第47話
〜準備中〜
『こーんばーんはーーーー。どうも、皆様、ご機嫌麗しゅう。みんなのハートを射止める女王蜂歌い手、白龍月子とーーーーー?』
『全てのリスナーは私の子供! 母なる大地系癒やし歌い手、木陰エメです!!』
>蜂!
>蜂!
>大地!
>大地です!
>ママ〜!
>このペア配信を待っていたんだ!
>ピリィちゃん! 白龍がママと浮気してるぞ!
『いえ〜い! 浮気中で〜す!』
『違うから! 浮気じゃないから! メンバー!』
『最近どうなのよー。月ちゃん。ピリィちゃんとは上手くやってんの?』
『いや、お陰様でお互い仲良くやってるよ』
『なんかさ、ゆかりんがピリィちゃんに会ったって話してたじゃん。バリバリの知り合いだったって。私聞いたんだよ。誰なのかって』
『お、で?』
『苦笑いされて逃げられた』
『あーーーーいいっすねぇ!』
『いや、よくないよ! 教えてよ! ピリィちゃん!』
『いや、まぁ、……まぁまぁ……いつかね! いつか!』
『なんか除け者にされてる気分! そういうの良くないんだよ! 子供の教育にも良くないからさ!』
>そうだぞ! 仲間外れは良くないぞ!
>スタッフさんだからエメちも会ってる可能性あるってことだよな
>エメちビームくらわせてやれ!
『今日ピリィちゃんは?』
『あー、仕事でまだ帰ってきてない』
『え、だいぶ働くね? 社畜時代のゆかりんみたい』
『うん。忙しい人だからね。ん、……』
『さて、というわけで今日はですね、月ちゃんと私とでこちらの「Super Bunny Man」というゲームをですね、やっていこうと思います!』
『……』
『もういろんな配信者さんがやってるから、とても有名なゲームなんですけどね、ちょっとやってみるかーって言って決まりました。ちなみに私は完全初プレイです。隣にはぽぽちゃんとぷぷちゃんがいます。ねー』
『ねー』
『へへっ』
『あら、可愛い〜。ママ頑張るからね〜。……あれ? 月ちゃーん?』
『エメち、ごめん、仕事の連絡きてる』
『今から「Super Bunny Man」やるんだけど!』
『ちょっと返事だけさせてくれん? よいしょ』
>仕事は大事だわ
>行っといで
>ぽぽた〜んとぷぷた〜ん
『え、じゃあ最近の家族エピソードでも話します? これさ、ちょっと子供いるリスナーさんいる? ちょっとこれ審議をしたい。最近さ、ぽぽちゃんがさ』
(*'ω'*)
着信が来て、あたしは通話をとった。
「はい! 藤原です!」
『どういうこと?』
「……あー……」
あたしは通話先の人物の名前を確認した。——白龍。
「……こんばんは。白龍さん。今配信中ですよね?」
『いや、何、あれ』
「えっとー……配信終わってからにしませんか?」
『いや、ミュートにしてるから、何。ミツカの家に滞在するって』
「だから……その……LINEに書いてる通りなんですけど……」
『いやいや、おかしいから。それは仕事関係ねぇから』
「いや……だから……」
『だからじゃねぇって。ゆかりんいるんでしょ?』
「……白龍さん」
『一回、ゆかりんに変わって?』
「配信終わったらにしましょうか。あなたの仕事です」
『……や』
「いやじゃありません。明日もスタジオで生配信があります。リーダーとして、ちゃんとしてください」
『……』
「……配信終わったらちゃんと説明しますから」
『……今日帰ってこないの?』
「ミツカさんの体調が良くないので」
『それは月子の仕事なの?』
「運営としての役目です」
『……あ、そ』
「……」
『……配信終わったら、私もそっち行くわ』
「……明日」
『そこはちゃんとやるって』
「……はい、わかりました」
『……』
「切りますよ」
『……はぁ……』
わざとらしいため息が聞こえたと思ったら、急に切られた。
(……誰のグループのメンバーだと思ってんだよ。あの白髪)
イラっとしながら、もう一度Re:connectチャンネルの配信をつけ、スピーカーにして台の上に置いておく。
『ただいま〜!』
『えー、やっぱそうだよねぇー!? あ、お帰りー』
『返事してきた!』
『うむ! 仕事してきて偉いねぇ〜!』
『仕事してきたよ、ママ〜!』
この切り替えはさすがというべきか。あたしは改めてゴミ袋を持ち、手掴みで空のカップラーメンの山を袋の中へ入れていく。
『ちょ、動かん! これ動かん!』
『違うって! 月ちゃんが上に行かないといけないんだよ!』
『行くよ! い……あ』
『あーーー! 突き落とされたーーーー!!』
『ぎゃはははは!!』
『ちょー! 月ちゃーーん!!』
「うわ、スーパーバニーマンやってる! いいなー!」
ゆかりさんが配信をチラ見して、空き缶とペットボトルを分けていく。
「白龍さん、後で来るそうです」
「あ、来るんだ。連絡きたの?」
「……ミツカさんって」
「今部屋で休んでるよ」
「……ちょっとこれ、愚痴になるんですけど」
「何」
「LINEで、事の経緯を書いて送ったんです。ミツカさんがこういう状態なので、運営部として、側にいられるのがあたしなので、しばらくここに滞在することになりましたって、ちゃんと書いて送ったんですよ。そしたら、さっき通話かかってきて……すっごいなんか、機嫌悪そうな感じで来られて……」
「あー、だからこの後来るんだ」
「いや、通話は100歩譲ったとしても……今、あれ、配信中ですよ? 急に仕事の連絡きた〜って言って、こっちかけてきたんですよ? ありえなくないですか? 配信者として、仕事中にですよ? で、なんか説明を求めてきて、なんか、すっっっごい怒った声で、ゆかりんいるんでしょ? みたいな……」
「あーね?」
「いや、あたしは、運営部として、責任を担って、ここにいるんですよ。しかも、白龍さんがリーダーの、グループのメンバーのために、ここにいるんですよ? いや、あなた、助けてもらってる身で、よくそんな態度できますねって感じじゃないですか?」
「まあ……でも、この後、来るんでしょ?」
「いや、だったら最初から来いよって話じゃないですか。ゆかりさんにまで迷惑かけて、何なんですか。あの白髪。ああいうところ、本当に昔と変わってない」
「あ、そうなの?」
「なんか時たまあるんですよ。急に機嫌悪くなって、こっちが良かれと思ってやったことを「いや、お前それさぁ」みたいな。マジで何なんですか。あれ。理不尽すぎて禿げそうです」
「あははは! でもさ、そういう時の白龍、結構的得たこと言うから、反論できないんだよね!」
「いや、だとしても、人に「お前」とか使うのどう思います? 口悪すぎて超むかつく。ありえない。誰があなたの動画を作っていると思っていらっしゃるんですか? って話じゃないですか。社会不適合者が。クソムカつく。あのイキリ女」
「やだーーーー! ふじっちが口悪くなってるーーー!!」
「あたし、白龍さんのああいうところ嫌いなんです! 高校時代もありましたよ! クラスメイトの男の子と移動教室で話しながら歩いてたら、そういうの浮気っていうんだけど? って超詰められて! 何が浮気だよ! ちょっとテレビの話で盛り上がってただけだし!」
「あ、白龍って高校時代からそんな感じなんだ?」
「もうその頃は完全なる先輩と後輩だったので、もう、なんか、先輩がそう言うならあたしが悪いですねっていう感じで終わったんですけど、なんかその後もすっごい納得いかなくて! 今だから言えますけど……あれ、絶対あたし悪くない!!」
「え、あのさ、付き合ってる時に別れようとか思った事ないの?」
「……依存していたのでそれはないですかね」
「あー」
「いや、あれは洗脳でしたね。完全なる洗脳です。とりあえず謝っておくのと、先輩の言うことさえ聞いていれば機嫌良かったので、だったらもうそれでって感じでしたけど、今はもう違うので」
「……やっぱり白龍ってさ」
ゆかりさんがゴミ袋を閉めた。
「ちょっとモラハラあるよね?」
「絶対ありますよ。あいつ」
「よく一緒にいるね」
「本当ですよ。感謝してもらいたいです」
「やっぱり別れたいとか思わないの?」
「……なんて言うんでしょうかね……」
この感情の名前は知らないけれど、言葉にするならば、
「ああ、またいつものやつだー……って思って終わりですかね。なんか慣れました」
「暴力とかは?」
「そういうのは一切ないです。……一応大切にはしてくれているようなので」
「……アダルトグッズ使ったことある?」
「……引きますよ」
「え、何が?」
「なんか……寝室の……クローゼットの奥に……大量にしまわれてて……」
「え! えっ!」
「いや、なんか……あの……ここだけの話なんですけど……」
「うんうん!」
「その……夜の……そういう時間に……なんか……盛り上がってきたぐらいで……出してきて……」
「えーーー! ……で?」
「……まぁ……されますよね」
「っっっっ……!」
「笑わないでください! あれ、すっごい恥ずかしいんですよ!」
「え!? レズもの!? レズもの!?」
「いや、ですから……なんか……そうですね……女同士専用の……ベルトみたいな……」
「あ……あっ……あれだ! あの、チンチンついてるやつ!!」
「いや、う、うーん……そうですね。はい、そういうやつとか、なんか、指につけて……こう、なんか、でこぼこしてるやつとか……」
「え、ちなみに……どうなの……?」
ゆかりさんが固唾を飲んだ。あたしは——ため息混じりに答えた。
「……白龍さんが悪いです」
「え、何が悪いの!?」
「……なんか、ねちっこい触り方してくるんですよ……」
「え、え、それ……気持ちいいの?」
「……まぁ……まぁまぁまぁまぁ……」
「え、ちょっと待って、え、そんなプレイしてんの?」
「……いや、なんか……んん……なんか……目隠しされたりとか……」
「……あー、でも目隠し興奮するよね。私も好き」
「いや、でも、目隠しされたら、どこ触られるかわからないじゃないですか! それで、なんか、筆とか羽根とか……」
「うおおおおお……マニアックだねぇ……!!」
『ぎゃははははは!!』
ゆかりさんとあたしがスマートフォンに振り向いた。
『ちょーーー! 早く行けってーーー!!』
『飛ぶ! 飛ぶ! 飛べーーー!!』
『『落ちたーーーー!!』』
『ぎゃはははは!!!』
『月ちゃん、あと頼んだーーー!!』
「……あんな無邪気な笑い声出してますけど、本当に、配信者なんて、ろくなもんじゃないですよ。バンドマンと配信者とは付き合っちゃいけないって、本当にその通りですよ。ダブルパンチですよ。まじで。あり得ない。あの白髪」
「でも別れないんだ?」
「……結婚」
「え?」
「結婚しようって、言われてて」
ゆかりさんが手を止めた。
「……あたしは、このままでもいいんじゃないかなって思うんですけど、……白龍さんが、似た形でいいから、したいって、……言われてまして」
「……」
「……指輪とかもしなくていいって言われてますけど、やっぱり、そうなってくると、ちょっと……違くなるというか……なんか、本当に……戻れなくなる気がして……」
「……白龍はなんて?」
「時間はいくらでもあるから、ゆっくり考えていいよって」
「……」
「8月にもライブツアーがあるじゃないですか。……なんか、余計なこと考えさせたくないし、忙しくさせたくないし……」
「……んー」
「……すみません、こんな話してしまって」
「ううん。ふじっちが言える相手、私しかいないんだもんね」
「……」
「ごめんね。私は何も言えないけどさ、ふじっちが考えを整理するために話したいってことなら、それを聞くことはできるから」
ゆかりさんが汗を拭い、あたしに笑みを浮かべた。
「話したくなったら、いつでも言って」
「……ありがとうございます」
「お礼は、100万回再生以上される動画でいいからね!」
「……んふふ、頑張ります」
そこから四時間ほど掃除は続き、白龍月子が現れたのは、その一時間後であった。




