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第46話

 その日は突然やってきた。


「すみません、本日ミツカさん、体調不良でお休みです」

「なるほど!」


 佐藤さんに言われて、高橋先輩が台本を見直した。


「……こういう時、人数いてほしいんだよな……」

(小道具、小道具、らんらんらん)

「あ、ふじ……わらさん! 持ちますよ〜!」

「あ、ゆかりさん、すみません」


 一緒にダンボールをスタジオの奥まで運んでいく。


「……ふじっち、この後時間ある?」

「……あの、片付けが……」

「ミツカについてなんだけど」


 あたしとゆかりさんの目があった。


「多分ね、知っておいた方がいいと思う」

「ミツカさん……ですか?」

「私が撮影の後に相談あるっていう体にして、撮影終わったら一緒に行けない?」

「……わかりました。相談してみます」

「ありがとう。いや、でもこれね、運営側は知っておいた方がいいと思うんだ」

「何をですか?」

「この後のお楽しみ」

「ふじっち! ちょっと来い!」


 高橋先輩に呼ばれ、すぐに駆け寄る。


「ちょっと台本修正。今日ミツカさんがいないから、こことここ変更で……」

「了解です。あ、じゃあ、今日はこれとこれ……ですかね」

「あー……そうだな。ま、また明後日も生配信あるから、その時にでも」

「あ、そうだ。すみません、撮影の後なんですけど、ゆかりさんから相談したいことがあるから食事に行きたいと言われまして」

「おっつ」

「片付けお願いします」

「了解。内容メモしてあとで共有してくれ」

「わかりました」

「じゃ……始めるか」


 高橋先輩がカメラを持った。



(*'ω'*)



 ゆかりさんと、目の前のタワーマンションを見上げる。


「ここだよ」

(Re:connectメンバーは高級マンションにしか住んでねぇのか。一人くらい普通の家で暮らしててもいいんじゃないのか)

「行くよ。ふじっち……」

(またお金持ちそうな場所だなぁ……)


 エレベーターで上まで登っていく。


「ミツカが、片付け苦手って言ってたの覚えてる?」

「……家政婦さん雇われてるとか」

「そうなの。で、悪い時はセフレとか」

「あー。……まぁ、でもそこは本人の自由なので」

「一回ね、病院行った方がいいんだけど、私や佐藤さんだと説得できないから」

「病院?」

「もうこれは、運営の人に言ってもらった方がいいと思って」


 エレベーターが開いた。広い廊下に、いくつかドアが並んでいる。


「ここだ」


 ゆかりさんが勝手にパスワードを入れ、ドアを開けた。


「ミッちゃん! 入るよ!」

「っ」


 ——そこは、ゴミ屋敷一歩手前の部屋であった。


「おっと……」

「また散らかして!」


 ゆかりさんが進んでいく。夏の部屋に、ハエが飛んでいた。


「ミッちゃん!」

(これは……)

「ここか!」


 寝室のドアを開けた。そこには、真っ暗な部屋で、布団にこもって丸くなるミツカさんがいた。ゆかりさんとあたしに振り返り、何も言わない。


「……」

「食べるもの買ってきたよ」

「……ごめん」

「全くだよ」


 ゆかりさんが袋をテーブルの上に置き、あたしに振り向いた。


「どう思います? この部屋」

「どう思う……って……」


 ゆかりさんが来る前にドンキで掃除グッズを買っていた理由がわかった。


「やりましょうか……」

「私やるから、ふじっちミッちゃんと話してもらっていい?」

「あぁ……わかりました……」


 丸くなるミツカさんの側に寄り、正座で座る。


「あのー、お疲れ様です。藤原です……」

「……はい」

「えっと……これは……どういう……」

「うっ……」

(えっ)

「ぐす……」


 ミツカさんが泣き出してしまった。


「ぐす……ぐすん……」

「……えっと……ゆかりさん、ティッシュとかって……」


 ゆかりさんがミツカさんにティッシュの箱を渡した。


「ぐす……ぐす……」

「……えっと……病院には行かれてますか?」


 ミツカさんが頷いた。


「心の病気ですか?」


 ミツカさんが頭を振った。


「私が悪いんです……」

「季節性感情障害病」

「……なんですか。それ?」

「簡単に言えば、季節性のうつ病。躁鬱の鬱のタイミングが来ちゃったみたい」

「……」

「ね」

「……最近は調子良かったんだけど……」


 ミツカさんの体がガタガタ震えている。


「もう駄目だ……」

「駄目じゃないよ。大丈夫。藤原さん来てくれたから」

「消えたい……」

「ミッちゃん、薬は?」

「昼に飲んだ……」

「じゃあもう飲まないと駄目だ。夜だもん。おにぎり食べて」

「食べれない……」

「じゃあ一緒に食べよっか」


 平然とゆかりさんがその場で袋を開け、おにぎりを食べ出した。ミツカさんにはお茶を差し出す。


「今日撮影でさ、こういう感じでやったのね」

「うん……」

「で、生配信が明日あるじゃん? 足りない分そこで撮る? みたいな話があって」

「……」

「一旦薬飲んで決めよ。ね」

(……驚いた……)


 Re:connectの中でもTHE・ヒロインの立ち位置のミツカさん。元気でパワフル。可愛いものが大好き。アイドルグループ定番の高い声は歌にもトークにもマッチしていて、シチュエーションボイスはグループの中でも映えなる売り上げ第一位。数字も白龍月子の次に良い——はずなのに。


「ミツカさん、無理はしてほしくありません。一度活動を休止しますか?」

「休止は嫌です……」

「ですが」

「怖い……! みんなに忘れられるのが怖い……! でも体が追いつかない……!」

(あ)


 ミツカさんが机にあった——血痕が残ったカッターを手に掴んだ。


「もう嫌だぁぁあああ!」

「ぬわーーーー!!」

「ちょっと!!」


 あたしとゆかりさんが必死にミツカさんを止めた。


「ミッちゃん落ち着いてーーー!!」

「わーーーーー!!」

「ゆかりさん! 白龍さん! 白龍さんを呼びましょう!」

「白龍、今日エメちとの配信があって!」

「そうだったー!!」

「もうだめぇえええ! 私もう駄目なのぉおおおお!!」

「ゆかりさん! どうしましょう!」

「ミッちゃん!」


 ゆかりさんが暴れるミツカさんを抱きしめ——背中を撫でると——大人しくその場に泣き始めた。


「しくしく……」

「こんな感じで、毎年、鬱の症状が現れるんです」

「会社が変わってからもありましたか?」

「ライブ前に」

「……なんでもっと早く知らせてくれなかったんですか!」

「知らせようとは思ったけど、まだ相談しなくても大丈夫かなって思ってたんだもん!」

「……ミツカさん、お話しできますか?」


 ミツカさんがゆかりさんの胸にしがみつき、過呼吸を起こしている。


「深呼吸してください」

「すーーはーー」

「あの、頼りになるセフレさんとか、彼氏さんとか……」

「ミッちゃん、最近セフレにも彼氏にも振られたばっかり」

「……あの、では、誰か頼りになる人……」

「ふじっち、なんで私がふじっちを連れてきたと思ってるの?」


 ゆかりさんがため息混じりに言った。


「ミッちゃん、振られたショックで、早めにうつ症状来ちゃったんだよ」

「誰もいない……私空っぽ……」

「ミッちゃん、しっかり〜」

(恋愛依存体質……。これは良くないな……)

「前の会社では、配信は二週間お休みして、一日だけ復活して、また休んで、体調良くなったらまた活動、みたいな感じだったんだけど」

「……えっと、ちなみに、この波は収まるんですか?」

「セフレさえできれば」

「セフレ、ですか?」

「なんかとりあえず、甘えられる人がいれば収まる」

「私……なんで存在してるんだろ……」

「だからファンの人とワンナイトしたりとか」

(……そっか、スイさんの件があったから、全員切ってくれたんだ。……その後にセフレさんと彼氏さんに振られたとなると……あー……)

「とりあえず明日は休ませた方がいいかも」

(休ませたところで、この状態のミツカさんを一人にするのも怖い。今、Re:connectは新人が入るかもしれない大事な時期。問題を起こされるのは非常に……リスクが高い……)

「あの、親御さんとかは……」

「ミッちゃん、家庭環境問題あり」

「であれば……」


 あたしは運営陣として考え——スマートフォンを取り出した。


「少し上と相談させてください」

「ありがとう、ふじっち!」

「私……役立たず……」

「もしもし、高橋先輩、あのー、ご相談が……」


 あたしはゴミ屋敷になりたてのリビングへ歩いた。そして、事の経緯を細かく話す。


「というわけなんです」

『それはお前……病院案件だろ』

「病院は行ったそうなのですが、薬をもらうだけで終わってしまうらしくて」

『はぁーー?』

「そこで、あの……ご提案なのですが……あたし、ここにいましょうか?」

『……』

「その、一応ミツカさんとは知り合いなわけですし、あたしも運営の人間ですし、その、撮影データさえいただければ、ミツカさんの側にいながら仕事もできるかなぁと……」

『……あー……』

「サクラ梅さんの件もありますし、このまま放置して、問題を起こされても困ります。あたしは女なので、まぁ、女同士なら……側にいても大丈夫かなと……」

『……何日くらい?』

「まぁ……二週間くらい?」

『……二週間か……』

「最高で、二週間です。それまで投稿動画がないのも困ります! ストックも作らないといけないし、とりあえず、ミツカさんは夏風邪による体調不良、ということにして、お休みをとらせてみるというのはどうでしょう? その間、あたしが様子を見ます」

『なんかお前運営らしくなったな』

「運営の人間なんで」

『んー……まぁいいか。定期的に佐藤さんにも行ってもらうから、一旦それで行こう』

「わかりました」

『悪いな。なんかあったらすぐ病院に行けよ。うつ病患者は気まぐれだからな』

「はい。では……今日からリモートにさせていただきます。失礼します……」


 通話を切り、部屋に戻る。ゆかりさんはまだミツカさんを抱きしめている。


「とりあえず、あたしがしばらくここでミツカさんの様子を見るということになりました」

「えっ!? それ大丈夫なの!?」

「今問題を起こされるとすごく厄介なので、監視役として」

「えー……それは……」


 ゆかりさんが頷いた。


「じゃあ、私もここにいる!」

「明日の生配信を二人にさせるつもりですか?」

「うーん……」

「動画編集のいいところは、パソコンさえあればどこでも仕事ができることです」


 あたしはしゃがみ込み、ミツカさんの顔を覗いた。


「すみません、ミツカさん。そういうわけで、あたしが今日からこの部屋に居座ることとなりました」

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「あ、もう全然大丈夫ですよ。あたしのことは家政婦とでも思ってください」


 だがしかし、そうとなると、


「この部屋で二週間はきついですね……」

「ふじっち、連れてきた手前、今夜は付き合うよ……」

「それでは……」


 ゆかりさんとあたしが手袋をした。


「掃除しましょう!」

「そうしましょう!」


 レッツ、汚部屋掃除! 開始!!


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