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第45話

 〜準備中〜


『ゲリラはいしーーーーん。どうもー。みんなのハートを射止める女王蜂歌い手、白龍月子でーす』


 >蜂!

 >蜂!

 >蜂!


『すみませんね、突然ね。なんか目が冴えて何もできねぇなって思ったので、まぁ、ラジオ感覚でゆるーくやるので、ゆるーく聞いてやってくださいな。本当にちょっとしたら終わります』


 >この時間に白龍の声聞けるの嬉しい!

 >月ちゃん元気?

 >ちゃんと寝るんだぞ


『いや、あのね、寝てたんだよ。ちょっとだけ。あんね、さっきまで……ま、いいか。ピリィちゃんと合体してまして』


 >おいーーー!

 >詳しく聞こうか


『いやいや、もう、合体よ。完全なる合体。ミツカがさ、自分用にベビードール買ったんだけど、イメージと違ったらしくて、ピリィちゃんにどう? って言われて渡されたのよ。大正解だったわ』


 >ベビードール!

 >ピリィちゃん似合ってた?

 >今夜はこれでいいか……


『こらこら、ピリィちゃんをオカズに使うんじゃないよ。俺のだからね。……はぁー。すごかったなぁ……』


 白龍月子が電子煙草を吸った音がした。


『いや、もうね、うーん、ただひたすらにエロかった。なんだろうね。なんでこんなにエロいんだろ。前にさ、ゆかりんとかがフリルカチューシャして、水着エプロンして、メイドさんごっこみたいなことはしてきたことあるのよ。家で』


 >なんつーことしてるんだ

 >ゆかりん、普段からそんなことしてるのか

 >けしからん!! いいぞ! もっとやれ!!

 >最近はマジで暑い


『うん。で、その時ピリィちゃんも巻き込まれててさ、一緒に水着エプロンしてたんだけどさ……あの夜はね、うん、かなり燃えたのよ。すっげー燃えてたよ。もう、火事になるかと思うくらい、誰かこの感じわかる? すげー燃える時ってあるよね?』


 煙草を吐く音がする。


『いやあのさ、これマジなんだろうね。ゆかりんに対してはさ、あー、またなんかやってるわーって子供を見るような感じだったの。でもさ、ピリィちゃんに関してはもうエロさしかないわけよ。どちゃくそにエロいわけ。体つきはゆかりんの方が全然いいの。でも何も感じないわけ。でもさ、ピリィちゃんはもう違うのよ。比が違う。水着にエプロンとかさ、ベビードールとかさ、もうなんか、スイッチが入るわけ。俺の中で。ぐひひひ! これってさ、俺の中での性の対象がピリィちゃんになってるってことなのかな?』


 >女が友達の男と彼氏区別してるのと変わらないからな

 >同性愛といえども、ただの恋愛だからね

 >ピリィちゃん配信やらないの?


『いや、俺は大歓迎だよ。でも多分……やる暇ないんじゃないかな……?』

『……にしてんの……』


 >あっ

 >えっ

 >あっ……

 >?


『ピリィちゃん、配信やらないかって』

『……しないよ……』

『LIVE2Dイラスト依頼して、一緒にゲームとかする?』

『……から……無理……ばかがよぉ……』

『ぐふっ!』


 >ピリィちゃん!?

 >ばかがよぉ?ww

 >罵倒されてんぞww

 >言われてんぞ白龍!

 >なんかムラムラしてくるな……


『体大丈夫?』

『……れ……』

『ああ、これアーカイブ残さないから大丈夫』

『……ざけんな……』

『あ、ちょっとミュートしまーす』


 >ピリィちゃん説教タイム?

 >お隣りにいましたか

 >個人的に、ピリィちゃんのイメージが紗倉まななんだが

 >ディープな配信だなおい


『……おまたせしましたー。寝かせましたー』


 >ピリィちゃん怒ってなかった?

 >大丈夫?


『ああ、もう、大丈夫。怒る顔も可愛いんで。うちのピリィちゃん。俺がね、本当に大好きなんですよ。一方的に。……だからさ、多分ね、俺かピリィちゃんどっちか男だったら普通にデキ婚してると思いますよ。なんか、そんな気がする』


 >子供ってどうするつもりなんですか?

 >結婚とかするの?


「あ……結婚?」


 ――あたしは自分のスマホから白龍月子の配信のコメントを眺めていた。


「結婚はさぁ、まあ、法律で認められたらするんじゃない?」


 >パートナーシップは?


「……いや、パートナーシップさ、あれ結婚とはまた違うんだよ。俺めちゃくちゃ調べたもん。でも、うーん、親にはピリィちゃんのこと話してるから、何かあったら親が何とかしてくれる気がしてるから……どうなんだろ」


 リンちゃんの手が、あたしの肩を撫でた。


「この中でパートナーシップ手続きした人いる? ちょっと教えてほしいかも」


 >結婚かぁ

 >私はまずは相手見つけないと

 >白龍は結婚する気あるの?


「え? ありますよ。全然あります。むしろ、出来るもんなら同棲した日に籍入れてた」

「……」

「え、だってさ、6年間音信不通で、やっと会えたんだよ? もう絶対離れたくないじゃん」


 リンちゃんがあたしの肩を強く抱き寄せた。


「そうだよー。同性婚ってね、結構ややこしいんだよ」

「……」

「でもねー、このままっていうのも癪だしね。パートナーシップ考えてみるかぁー」


 リンちゃんがつけていた指輪を外し、あたしの薬指につけてみせた。


「ピリィちゃんが起きたら相談してみようかな。今後どうしたいかとかさ」


 手を握られる。


「もうなんか、カップルってより夫婦っぽいからさぁ。関係が。なんていうか、いや、そりゃ合体する時はかなりドキドキしますよ! でもさ、もうなんか、それ以前によ、一緒にいないと落ち着かないというかさ、いるのが当たり前というかさ、離れる選択肢はないわけですよ。俺の中ではね? これでやっぱり別れるとか言われたら、もう俺は絶望のどん底に落ちるしかねぇよ。引退だ引退。活動できる気がしねぇ」


 手の甲にキスをされる。


「はぁ。なんか喋ったら眠くなってきたので終わります。アーカイブ残しません。はい。皆も寝るんだぞ! ではお休みなさーい」


 ……配信が終わった。アーカイブが残ってないため、もう永久にこの配信を観ることはできない。リンちゃんが電子煙草を置き、あたしを抱き寄せながら言った。


「結婚しよ」

「……」

「ずっと一緒にいよ。月子」

「……日本で、同性婚はできないんですよ」

「パートナーシップどう思う?」

「どうでしょうね」

「月子、駄目」


 眠ろうとすると、止められた。


「今、真剣な話」

「……」

「私は、結婚したい。それがパートナーシップ制度で承認されるしかないなら、もう、それでもいい。とにかく、月子と婚姻関係みたいになれるなら、もう、なんでもいい。……諸々の手続きも楽になるよ」

「……でもそれって、結婚ではないんですよ」

「わかってるよ」

「する意味あります?」

「……月子はしたくないの?」

「……今の形でも、不自由はありません」

「お前はね?」

「……リンちゃんもそうでしょ? メジャーデビューしたばかりで、8月はライブツアーも予定してる。アーティストは、独身の方がファンと関わりやすいですよ」

「そんなことはない」

「別にこのままでも……」

「私が嫌だ」


 まっすぐ見つめられる。


「私は……月子と結婚したい」

「……」

「私といるの、恥ずかしい?」

「恥ずかしい、わけではないです」

「何が突っかかってる?」

「……」

「指輪とかさ、別にしなくていいから」

「……」

「月子」

「……」

「……ま、時間は沢山あるし」


 リンちゃんがベッドに寝そべった。


「ゆっくり決めてこ」

「……ごめんなさい」

「いいよ。今決めることでもないし」

「……」

「……ツゥ」


 手を差し伸べられ、その腕の中へ入る。リンちゃんの腕枕が、心地良い。


「……リンちゃん」

「ん?」

「なんで男じゃないの?」

「性転換しようとは思わないから。女である自分が好きだし、私は男じゃないし、男になれない。で、ツゥはなんで男じゃないの?」

「……女である自分が好きだから」

「私のこと好き?」

「……好きです」

「私も月子が好きだよ」


 頬にキスをされた。


「寝よっか」

「……うん」

「お休み」

「……お休みなさい。リンちゃん。……愛してます」


 人の前で、この言葉が言えるかと聞かれたら、あたしは迷うことなく答える。言えない。


「……私も愛してるよ。月子」


 絶対に――言えない。


 リンちゃんか、あたしが男だったら、こんなくだらないこと考えずに結婚して、夫婦になって、子供作って、家族になるのに。


(なんで女なの。リンちゃん。こんなに大好きなのに。なんで日本は同性婚駄目なの? モヤモヤする。くたばれよ。クソが)


 この言葉も、あたしはきっと言えない。

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