。これはもうちょっとリモートにするべきって高橋先輩にも伝えるべきだな)
「……藤原さん」
「あ、はい!」
「すみません。お忙しいですか?」
「ああ、大丈夫ですよ! どうしました?」
「あの、すみません、大したことじゃないんですけど……」
ミツカさんが側に寄ってきた。
「不安になってきちゃって……」
「ああ、はいはい」
ミツカさんを抱きしめ、背中を撫でる。
「深呼吸してください」
「……すみません……」
「大丈夫ですよ」
一緒にご飯を食べる。
「手作りの味噌汁、久しぶりに食べました」
「あたし、高校時代は一応料理部に入ってたんですよ」
「え、月子と一緒だ」
「……あ、本当ですね! すごい偶然!」
ミツカさんの寝室で仕事をする。
「ごめんなさい、藤原さん……」
「いえいえ。なんだか修学旅行みたいで楽しいですね」
「……ふふっ……」
「すみません。あたし、仕事してるのでうるさいと思うんですけど」
「いえ、側にいてくれるだけで助かります……」
キーボードの音を聞きながら、ミツカさんが眠る。いつの間にか、あたしも眠っていた。
「犬可愛い〜」
「やっぱ動物は癒されますね〜」
一緒に映画鑑賞する。
「今なんの切り抜きやってるんですか?」
「エメさんのやつで」
編集した動画を見せる。
「流石藤原さんです。見やすい」
「いえいえ、ありがとうございます。照れちゃいます」
「あの、過去の動画で、面白いシーンがあるんですけど、そういうのもいいですか?」
「あ、ぜひ! 出しましょう!」
「ありがとうございます……」
ミツカさんが大泣きする。
「もうだめ……! 私死にたい……!」
「大丈夫ですよー」
「ぐすん! ぐすん!」
「ミツカさん、いっぱい深呼吸しましょうか」
ミツカさんが目を覚ます。
「……おはようございます」
「おはようございます」
「……お散歩行きたいんですけど……」
「あれ、大丈夫ですか?」
「はい」
「じゃあ行きましょうか」
お散歩しながら雑談する。
「ミツカさん、じゃがりこの新しいレシピ知ってますか? なんか芋感が増すそうですよ」
「え、知らない……」
「どれだっけ。あ、この動画なんですけど」
「へえー」
ミツカさんの寝室で過ごす。
「……藤原さん、あの、一緒に寝てくれませんか?」
「あ、わかりました。お邪魔します」
ベッドに入り、ミツカさんの背中を撫でる。
「ミツカさんって黒糖がお好きなんですか?」
「はい。子供の頃から大好物で」
「あれ甘すぎません?」
「あ、わかってませんね。藤原さん。煮物に入れると美味しいんですよ」
「え、煮物ですか!?」
「砂糖と同じなので、白砂糖から黒糖にすると、また変わるんですよ」
「へぇ〜」
「体調良くなったら作りますね」
ミツカさんがあたしを見つめた。
「そしたら、あの、食べてくれますか……?」
「もちろんです。食べてみたいです」
「嬉しい」
ミツカさんがあたしを抱きしめた。
「藤原さんのために作りますね」
「はい、楽しみにしてます」
「……背中、撫でてもらっていいですか?」
「はい。いいですよ」
「ふふっ」
「痛くないですか?」
「気持ちいいです」
ミツカさんが瞼を閉じる。
「藤原さんの手、安心します」
(……これだもん。男性にモテそう。……愛人にはちょうどいいよね)
配信者の辛いところ、一般常識の価値観を持ってる人と出会う機会が少ない。
(映像関係とか、クリエイターとか、まともな人いないからな)
可哀想。
(こんなに良い子なのに、弄ばれて終わるタイプなんだよな。ミツカさん)
ちゃんとした彼氏がいれば、きっと変わるんだろうけど。
(これは本当に同情する。環境に恵まれなさすぎてる。本当に可哀想)
少しでも、あたしにできることはやろう。鬱の症状が良くなれば、きっといつものミツカさんに戻って、元気な笑顔をファンに届けてくれる。また元気がなくなったら、あたしが手伝おう。
(媚びた物乞いかと思ってたけど……意外と大変なんだな。配信者って)
——動画編集をしている、昼のこと。ミツカさんが起きてきた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
「あの、……藤原さん」
「はい?」
「抱きしめてもらっても良いですか?」
「あ、いいですよ」
あたしはいつものように、ミツカさんを抱きしめ、背中を撫でた。
「いっぱい深呼吸してください」
「……あの」
「はい?」
「藤原さんって、彼氏、いないんですよね?」
玄関から音が聞こえた。
「……? はい」
「あの、女同士の恋愛ってどう思いますか?」
廊下から、足音が聞こえた。
「あ、別に……いいんじゃないですか?」
「本当ですか?」
「あの、はい、知り合いにも、いるので」
「あの、だったら……」
リビングのドアが開かれた。
「私が、藤原さんの彼女になりたいって言ったら、どう思いますか?」
——あたしはドアの方向を見た。
——西川先輩が、冷たい目でミツカさんを見ていた。
——ミツカさんが熱い眼差しをあたしに向けていた。
「……あ……」
あたしが声を漏らすと、ミツカさんが振り返った。白龍月子と目が合った。ミツカさんがあたしを抱きしめた。
「月子」
「何やってんの。ミツカ」
「すごいの、私ね」
あたしの顔が、ミツカさんの胸に閉じ込められる。
「本気で、人を好きになった気がする」
押し潰される。
「私、藤原さんが好き」
あたしの鼻が、ミツカさんの匂いでいっぱいになる。
「こんなに、優しくされたの、初めて……!」
「ふご……」
「藤原さん、好き、好きです……!」
強く抱きしめられる。
「彼女にしてください!」
「ふほぉー!」
「ミツカー?」
白龍月子が近づき、あたしとミツカさんを剥がそうとした。
「ちょっと冷静になろっか」
「やだ! 離れたくない!」
「ふご! ふごぉー!」
「やめて月子! 藤原さんと離れたくないの!」
「いや、一回離れよ?」
「やだ! やめて!!」
「落ち着いて? お前今冷静じゃないからさ」
「ぶはっ!」
引き剥がされた。白龍さんの腕の中で、ミツカさんが大暴れする。
「やだ! 藤原さん! 藤原さん!!」
「ちょっとお前こっち来い」
「あ、あの、白龍さ……!」
寝室に引っ張っていかれ、中から鍵を閉める音が聞こえた。
(これは……佐藤さん案件か……!?)
「なんで引き離すの!? なんでよ! 月子! そこどいて!」
「一回落ち着けって」
「どいてって言ってるでしょ!!」
「ミツカ、一回深呼吸」
「わーーーーーーーー!!!!」
あたしはすぐに電話をかけた。
「佐藤さん! お疲れ様です! ミツカさんと白龍さんが、あの、すごくて!」
『え!?』
「お前暴れるなって!」
「わーーーーーー!!」
「なんか、暴れてて!!」
『あ、向かいます!』
「すみません!」
「月子のバカーーーー!!」
「バカはお前だよ!」
「そこどいて! 藤原さんに会わせて!!」
「ふざけんな! 一回落ち着けって!」
「近づかないで! 藤原さんに抱きしめてもらうんだから!!」
「ミツカ!」
「わーーーーーー!!!」
(やばいやばいこれやばい……! 佐藤さん早く……!)
中から物が落ちる音が聞こえる。
「退けって言ってんだよーーーー!!」
「やめろってお前!」
「藤原さーーーん!!」
「だから落ち着けって! 深呼吸しろって!」
「藤原さんいないと無理ーーーー!!!」
「ミツカ! 一回そこ座れ!」
「やだ! 藤原さんいないと座らない!!」
「私でもいいじゃん!」
「藤原さんがいいの!」
「お前、ふざけんな。マジで!」
「ふざけてない! 本気だもん!」
「お前は本気でも藤原さんは仕事でお前に優しくしてるだけだから!」
「違うもん!! 藤原さんは本当に優しくしてくれたんだもん!!」
「いや、ちょっとまじでかったるいって、お前!」
「月子には関係ないじゃん!!」
「怒鳴るなって! うるせぇなぁ!!」
「うわーーーーーー!!!!」
部屋の中で暴れ回る音が聞こえる。
(佐藤さん早く……! 早くぅ……!!)
そこから15分間、部屋の中では物音が聞こえ、——少しずつ静かになっていき——佐藤さんが到着した頃には、啜り泣く声と、白龍さんの優しい声が聞こえていた。
「ミツカ、大丈夫だから落ち着いて」
「ぐすん……ぐすん……」
「うんうん。冷静になってさ」
「藤原さんが好きなのぉ……」
「ミツカ、勘違いしてるだけだって。いくら男が信用できないからって、女に走っちゃ駄目だよ」
佐藤さんが小走りで、ドアに耳を向けるあたしに寄ってきた。
「今どういう状況ですか?」
「……白龍さんが説得に成功したようです」
「あ、よかった……」
「……毎年なんですか? これ」
「季節が変わるごとにですね。気圧の変動が多くなってくる辺りでなります」
「ああ……」
「月子もピリィちゃんいるじゃん……。私、もっと藤原さんのこと知りたいんだもん……」
「駄目。ミツカ。スタッフさんは絶対に駄目」
「ぐすん……ぐすん……」
「……藤原さん、何があったんですか?」
「あのー……どこから話すべきなのか……」
「……えっと、とりあえず……」
佐藤さんがドアを叩いた。
「白龍さん、佐藤です。今お話しできますか?」
「あー、ちょっと無理です!」
「落ち着いたら入れてもらえますか?」
「わかりました!」
ドアが開いたのは、1時間後であった。




