第38話
西川先輩がアーカイブを確認する。
ゆかりさんが真っ青な顔で体を震わせ、あたしはお茶を出した。
「熱いので少し冷ましてから」
「ありがとうございます……」
「ツゥ、明日って、撮影日だったよね?」
「はい」
6月30日、ゆかりん襲撃。
スパチャは辞退され、アカウントを特定したくとも、削除されていた。
「会社に来るってことですか?」
「はっ! 来れるもんなら来てみろって」
「佐藤さんには連絡したら、警察にすぐに連絡してくれるって」
「高橋先輩にも念の為伝えてます。……これ、うちの会社の人が犯人だったりしますかね……?」
「……」
「ゆかりさん、一回深呼吸しましょうか」
「……私……」
ゆかりさんが呟いた。
「本当に……悪いことなんか……してない……」
「……」
「何もしてない。こんなに……人に恨まれるようなこと……してないのに……」
あたしはゆかりさんを抱きしめて、彼女の気持ちを落ち着かせようと背中を撫でた。西川先輩が少し考え――ゆかりさんを見た。
「いい加減、これ終わらせないとしんどいよね」
「……」
「んー……」
高橋先輩から着信が鳴った。
「すいません、ちょっと」
あたしは廊下に出て、応答ボタンを押す。
「はい、藤原です」
『ふじっち、今からグループ作るから』
「はい?」
見ると、チャットアプリに佐藤さん、白龍月子、紫ゆかり、高橋先輩、あたしが追加されていた。
『お疲れ様ですー』
『お疲れ様です』
『お疲れ様です……』
『ゆかりさん、今白龍さんの家にいらっしゃるという認識でお間違いですか?』
『はい、そうです……』
『今隣にいます』
『えーっとですね、すみません、ちょっと今回のゆかりさんの件で情報共有がありまして、藤原も念の為、入れてます』
(すぐ側にいるんだよなぁ)
あたしは念の為ミュートして、西川先輩の寝室に入った。
『うちの社長の知り合いにハッカーがいまして、その方にこれまでの手がかりやデータを送ったところ、特定しました』
『えっ!』
『誰ですか?』
『いえ、それで今、警察にも連絡はしているのですが、現行犯でないと捕まえられないとのことなんですね』
『じゃあこのままゆかりんを放置して、犯人が襲ってくるのを待てってことですか?』
『これは社長の提案です』
高橋先輩が強めに言った。
「白龍さん、6月30日、公開収録をするのはどうでしょう」
『……あえて外でってことですか?』
「襲撃の連絡がある以上、ゆかりさんの行動範囲がわかっているんだと思います。そこで、公の場であえて出ていき』
『近づいたところで』
『近づくこともさせません。姿を見せた瞬間に捕らえてもらいます。……ゆかりさん』
高橋先輩がゆかりさんに聞く。
『僕たちが絶対に守ります。この案でどうでしょう』
『……やります』
『白龍さん』
『ゆかりんがいいなら、メンバーに伝えます』
『ふじっち、今からスタジオのデータ送るからすぐに告知出せ。10分以内』
『承知いたしました!』
あたしは寝室に置いてあったノートパソコンを取り出し、ベッドに置いて作業を始める。
『企画台本はこの間提出したものになりますが、公開収録なので少し変更が出ます。藤原、告知が終わったらすぐにこっちの企画ミーティング入れ』
『わかりました!』
高橋先輩から送られたデータを元に5分で告知文章を作り、高橋先輩に確認のチャットを送ると、すぐにOKマークのスタンプが押され、SNSの公式アカウント全てにこの告知を載せる。
『警備体制は厳重に整えます。怖いと思いますが、会社が絶対にあなたを守ります。強い心と、ファンに見せる笑顔を持って、今回の収録に臨んでください』
『わかりました!』
『白龍さん、ご協力に感謝します』
『……こちらこそ、ありがとうございます』
『高橋先輩、告知完了しました』
『緊急で企画会議をしますので、一旦切ります。わかり次第、すぐに台本の共有をしますので、よろしくお願いします』
『わかりました』
『はい!』
『では失礼いたします』
ミーティングが終わった。しかし、あたしはイヤフォンをし、パソコンから緊急会議のグループに入った。
『お疲れ様ですー』
『許可は?』
『取れました! 公開収録です!』
ドアが静かに開かれた。横目で見ると、西川先輩とゆかりさんが覗いていて、入っていいかと動作をしたので、あたしはイヤフォンを取り、スピーカーのボタンをオンにした。
『よし、では公開収録でいけそうな企画を一旦整理しましょうか』
「今データ送りました!」
『サンキュー。ふじっち!』
『あー、クイズ系か』
『コントはいけると思います』
『公開収録ならではの企画、一本追加したいな』
『それなら……』
ゆかりさんがスマホ画面をあたしに見せてきた。『面談の時に言ってた企画、どうですか?』
「あの、前に歌の企画ありましたよね? 没になったやつ。あれ、ゆかりさんが面談の時に、別の形で出来ないかと相談されてまして、今回であれば……やってみてもいいんじゃないでしょうか?」
『あー!』
「Vtuberさんではなく、あくまで歌い手グループですし、ファンの方も歌が聞きたい方が多いと思いますので」
『やっぱそうだな』
『歌企画でいきましょう!』
無言でゆかりさんとあたしが握手をした。
『現場に行くメンバーも考えないとですね』
『ふじっち、念の為防犯アラーム渡しておくから』
「これ、警察も来るんですよね?」
『警察しかこねぇよ。ここまで嫌がらせが続いてたら、もう流石にゆかりさんが可哀想だし、今後の活動にも支障をきたす』
「もし、犯人が人の目を気にしないタイプで、大勢の方々の前で犯罪を犯そうとしたら、その時はどうします? ネット記事になって、炎上の可能性もありますが」
『上等だろ。そんなの。たとえそうなったって、悪いのは向こうだ。こっちには一切の非がないし、話題になったらよりRe:connectの名前も認知されやすくなるし、ゆかりさんの名前も広がる。犯人が動いてくれた方が、こっちにはメリットがある。ふじっち』
高橋先輩が念を押した。
『俺が目を離してる時はお前がゆかりさんを見てろ。いいか。絶対何があってもタレントだけは守れよ。それがスタッフの仕事だからな』
「……あたし、動画編集者なんですけど」
『うるせぇな! 運営の一人として責任持てよ!』
ゆかりさんと白龍さんが体を震わせ、笑いをこらえた。
『とにかく、スケジュールは今日中に送っておくから、収録日までは切り抜き動画を投稿する感じで頼むわ』
「承知です」
『では変更点が……』
『あ、もう一つ確認事項が……』
あたしはメモを取りながら、会議の内容を頭に入れていく。白龍さんとゆかりさんがこっそり、あたしの背後に移動した。
「ねぇ、白龍」
「ん?」
「今さ、深夜の3時」
「うん」
「どうかしてるね」
「朝やればいいのにね」
「ここの会社、入ってよかった」
「……ね」
「それとさ」
「ん」
「藤原さん、良い人だね」
「……最高の女でしょ?」
公開収録緊急決定。入場料付きで下北沢の劇場でやることを発表した途端、多くのファンが反応を示した。掲示板にも様々なことが書き込みされており、——犯人だと思われるIPアドレスからの書き込みもされていた。
>6月30日、予定通り襲撃しますwww
>下北沢の公開収録が面白いことになると思いますwww
>みんな、今のうちにゆかりんを可愛がってあげてねwww
高橋先輩が会場を見せるため、あたしを連れてきた。それを見て、あたしは頷いた。
「これなら大丈夫ですね」
「カメラマンは俺で、アシスタントと編集はお前だ」
「いつものメンバーですね」
「警察も大量にいる。……なんとかなることを祈ろう」
突然、硫酸等がかけられても大丈夫なように、ステージと客席の間に、薄い透明のカバーがかけられていた。
そして、当日を迎える。
アンチファン襲撃日、および、公開収録が始まる。




