第41話
西川先輩が瞬きした。
ゆかりさんが満足そうな笑顔を浮かべた。
あたしは絶対に顔を上げないようにした。
「……何これ?」
「水着エプロン、メイドさんごっこ!」
ゆかりさんが頭を指差した。
「ほら! フリルカチューシャ!」
「あー」
「可愛くない!?」
「可愛いけどさ、風邪ひくよ?」
「なんで!? いいじゃん! 今日あったかいじゃん!」
「配信でやんなよ。それ」
西川先輩があたしの腰をそっと掴んだ。
「そこはね、大丈夫! 藤原さんと高橋さんからも許可もらってるから!」
「閲覧数増えそうだねぇ」
「これでレースゲームやろうと思ってる!」
「あー、それは面白そう」
西川先輩の手が、あたしの腰を撫でた。
「今日のボイトレどうだった?」
「そう、なんかさ、私結構高い音出るようになったかも」
「まじ? 良かったじゃん!」
「ちょっと後でハモリやろ」
「あ、いいね! やりたい!」
西川先輩があたしをキッチンに立たせた。うん?
「メイドさん、素麺作って?」
(え、あたしが料理するの?)
「ゆかりんも食べる?」
「食べる!!!」
(まぁ、茹でるだけだし……)
お鍋に水を溜めて、火をつける。
「……」
背後から、西川先輩の視線を感じる。主に——エプロンの隙間から見える胸あたりに。
「……」
なんとなく、エプロンを手で押さえて隙間をなくすと、今度は脇辺りに視線を感じた。今度は下がって腰に行き、お尻に下り、太ももに下り、なんとなく、いや、なんとなくじゃない気がするけど、すごい痛い視線を、背後から——西川先輩から、感じる!!
「……ねぇー、ゆかりん」
「んー?」
「出かける用事ないの?」
ひい! 背中を指でなぞられた! ぞくぞくするぅ!!
「あはは。今から素麺食べるのに、出かける用事とかあるわけないじゃん」
西川先輩が唇を舐め、視線がゆかりさんに移った。
「ゆかりん、コンビニ行かない? あ、プリン買ってくれば?」
「さっきたいやき食べたから大丈夫!」
「たいやき?」
「うん! 藤原さんと食べたの!」
「そっかー。仲良しなんだねー」
あたしは大人しく鍋の水がお湯になるのを待つ。
「ゆかりん、せっかくだからさ、ちょっと部屋で写真撮ってくれば?」
「さっきいっぱい撮ったから大丈夫!」
「オッケ! それならさ、じゃあさ、私、ちょっと藤原さんに用事あるから、お湯見ててよ」
「用事ってなーに?」
「用事は用事だよ」
「用事ってなーに?」
「だから……」
西川先輩の青筋が笑顔のまま浮き出た。
「ちょっとでいいの。10分くらい!」
「素麺早く食べたいなぁー」
「あ、ゆかりん、めっちゃ水着かわいい。エプロンもフリル付きで、ね、どこで手に入れたの。これ」
「Ama_zon!」
「いやぁ、本当に可愛い。うん、ゆかりん、これはさ、やっぱみんなに見せるべきだよね。素麺できるまでさ、少しだけ配信つけておいで」
「素麺楽しみだね! ふじっち!」
「あ!?!?!?」
西川先輩がキッチンカウンターを叩いた。
「ふじっちって何!!!」
「カウンター叩かないでください」
「あ、ごめんね。ツゥ。怒らないで。ちゅ」
「二人の時はそう呼ぶようにしたんだもんねー」
「ゆかりん、スタッフさんに馴れ馴れしくするのは、どうかと思うよ」
「さっきからそのスタッフさんにセクハラしまくってる白龍に言われたくない」
「はぁー? セクハラなんかしてな……」
西川先輩がとあることに気づき、はっとして、それをガン見した。
「紐パンだ!?!?!?」
「そうそう。紐パン」
「紐シュルってしたら、丸見えになるやつ!!」
「そうそう。紐シュルってやったら、丸見えになるやつ」
素麺の茹で時間を確認していると、あたしのお腹に西川先輩の腕が絡まれた。
「ゆかりん! お願い! 今だけ席外して!!」
「えー、やだー」
「いや、まじで頼むって!」
「やーなこったー」
「先輩、素麺入れますよ」
「ツゥ、こんなの生殺しだって!」
ゆかりさんがいてくれたお陰で、無事に素麺が完成し、美味しく食べられた。
「冷たくて美味しいー!」
「……」
(……視線を感じる……)
素麺をすすり、飲み込む。
「…………………」
(やっぱり……視線を感じる……)
食器を洗う。
「ゆかりん、いつまでリビングにいるの?」
「えー、いつまでかなぁー?」
リビングでレースゲームを始める。
「このレースに勝ったら部屋に行ってあげるよ!」
「どりゃーーー!!」
「ノコノコくらえ!!」
「うわぁーーー! やめろやてめぇーーー!!」
――ゆかりさんが眠った。風邪を引かないように、ブランケットをかける。
(泣き疲れたのかな)
「ゆかりん寝ちゃった?」
「疲れたんだと思います」
「そっか、そっか」
(……16時……。そろそろ着替えるか)
ゆかりさんから手を離す。
「西川先輩、あたしちょっと着替えてき……」
西川先輩があたしを引っ張った。
(むふぉ!?)
寝室に連れて行かれ、壁に手をつけさせられる。
「ちょ、ちょ……!!」
「はぁーー……たまんない……」
背後から抱きしめられ、太ももを撫でられた。
「やっと触れる……♡」
「西川先輩! あの! もう着替えるんですけど!!」
「それなら、着替えの手伝いしてあげる……♡」
「い、いぃ、いらないです……ひゃっ!」
西川先輩に撫でられ、拳を握る。
「どこ触ってんですかーーー!!」
「はぁ……はぁ……やっべ……これ……ゆかりんには何も感じなかったのに、月子にはまじでエロさしか感じない」
「セクハラです!」
「セクハラっぽく触って欲しいの? いいよ……。してあげる……♡」
「や、やめ……ちょ……」
さわーーーー。
「……っ……くすぐったい……」
「月子」
「なんですか、もう、着替えますから……」
「ゆかりんを守ってくれてありがとう」
……西川先輩と目が合った。
「かっこよかった」
「……そう、ですか」
「なんかね、ふふっ、惚れ直した」
「……そーですか……」
「ツゥ、ずるいよ。安定してきたかなぁって思ってきたら、違う一面見せてくるし」
「……それは、西川先輩も……」
「私?」
「メンバーのこと、ちゃんと考えて行動してるし……キレたら、怖いところもある、とか」
「……」
「でも」
これはちゃんと伝えよう。
「そういうところも、好き、です」
「……」
「え、あ、え? せんぱ……」
押し倒される。顔が近い。
(わ、き、キスされ……)
「もう一回」
「……え?」
「もう一回、言って」
「……え、えっと」
「好きって、このまま言って」
……。あたしは言った。
「好きです」
「っ!!!!!!!!」
西川先輩があたしをぎゅっ!! と抱きしめて、エプロンに顔を押し付けた。
「……もう一回」
「……好きです」
「っっっ!!!!!!!!」
西川先輩があたしを吸い出した。おーー。
「西川せんぱ……んっ」
「リンちゃんでしょー?」
唇を塞がられる。
「リンちゃん、って呼んでごらん?」
「……リンちゃん」
「ぐふっ♡ ……月子♡」
「っ」
リンちゃんの手が、あたしの体をなでる。
「ちょっと……」
「はぁ……やべ……水着エプロン、やべぇ……」
「ん……」
「これさ、水着脱がせたら裸エプロンだよね」
「っ」
「はぁーーーー……」
リンちゃんの目が、据わっていた。
「ヤるかぁ……♡」
「あ、き、着替える! 着替えるので!」
ベッドから逃げ出そうとすると、捕まえられる。
「リンちゃん! わかった! 好きって言います! 何回でも言いますから!」
「好きなら裸エプロンもいいよね! ずっとしたかったもんね! 裸エプロン!」
「目が! 目が冷静じゃないから!」
「はぁ……エプロン……月子の裸エプロン……はぁ……はぁ……♡」
「怖い怖い怖い怖い!! リンちゃん、ね、深呼吸! 一旦落ち着いて!」
「あーーこれ破壊力まじエグい」
「や、ちょ、……ひゃっ!」
「大丈夫だよ……。優しくするからね……」
「それ言う時のリンちゃんは……あまり信用できないです……」
「そんなことないよー。やだなぁー。ツゥってばぁー♡」
唇を重ね合わせ、リンちゃんの手が、外に出してる肌という肌をなぞるように撫でていく。
「……これ、くすぐったい……」
「くすぐったいの? ふふっ、そっか」
体が敏感になっていく。
「……っ……」
「月子、これ気持ちいい?」
「……っ、……恥ずかしい……です……」
「なんで恥ずかしいの? 私しか見てないのに」
(あなただから恥ずかしいんですよ。くたばれ)
「月子……」
「ん……」
「はぁ……月子……」
時間をかければかけるほど、止められなくなる。
「んっ……ふぅ……!」
「へへっ、月子……」
「や、紐、あっ」
解かれた。
「みえ、ちゃう」
「エプロンあるから大丈夫でしょ?」
「ちょっと、あっ、ちょ」
「あーーー! これたまんねーー!!」
恥ずかしいポーズをさせられる。
(恥ずかしい……!)
「ツゥ、はぁ、すごい、これ、スー、あー、やばい。はぁ、エッロ……」
(……リンちゃんが、暴走してる……)
「ほら、月子、こっちおいで……」
(絶対行ったら駄目なやつ……)
背後から抱きしめられる形にするため、リンちゃんの前に座らされ――好き放題される。
「はぁ……はぁ……月子……」
(胸、そんな風に触らないで……!)
「月子ちゃん、ぐふふ、エプロンの隙間からね、硬くなってるの見えるよ♡」
「……今の、セクハラおじさんみたいです……」
「はぁ、月子、やばい。超楽しい」
「でしょうね」
「月子は楽しくない?」
……。いや、
「……そういう……わけでは……ない、で……」
「ちゅ♡」
「んっ」
「ツゥ♡」
「ん……んっ……」
「ここも触ろうね」
「えっ、や、そこは……!」
「素直な月子は大好きだよ」
「やっ、ん、んん……!?」
「素直じゃない月子も可愛いよ。どうやって虐めてやろうかって、考えるのも楽しいから」
「あっ、やら、そこ……!」
「月子、これ好き?」
「ぁっ、ん、……んーーーー!」
「あっ」
――くたりと、リンちゃんに脱力した体を預けた。荒い呼吸を繰り返すと、リンちゃんが頬に唇を寄せてくる。
「愛してるよ。月子」
「ふぇ……はっ……うぅ……あたし……も……」
「ん?」
「愛して……ます……」
「…………………………今度はお尻向けてみよっか……♡」
「あ、やら、これ、やだ……!」
「大丈夫。優しくするから……♡」
「恥ずかし……っ……あっ……」
「はぁ……可愛いねぇ……月子……♡」
「ふぅ……ひぃ……♡」
「ね、月子、一緒に気持ちよくなろうね……♡」
(リンちゃん、なんか急に変なスイッチが入った気が……!)
「月子、ここは?」
「あっ!」
「ここは?」
「うひっ……!」
「あ、ここ良いんだ」
「あっ、あっ! ちょ、あっ! あっっ!!」
「はぁーー……月子……たまんねぇ……♡」
ベッドから解放されたのは、そこから6時間後のことであった。
『歌のリクエストありがとうございましたー!』
歌うまっ!
梅、リコネの公開収録行った?
『それさぁー……梅ね、まじで告知来た瞬間に応募したの。いや、あのさ、400人ってさ、わかってるのかな。運営。リコネってさ、すごいじゃん。何万人が応援してると思ってんの。まじで。当たるわけないじゃん。そんな確率』
>俺も外れた
>撮影会あったからDM送っとく
『えっ! そんなのあったの!? 今見ていい? えーと、DM……』
……サクラ梅の息が止まった。
『え、待って? ちょ、ちょっと待って……』
>どこでやったの?
>下北沢の劇場
>いいなー。私も見たかった
『ちょっと待って!!??』
サクラ梅が、叫んだ。
『リコネの運営から、メッセージ来てるんだけど!!!!!!!』
「あ……気づいた」
配信を見ていた黒糖ミツカが、闇に包まれた部屋の中で、瞬きをした。




