第42話
サクラ梅 様
初めまして。歌い手グループRe:connectの運営部です。
サクラ梅様の配信を拝見いたしまして、ぜひお話をしたいと思い、ご連絡いたしました。
よろしければ、ご返信をお願いいたします。
運営部 藤原
>>>藤原様
初めまして。サクラ梅と申します。
この度はDM誠にありがとうございます。
ご返信が遅くなり、誠に申し訳ございません。
詳細をお伺いしたいのですが、どうすればよろしいでしょうか?
ご返信お待ちしております。
サクラ梅
>>>サクラ梅 様
お世話になっております。
歌い手グループRe:connectの運営部です。
ご返信誠にありがとうございます。
つきましては、一度リモートでお話ししたいと思っております。
よろしければ、ご都合の良い日程を教えていただけますでしょうか?
どうぞよろしくお願いいたします。
運営部 藤原
(*'ω'*)
あたしはイヤフォンをした。高橋先輩が隣で液晶を見つめる。モニターにて、パソコンの画面を共有したのを、Re:connectメンバーと佐藤さんが眺める。
サクラ梅さんが通話に上がってきた。
『あ……もしもし……』
「あ、もしもし。聞こえますでしょうか?」
『はい!』
「お世話になっております。Re:connectの運営部スタッフの、藤原と申します」
『お世話になっております! サクラ梅と申します!』
パソコンに上がった女性を見て、——全員、ぽかんとした。おそらく、20代前半。その見た目は——とてもふくよかであった。
「隣にいる方は、同じく運営部スタッフの高橋です」
「高橋です」
『よろしくお願いいたします!』
「改めまして、本日はお時間をちょうだいし、誠にありがとうございます」
『いえ!』
「ちなみに、Re:connectはご存知ですか?」
『はい! もちろん!!!』
「ミツカさん推し?」
『はい! 配信も、ミツカちゃんを目指してやってます!』
白龍さんが小突くと、ミツカさんが誇らしげに胸を張った。
「すみません、今から話すことは企業機密の内容となりますので、この会話を録画録音させていただいてます」
『はい!』
「単刀直入にお伝えします。あたしたちは、あなたをスカウトしたいです」
『……はい』
「メンバーの水城スイが不祥事を起こし、脱退を余儀なくされました。しかし、その枠はメンバーにとっても大事なものでした。こう言ってはなんですけど、その枠に入れる方が欲しいと思ってます」
『……はいはい……』
「サクラ梅さんの配信を見させていただきましたが、歌唱力もこのままではもったいないと思っております。しかし、Re:connectはすでに根強いファンもいますため、簡単に新人を……入れるわけにはいきません」
『それは……はい』
「今まで、そういった企業さんと契約とかってされてましたか?」
『あの……契約はしたことなくて……路上ライブしたり、アイドルグループのオーディションとかは受けたことあるんですけど、全部ダメで……その……』
サクラ梅さんが、自分を指した。
『見た目で』
「……そうですね。見た目は……」
あたしは高橋先輩を見た。高橋先輩がスマホをあたしに見せた。——ダイエット企画なんて数取るのに最高じゃねぇか。
「見た目は、なんとかなります。普段の活動はバーチャルですから」
『はぁ……』
「こちらは見た目ではなく、歌唱力を評価してます。Re:connectはアイドルを目指してるわけではなく、あくまでプロのアーティストチームとして動いております。イメージとしては、すとろべりーぷりんすの、女性バージョンです」
『あ、それは……はい。存じてます……』
「話を戻しますが、経歴がない新人を入れるというのは、お互いかなりのリスクがあります。そこで、サクラ梅さんには、運営からのミッションということで、一つずつクリアしていただきたいことがあります」
あたしはデータを送った。
「一つ目、今活動しているTikTokのフォロワーを一万人にする。二つ目、顔だけ隠した実写動画をいくつか投稿し、合計で100万回再生を突破する。三つ目、Re:connectの歌を課題曲として歌ってもらい、Re:connectにふさわしいか、メンバー四人にオーディションしてもらう」
『……』
「できますか?」
『……やります』
サクラ梅さんが強く頷いた。
『やらせてください!』
「ありがとうございます」
ゆかりさんが拳を固めて一緒に頷いた。
「配信スタイルに関しては今までの形で問題ございません。特にやって欲しいこともありません。実写動画に関してなのですが、これは運営部が企画を考えて、サクラ梅さんにやっていただく形を取りたいと思います」
『えっ、そうなんですか?』
「ご自身で動画を作っていただくのも特には問題ございませんが……あたしたちの目的は、あなたの認知度をどうにか上げて、上手くグループに引き入れることです」
『お……ほぉ……』
「本気で頑張って欲しいのは、Re:connectの課題曲ですね。……ミツカさん推しとのことなので、『こねくと・えみゅれーたー』なんてどうですか?」
『あ……はい……』
「期間は最高で三ヶ月を見てます」
『……はい』
「できますか?」
『やります』
その言葉には、強い意志を感じた。
『絶対にやり遂げます』
「……ありがとうございます。では、お話は以上となります。詳細はまたDMで送らせていただければと思うのですが、サクラさんから質問はございますか?」
『……えっと……あの、ダイエットとか……した方がいいとか、ありますか?』
「あ、それに関してはですね」
高橋先輩が横から入った。
「こちらで企画したいんですけどいいですか?」
『あ、ダイエット企画……ですか?』
「これ、聞きたいんですけど、どうします? 痩せたいですか? 今のままがいいですか?」
『……や……グループとしては……どうなんですか?』
「白龍さん次第になるんですけど、僕はこのままでもいいと思います」
メンバーが白龍の顔を覗いた。
「ただ、今のままだと、ちょっと太りすぎてる気がするので、見れるくらいの見た目にはしたいんですけど、そんなに変わらなくていいと思ってます。むしろ、この方が女性ファンが増えるんじゃないかなと思います」
『え……』
「はい。どうします?」
『……えっと、どうするのが正解なのかが……私には判断が……』
「わかりました。ではそれもこちらで聞いてみます。最終決定は白龍さんになるので、白龍さんがダイエットした方がいいっていうことであれば、企画に入れますけれども……でも、僕はこのままで良いと思ってます。別に可愛いのはメンバー内にいるので、一人くらい、太ってるアーティストがいても、変ではないと思います。それもアーティストの個性です」
『……えっと、あの……』
——サクラ梅さんが、涙を溢れさせた。
『すみません』
「まぁ、最終決定は白龍さんなんですけど」
「はい。あくまで、こちらはサクラ梅さんを引き入れるために動きますので」
「もしダイエットってことになったら、その時はすみません」
『いえ、頑張ります』
「他に質問はありますか?」
『ありません!』
「では、日程及び、開始スケジュールなど、こちらでまた決まり次第、送らせていただきます」
『はい!』
「これからよろしくお願いいたします」
『はい! よろしくお願いたします!』
「はい、では失礼いたします」
通話を切り、高橋先輩が——白龍さんに振り返った。
「どうですか?」
「少し痩せさせるくらいでいいです」
「了解です」
「いや、面白いと思います」
白龍さんが笑顔で頷く。
「マスコットになりそう」
「でもさ、この子声が少し強いから、かっこいい歌もできそう」
「ラップ系聞きたいな。アタック強いからいけそう」
「なんか愛嬌あるし、好かれそうだよね」
「佐藤さんはどうですか?」
「今後の動きによって決めたいですね」
「ですね。よし、ふじっち、これを持って企画会議だ」
「はい」
「面白くなってきたなぁ。……では、みなさんはこれで解散です。ありがとうございました」
扉を開け、メンバーには帰ってもらう。ケーブルを片付けていると、ゆかりさんが近づいてきた。
「ふじっち」
「ふふっ、会社ですよ」
「ねぇ、この後ご飯食べに行くんですけど、ふじっちも行きませんか?」
「企画会議があるので」
「ふじっち、編集者ですよね? 企画会議も参加するんですか?」
「方針を分かった上で編集しろって、高橋先輩がうるさいので」
「えー、じゃあまた今度! ……あ、日曜空いてる? 遊びに行かない?」
「ゆかりん」
白龍さんがゆかりさんの肩を鷲掴んだ。
「藤原さん、忙しいから」
「はいはい」
「……え?」
「……なんでそんなに藤原さんと仲良くなってるの……?」
ミツカさんとエメさんが羨ましげにゆかりさんを見つめている。それを、ゆかりさんが誇らしげに鼻を鳴らした。
「前の一件で、すごい仲良くなった! うちら、マブダチだから!」
「えー! いいなー!」
「藤原さん! ご飯食べに行きましょうよ!」
「同じ女同士! 色々話聞きたいです!」
(皆様、会議が終わった後、誰があなた方の動画編集をしてやってると思っているんですか?)
「こらこら、藤原さん困ってるから」
白龍さんがあたしの前に立ち、みんなを廊下に出した。
「ではお先に失礼します。お疲れ様です!」
「「お疲れ様ですー!」」
(はぁ、この後会議かぁ。つかれ……)
——高橋先輩から、嫉妬の視線を向けられていた。
「なんですか」
「お前はいいよな。女だから」
「なんですか、もう」
「俺が飲みに行こうとか言ったらさ、セクハラになるんだぞ。それをさ、お前、あんな可愛い子たちにさ、一緒にご飯行こうとか誘われてさ」
「先輩、奥さんとお子さんいらっしゃるじゃないですか」
「お前、知ってるか? 娘の成長ってな、早いぞ〜?」
「はぁ」
「この間まで、パパちゅーしてって言うから、ちゅーって、やってたんだよ。昨日もさ、はいはい、パパからのちゅーですよ。ちゅーってやったの。そしたら」
高橋先輩が、ねちっこくほっぺたからキスを拭き取るジェスチャーをした。
「俺の気持ちわかる?」
「おっパブなんか行ってるからですよ」
「娘の面倒はちゃんと見てるよ」
「どうするんですか。娘さんが将来おっパブで働いたりしたら」
「どあーーーーーーーー」
高橋先輩が頭を抱えた。
「やめて、それ、まじで考えたくない……」
「あたし、ちゃんと勉強してちゃんと就職する道をお勧めします」
「それな」
「動画編集者はダメですよ」
「カメラマンも良くないな」
「残業多いし」
「パワハラ当たり前だし」
「人手も増やしてくれないし」
「……」
「今夜ご飯行きません?」
「お前と?」
「陽子先輩とアイミちゃんも呼んで」
「あー……久しぶりに行くかぁ……」
高橋先輩とあたしがケーブルを紐で結んだ。




