第35話
ゆかりさんの家にあるお茶を、勝手に白龍さんが出した。
「はい、藤原さん」
「あ、ありがとう……ございます……?」
「ゆかりん、飲んで」
「ありがとぉー……」
鼻水をすすりながら、ゆかりさんがお茶を飲んだ。
「落ち着くー……」
(そうか、これが通常なのか……)
「佐藤さんは?」
「とりあえず、白龍と藤原さんが来てくれたことは連絡した……」
「今回は何されたの」
「なんか急にドア叩かれて。ノブガチャガチャされて」
「監視カメラは?」
「映ってたけど、仮面してて、バール持ってて」
「バール!?」
思わず、声が出た。
「まさか、ドアが凹んでたのって!」
「そうなんですよ! 藤原さん! バールを、ドアに、ガーンってやってきて!」
(それは怖い)
「急いで警察呼んだんですけど、警察ってくるのに10分くらいかかるので、5分くらいしたら犯人逃げ始めて」
「それまでずっと叩かれてたんですか?」
「はい……」
「白龍さんから以前からこういうことをされてると聞いてるのですが、バールは今回が初めてですか?」
「バールは初めてです……。ハンマーはあったけど……」
「ハンマー……」
「とにかくさ」
白龍さんがお茶を飲んだ。
「被害届は出そうね」
「あ、それは警察の人と話したよ。明日警察署行ってくるし、弁護士さんとも話してくる」
「で、次いつ来るかわからないから、とりあえず……どうする? また引っ越す?」
「でもさ、ここ気に入ってたんだよ? 玄関も関係者じゃないと入れないはずなのに、なんで入ってこれたんだろ……」
「住んでる人が開けた時に入ったんじゃない?」
「そこまでやる?」
「ストーカーだもん」
「なんだろう……。私、人に恨みを買うようなことしたことないんだけど……。スパチャもさ、無理しないでっていつも言ってるし、社畜の頃も仕事押し付けられても文句言わずにやってたし……」
「アンチって、活動してたら沸いてくるものだから」
「なんかさぁ? プライベートすっごい覗こうとしてくる奴らいるじゃん? あれどうにかならないかなぁ。殺害予告とかは通報すれば良いけど、プライベート暴こうとする人たちは止められないからさ、毎日不安になっちゃうよ」
(運営部への共有事項だな。会議しないと)
「白龍、私どうしたらいいかな? ホテルだとさ、あまり声出せないじゃん?」
「……」
白龍さんが考える。警察には連絡した。佐藤さんにも連絡した。きっと明日はあたしが運営部に報告し、ゆかりさんについて会議になる。
「……ゆかりんはさ、この家住んでたい?」
「……住んでたいけど……こうなったらもう住めないでしょ……」
「犯人が捕まったら、住んでたい?」
「それはもう住んでたい。ここすごく良い場所だもん。引っ越すにしても、階を変えるくらいかな」
「……でもしばらくは怖いよね」
「うん」
「前はミツカに泊めてもらってたっけ?」
「最初は白龍、次がミッちゃん、その後がエメち」
「あれ、スイは?」
「泊まるわけないじゃん。スイの家なんかに行ったら、絶対厄介ごと起きるもん」
「んー」
白龍さんのスマートフォンに通知がきた。LINEを開く。あたしからのメッセージが届いてるはずだ。
>あたし、しばらくネカフェで寝泊まりするので、家に入れてあげてください。
白龍さんが複雑そうな顔をすると、ゆかりさんがうなだれた。
「なんかさー……みんなの家に泊まるのもいいよ? だけど、今度はそこで襲撃があったらって思ったら、私、もう流石に申し訳なくて……」
「悪いのはゆかりんじゃないからね」
「なんで捕まらないんだろ……。二年前から通報してるのに……」
「しばらく、撮影の時は佐藤さんに迎えにきてもらったら?」
「佐藤さん寝る暇なくなっちゃうよ?」
「私が行こうか?」
「白龍が襲撃されたらどうするの?」
「やっぱ引っ越すか」
「そうなるよねぇ……」
「……とりあえず」
あたしが二人を見た。
「今夜は、白龍さんの家に行ったらどうですかね?」
「あ、いや」
「流石に、今夜この部屋にいるのは怖いでしょうし、配信も、白龍さんの家だったらできますよね?」
「えっと」
「藤原さん、あのですね……」
ゆかりさんが言いづらそうに——しかし、決心をしたように言った。
「ご存知かわからないんですけど……あの、実は、今、白龍って……彼女さんと住んでるんですよ……」
「……あー……」
「そうなんですよ。だから……私が行ったら迷惑になっちゃうから……」
「……あの、少々お待ちを……」
白龍にLINEの通知がなった。開く。あたしからのメッセージが送られているはずだ。
>ピリィちゃんは今、白龍さんと喧嘩してて家出中です。泊めてあげてください。
「……ゆかりんさ」
「ん?」
「口固いよね?」
「何」
「いや、だから」
白龍さんが——あたしに指を差した。……ん?
ゆかりさんとあたしが同じ表情をした。
それを見て、白龍さんがもう一度、指をあたしに向けた。
「ゆかりん」
「ん?」
「ピリィちゃん」
「……」
あたしとゆかりさんの目が合い——あたしの視線が、白龍さんに戻った。ゆかりさんがあたしを見つめ続けた。同時に、あたしとゆかりさんの口が開いた。
「「え?」」
「いや、ツゥ、無理だって。これはこうするしかないって」
「いや……いやいや、白龍さん、冗談がお上手で! いや、ゆかりさん! 少し白龍さんが酔っ払ってるみたいで……!」
「うちにさ、写真貼ってあるの見たことあるじゃん。あれもう一回見たら高校時代の藤原さんだってわかるよ」
「いや……ですから……」
「やだ。ツゥをネカフェなんかに泊まらせたくないし、ゆかりんのことも放っておきたくない」
「……いや……あの……もう……、……はい……」
「……え、本当に?」
ゆかりさんが聞くと、——西川先輩が頷いた。
「紹介するよ。ゆかりん。ずっと連絡を返してくれなかった、最近再会した彼女の、藤原月子さん」
「……え、……月……え、あ、え!? そういうこと!?」
西川先輩と——観念したあたしが頷いた。
「藤原さんの名前だったの!? 月子って!」
「そう。気づいてくれるかなと思って、この名前にしたんだよ。結局連絡よこさなかったけど」
「え、藤原さん、え、本当に? え、本当に藤原さんなんですか!?」
あたしは——せめてもの抵抗に、視線を下に落とした。
「……高校の時に……なりゆきで付き合ってしまって……」
「なりゆきは違くね?」
「いえ、あれはなりゆきでした。せんぱ……白龍さんがすごい面倒見が良い方で、後輩のあたしを可愛いがってくださっていたので、おそらくそれの延長線上みたいな……」
「いや、それはない!」
「ペットを愛でるのと同じです」
「ちげーって! 本当に好きだったの!」
「あたし告白の言葉覚えてますよ」
「私だって覚えてるし!」
「えっ、なんだったんですか!?」
「なんか……その、付き合う前の日くらいに……キスをするとレモンの味がするんじゃないかってことをすごい気にされてて……」
「はぁーーーー!?」
「ちがっ……ちょっとツゥ! それ違うって!」
「で、本当にすごい気にされていて、その日顔がすごい曇っていたので、ちょっと……そんなに気になるならってことで、したんですよ。キスを」
「はぁはぁ」
「え、待って?」
西川先輩が青い顔をした。
「あれ、そういう意味だったの……?」
「で、なんかその後に、なんか、キスもできたし、ちょっと変だけど、もう、このテンションで、付き合っちゃう〜? みたいな」
「えー、なんか軽っ……」
「そうなんですよ。だから、もう、そんな感じのノリで、若者のノリみたいな感じで、付き合ったみたいな」
「えーーーー!!」
「いやいやいやいや!!!!」
西川先輩が全力で否定してきた後、一旦ゆかりさんを見た。
「ゆかりん、ちょっとごめん。……月子! お前さ!」
「なんですか!」
「私、あれ真剣に告白してたんだって!」
「いや、それは先輩の記憶違いです。だって、すっごい軽かったですもん!」
「いや、そう言わないとキモいじゃん! だって! 真剣に「月子のこと好きだから付き合って」って言ったら、お前OKしたのかよ!」
「知りませんよ! 少なくともあのノリよりはもっと真剣にOKしたんじゃないですか!?」
「いいや! 絶対OKしてないよ! 女同士で変だからとか言って、絶対OKしてないし、次の日には私を変態として扱ってたよ!」
「扱いませんよ! 尊敬してた先輩だったんだから!」
「いいや! 扱ってた! 絶対私のこと嫌いになってたよ! あのノリだったから、今があるんだからな!!」
「言っておきますけど! あたしは絶対に先輩のことを嫌いになることはありませんでした! 今だから話せますけど、あの時は若干、あたしもおかしかったんです! ちょっと先輩に依存していたところもあった気がします! だから嫌いになることは絶対なかったんです!」
「……あーでも、わかるかも」
ゆかりさんがあたしに相槌を打った。
「ありますよね。友達とか先輩に依存しちゃうこと」
「そうなんですよ。特にせんぱ……白龍さんの場合って、面倒見が本当によかったので、すぐ勉強付き合ってってお願いしたら、すぐに駆けつけてくださったりしてくれたので」
「え〜、何ですかそれ、超イケメン」
「はい。あの時はイケメンでした。尊敬してましたから」
「いや……」
「え、ちなみに、藤原さん、連絡しなかったのって、自然消滅狙ってたんですか?」
「だか……」
「あの、あたし人の目がすごい気になっちゃうタイプなので……」
「あー」
「人に言えないじゃないですか。やっぱり、その、女性と付き合ってるって」
「藤原さんは女性が好きなんですか?」
「どうなんでしょう? んー、でも、好きになったのが本当に……白龍さんだっただけなので、バイになるんですかね……?」
「あ、大丈夫ですよ。私、友達にも多いので」
「あ、そうなんですか?」
「はい、オカマもゲイもレズビアンも普通にいますよ。だから、別に偏見とかはないです」
「あー」
「だから、別に、はい、大丈夫です。友達の秘密ごとも、墓まで持っていこうと思っている人間なので」
「友達に言われたんですよね……。その、同性愛が気持ち悪いみたいな……?」
「えっ」
「え、言ったんですか?」
「いえ、その当時BL本をよく読んでて、それで……」
「あー」
「で、ちょうどその人の目を気にし始めたタイミングで、先輩が卒業されて……スマホが水没して」
「えっ!」
「水没したんです。大雨の日に。で、LINEのデータとかも全部消えちゃって」
「あー……」
「はい、で、まぁ、もう、いいや、みたいな」
「いや」
——すごい不機嫌な顔をした西川先輩が、あたしを睨んでいた。
「もういいや、じゃねぇだろ……」
「なんか、怖かったなって。洗脳から目が覚めた感じになって」
「ほら、白龍。言った通りじゃん。やっぱさ、あんたちょっとストーカー気質なんだよ」
「……違うし……」
「彼女のこと支配したいとか、全部が知りたいとか」
「ねぇ、藤原さん、あれキモいって思わないんですか?」
「いや、普通に気持ち悪いです」
「えーーーーー! ですよねーーーー!」
「あのさっっっ!!!!!」
とうとう西川先輩が、真っ赤な顔であたしとゆかりさんに怒鳴った。
「キモくないから!!! 愛だから!!!!!!」
「え、なんでより戻したんですか?」
「ゆかりん!!!!?????」
「だってこのまま別に、ただの元先輩元後輩でもよかったわけですよね?」
「あー……それはですね……」
改めて考えてみたら、そうだな。
「……なんというか……」
言語化するとするならば、これかな。
「やっぱり好きだったんでしょうね。あはは」
——白龍さんが、大人しくなった。
「放っておけなかったんだと思います。一応、好きで付き合っていたので」
「……えー、なんか素敵」
「いえいえ、全然。同性愛なんて、やっぱりおかしいですよ」
「まぁ、でも、もう時代が違いますからね。私は全然良いと思いますよ?」
「や、もう、……すみません。ありがとうございます」
「握手会で白龍が怪我した時もいましたよね?」
「はい、隣のテントに」
「うわ、心配しませんでしたか?」
「そりゃ心配でしたけど、カメラ構えたら、離せませんから」
「……すごい、プロだ」
「ゆかりさんもプロですよ。社会人やってたって思えないぐらい、お話も上手で、ゲーム実況のリアクションとかもとても豊かで」
「えー、嬉しいー! もっと褒めてくださいー!」
「……とりあえずさ」
ゆかりさんとあたしが西川先輩を見た。
「今、タクシー呼んだから」
「あ、荷物まとめてくる」
「うん。機材は貸せるから、とりあえず持っていけるもんまとめてさ」
「うん、わかった。……ありがとう白龍。藤原さんも」
「ん。……家で今後のこと考えよ」
「うん」
ゆかりさんが荷物をまとめに部屋に駆けていった。あたしはお茶を飲み干した。さて、ゆかりさんが戻ってくる前に、コップだけでも洗っておこうかな。
「先輩、コップ洗って良いですか?」
手首を掴まれた。そして、ゆっくりと引き寄せられる。
「……なんですか?」
「……なりゆきで告白してないよ。私」
「はい、そうでしょうね」
「……」
「……先輩、人の家ですよ」
「……」
「……あの」
そっと、耳打ちする。
「今夜、先輩の部屋で寝るので、勘弁してもらえませんか?」
「……ちょっとツゥに話があるんだけど」
「あたしはありません」
「あるんだけど」
「……じゃあ、帰ってから、少しだけ」
「ん」
「……コップ洗ってきますね」
あたしがコップを持って行くと、ゆかりさんの手伝いをするために、西川先輩も立ち上がった。
高校時代はカクヨム、アルファポリス(R18)にて公開してます。最終話が終わり次第、なろうにもアップ予定です(*'ω'*)




