第49話
『Re:connect!』
『どうも皆さーん! Re:connectでーす!』
『あれ!? 待って!? 一人足りなくない!?』
『ミッちゃんは!?』
『はい、実はですね、毎年恒例のお風邪の季節ですね〜』
『ミッちゃんはしばらくお休みで〜す』
>了解した
>ミツKです。了解しました
>お大事に
>ご自愛ください
『さてさて本日はですね、スタジオをお借りしての生配信となっております!』
『そうなんです!』
『いえ〜い!』
『というわけで時間もかなり限られております。いつもみたいくぐだぐだはできません!』
『ふむ!』
『というわけで本日の企画は、どどん! 画力テスト〜!』
『はい! 拍手!』
『誰が一番可愛いキャラクターを描けるのか、企画班の野口さんに審判をお願いして、やりたいと思ってます!』
『公開収録の時もね、お世話になった方ですね!』
『そうなんです!』
『本日はよろしくお願いします! というわけで、早速』
『画力テスト、スタートー!』
(*'ω'*)
ミツカさんがアニメを見ている。
『よろこびがない〜!』
ミツカさんがぼーっとテレビを見ている。
『ありがとッ! これもッ……ほんとは……大事だったからッ……』
ミツカさんが、ほろっと泣いた。
ティッシュを手に取り、目頭に当てる。
あたしはそのティッシュをもっと手に取り、鼻をかんだ。
「この作品って……こんなに泣けるんですね……!」
「そうなんです……!」
「なんか、クマと猫みたいなのがただほわほわしてるだけかと思ったら……!」
「いえ、これ、うさぎもいるんですよ!」
「うさぎもいるんですか!? そいつは喋るんですか!?」
「はぁ? って言うんです!」
「はぁ? って言うんですか!? うさぎなのに!?」
あたしは知らない世界を体験する。
「本当だ! うさぎだ!」
『はぁ?』
「はぁ? って言った!」
「っ、藤原さん、ぶふっ、興奮しすぎじゃないですか?」
「いや、だって、すごいですよ! うさぎ、ちょこちょこ喋ってますよ! ちょっと生意気そう!」
「生意気なのはモモンガがいて」
「モモンガもいるんですか!? すごい!」
ミツカさんがおかしそうに笑った。しかし、収録が始まっているであろう時間を示す時計が目に入った瞬間、その場で大泣きし出した。
「情けない……情けない……」
「大丈夫ですよー。いっぱい深呼吸してくださーい」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「大丈夫ですよー。大丈夫ですー」
あたしは時計を隠すことにした。これでミツカさんがスマートフォンを見ない限り、時間を把握することはできない。とにかく、ミツカさんには時間を忘れさせることが大事かもしれない。
「ミツカさん、ポケモンGOやってます?」
「……」
「あたし、さっきダウンロードしてみたんですけど、ここらへん結構いるんですよ。捕まえにいきませんか?」
「……あー……」
「配信の話題作りにもなるし、どうでしょう?」
配信の話題作り、と言った瞬間、ミツカさんがゆっくり動き出し、自分のスマートフォンにアプリを入れた。
「あんまりわかんないんですよね。これ……」
「一緒に捕まえにいきましょう」
「……はい……」
夜中にマンションから出ていき、ミツカさんの歩幅に合わせて歩く。
「あ、ミツカさん、この先コイキングがいますよ」
「……本当だ」
「あ、勝負だ!」
「……え、これどうしたらいいんですか?」
「なんか、モンスターボール投げるといいみたいな」
「……これ?」
「あ、捕まえた」
「あ、やったー」
「あたしも捕まえてみます!」
あたしもコイキングを捕まえ、また歩き出す。
「この先にポッポいますよ」
「ほんとだー」
「なんかこの時間帯いっぱいいますね」
「これって図鑑集めるだけなんですかね」
「なんかイベントとかあるみたいですけどね。ミツカさんのお知り合いの方で詳しい方いないんですか?」
「月子詳しそう。今度聞いてみます」
「……あ、白龍さん、詳しそうですね。確かに!」
びっくりした。名前を呼ばれたかと思った。
公園の近くを歩いていると、急にミツカさんに言われた。
「すみません、藤原さん」
「え?」
「ご迷惑おかけして」
「いえ、全然です。むしろ、あたしはリモートで仕事できるので、なんか、休日をもらった感じです」
「お休みとか、何されてるんですか?」
「んー。……映画見たりとか、動画編集の勉強したりとかですかね。あたし、アニメーションとか作るの苦手で、MVのお手伝いとかまだできないんですよ」
「……動画編集の勉強って、藤原さんもまだやってるんですか?」
「やりますやります! あたしなんて、まだまだ全然ですよ! アフターエフェクトっていうのがあるんですけど、すごく難しくて」
「あー、聞いたことあります」
「でも、それさえマスターしちゃえば、もうなんでもできるというか、またお給料アップが目指せるというか」
「……彼氏とかはいるんですか?」
「……彼氏はいないです」
「あ、そうなんですね」
(うん。『彼氏』はいない)
「……私も、なんか、寂しいから作ってる感じなんですよね。彼氏って。声が好き〜と思って恋人関係になるんですけど、まぁ、相手が配信者だったりするので、結局うまくいかなくて別れて、セフレ作っても、なんか物足りなくて、なんか好きって、なんなんだろうなって」
「……」
「ときめくし、ドキドキするし、興奮するし、でも、なんか、結局、全部一緒というか。結婚してまで一緒にいたいなって思う人と、なんか、会えないんですよね」
ミツカさんがスマートフォンを見つめる。
「私、ずっとこのままなのかな……」
「……あの、ちょっと……後輩の話をしてもいいですか?」
「……はい」
「えっと……ADHDを持ってる後輩がいたんです。ADHDって知ってますか?」
「知ってますよ。多分私もそうじゃないかって思ってます」
「え、そうなんですか?」
「多分」
「あー、……で、あの、すごく、良い子で。素直で、純粋で、人の意見をちゃんと素直に受け取る子で、たまにかなり頑固で、……で、高校時代に会った子なんですけど、今その子は何をしているかというと、お芝居の道に行きました」
「声優とかですか?」
「舞台俳優ですね。ただ、その子の弱点があって、滑舌がかなり悪いんです。もう。どもるにどもるような子で、舌ったらずで、タレントさんとかはあまり向いてないんじゃないかと、個人的には思ってます。ただ、その子は、お芝居のお話をする時、すごく目が輝いてて、絶対に向いてないって本人もわかってるんですけど、でも日常からお芝居が消えることが怖いと言ってて、お芝居をするために生まれてきたんだと言ってます。その子曰く、お芝居は魔法だそうです」
「魔法?」
「はい。で、プロの役者の方は、魔法使いだそうです」
「なんか……綺麗な表現」
「ですよね。で、舞台に立った瞬間、その子は魔法使いになるんだそうです。ただ、滑舌が悪くて、顔も正直、美人ではないので、養成所に入っても所属にはなれないそうで、でも、それでもお芝居が好きらしくて、どうしても魔法を消したくなくて、今は、一番憧れている先生のもとで、勉強していると言ってました」
「お名前は?」
「あ、Xにいましたよ。柊光って名前でやってるんですけど、『間抜けなルーチェ』っていう名前で配信もやってます」
「……間抜けなルーチェ?」
「なんか、光るとか、輝く、みたいな意味がルーチェらしいんですけど、自分は、滑舌が悪くて美人でもないのに、役者なんてものを目指してる間抜けだから、間抜けなルーチェ、だそうです」
「自分で間抜けって言っちゃうんだ」
「でも、素敵だと思いませんか? 自虐でも、ひたすら夢を追ってる後輩の姿は、あたしはすごく……光り輝いて見えます。それは、Re:connectの皆さんも同じです。歌ってる姿は、みなさんとても光って見えます」
「……」
「ミツカさんはどうして、歌い手になろうと思ったんですか?」
「……承認欲求」
足が止まった。
「ただ、チヤホヤされたかったから」
ポケモンを捕まえた。
「アイドルって、チヤホヤされるじゃないですか。対して可愛くないし、歌もそんなに上手くないのに、ファンの耳が腐ってて、目が汚染されてるから、ちょっと過呼吸になってみせただけで、頑張ってるって言われるじゃないですか。私、そうなりたかった。みんなから愛されて、チヤホヤされて、人気者で、有名になって、……おかげでメジャーデビューまで行ったけど」
ミツカさんの目が、スマートフォンから離れない。
「全部月子のおかげなんですよ。白龍月子。あの人、本物なんですよ」
ミツカさんがスマートフォンの電源を切った。
「元々本当に歌上手くて、顔も良くて、身長高くて、かっこよくて、それだけじゃ満足してなくて、ダンス習いに行ったり、ボイトレ行ったり、名前も知らない配信者のところいって面白い配信の研究したり、見せ方じゃなくて、魅せ方をとにかく研究してて、人間力あって、優しくて、魅力が、沢山、あって、勝てなくて、どう足掻いても無理で、なのに、天才のくせに努力するから、私、横でにこにこ笑ってることしかできなくて、頭おかしくなりそう。私、目の前のことで頭いっぱいになるのに、月子はその先の先まで行ってて、欠点が一個でもあったらいいのに、全然なくて、そんなの絶対勝てないじゃないですか。どうやって勝てば良いんですか。どうやって、どんな顔して横に並べばいいんですか。ボイトレ行っても、ダンス習っても、絶対……絶対月子には勝てないんです……」
Re:connectの中で、人気No.2の、黒糖ミツカ。
「どんなに歌っても、配信しても、月子には勝てない」
ミツカさんが、しゃがみこんだ。
「勝てない……勝てない……勝てない……」
「……少し座りましょうか」
「消えたい……死にたい……」
「ミツカさん、大丈夫ですよ。座りましょう」
公園のベンチに座り、ミツカさんの背中を撫でて落ち着かせる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「こちらこそ、深刻なことを聞いてしまってごめんなさい」
「……別に月子が嫌いなわけじゃないんです。嫌いじゃないから辛いというか……」
「……」
「尊敬してるし、憧れてるし、月子が困った時は支えてあげたいし、親友だし、でも、全然勝てないし、勝ち負けじゃないのもわかってるけど、でも、比べてしまうんです。どうしてもやめられないんです……。だから……なんか、愛されてる実感がほしくて……セックスすると安心するんです」
「……」
「バカなことだってわかってるんですけど……気持ちいいし……スッキリするし……でもすごい自分が惨めで汚く思うし……」
あたしは黙ってミツカさんを抱きしめ、背中を撫でる。
「もうやだ……こんなの……」
「……」
「死にたい……もう死にたい……」
——こんな時、西川先輩だったらどうするんだろうなぁ。
(あたしは何も言葉が出てこないや)
黙って、ミツカさんの言葉を聞いてあげることしかできない。
「ぐす……ぐすん……」
ミツカさんの背中を撫でることしかできない。
「……」
——あたしのお腹が、ぐぅと鳴った。
「……」
ミツカさんが鼻をすすった。
あたしは苦笑いし、ミツカさんの背中を撫でた。
「あの……ラーメンでも食べます?」
「……お寿司食べたいです」
「あ、いいですね。回転寿司でも行きます?」
「……行きたいです……」
「……あと2時間くらいやってるところあるので、行きましょうか」
「……すみません、あの……」
「はい?」
「もうちょっとだけ……」
ミツカさんがあたしを抱きしめた。
「背中、撫でてください……」
「……はい、撫でます」
「すみません」
「大丈夫ですよ」
あたしはミツカさんの背中を撫でた。




