第34話
Re:connectの面談も終わり、話を企画班に共有し、いくつか撮影する企画会議を終えてから、退社する。すると、LINEが飛んでいた。
>22時にここ集合!
(言われたから来たけど……)
お店の名前を確認し、看板を見る。
(ここだよな……)
地下にあるらしく、あたしは階段を降り、扉を開けた。お洒落なダイニングバーが広がり、カウンターにいたマスターがあたしを見て、ダンディな笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ」
「……あの、待ち合わせ……なんですけど……多分……西川……」
「あぁ」
カウンターからマスターが出てきて、あたしを奥の個室に案内した。扉を開くと、西川先輩がスマートフォンを弄りながら、振り返った。
「お疲れ」
「ご注文お伺いしましょうか?」
「ディナーセット二人分と、赤ワイン。ツゥ、白ワイン飲める?」
「……お水も」
「お水も追加で」
「かしこまりました」
扉が閉まり、またこれもお洒落な個室のソファーに腰をかける。向かいに座る西川先輩がにこにこしている。
「ここ、すごい美味しいんだよ」
「初めて来ました」
「コラボ相手と食事する時に使ったりしてるんだ」
(けっ、金持ちが)
「お待たせいたしました」
先にお通しとお酒が届く。居酒屋みたいだな。
(……あ、お通し美味しい……)
「美味しくない?」
「美味しいです」
「ご飯も美味しくてさ」
(野菜の味が……ちゃんとする……)
「お待たせいたしました」
サラダとスープ、パスタとピザが置かれる。ほう。イタリアンだ。ダンディな店員が扉を閉めてから、話し出す。
「ここイタリアンですか?」
「そそ」
「……パスタうま……」
「そうでしょ。ツゥ、私のも食べてみな」
「え、じゃあ……一口いただきます」
「ピザも食べて」
「あ、はい、いただきます……」
「サラダどうぞ」
「あ、すみません」
「スープ飲んで」
「……あの」
西川先輩を睨む。
「子供じゃないです」
「いいから食べてごらん?」
パスタを食べる。やっぱり美味しい。ピザを頬張る。あー、チーズが伸びるー! 野菜でカロリーゼロ。スープは口直しにちょうどいい。白ワインもいただく。うわぁ、なんだこれ、完全に舌がお酒に遊ばれてるじゃないか! お酒が! 甘い!
「たまにはこういうところもいいでしょ?」
「……まぁ、たまには……」
「ツゥ、……顔赤いよ?」
西川先輩の手が、あたしの手を握った。
「お酒苦手?」
「……お酒は好きですけど……ガードが緩むんです」
「今も緩んでる?」
「今は……先輩がいるので……大丈夫です」
「……ふーん。そっか」
西川先輩があたしに聞いた。
「ツゥ、隣行ってもいい?」
「なんでですか」
「行きたいから」
「……ご自由にどうぞ」
「わーい!」
西川先輩が隣に来た。
「ツゥ、赤ワインも飲んでみて? 一口だけ」
「……わ……飲みやすい……」
「うん。……もう少し飲んでいいよ」
——10分後。
西川先輩の腕が、あたしの肩に回されていた。
「ほら、ツゥ、あーんして」
「あーん……」
「あ、可愛い……」
「もぐもぐ」
「おいちい?」
「……おいちいです……」
「あ"! がわ"い"い"!」
(あー……頭ぼうっとする……)
「ツゥ、ここキスして?」
「……ちゅ」
「あ♡! すごい♡! 素直♡!!」
(野菜美味しいな……)
「はい、この後、ホテル行く人〜♡」
「……」
「ツゥ、おてて挙手は?」
「……はーい……」
「ぐふっ♡! ぐひっ♡! 月子ちゃん……近くに……良いホテルがあるから……行こうね……♡ ぐひひ……♡」
「……んー……」
「あ、ツゥ、ここ、寝ちゃ駄目だよ?」
「……リンちゃん……あったかい……」
「っ、ぐっ、……っ! あ"っ……! ……っっ! 深傷が……!」
(少しだけ……瞼……閉じたい……)
瞼を閉じようとした時——あたしのスマートフォンから、着信音が鳴った。
「ツゥ……♡」
「っ!!」
あたしは一瞬で目覚め、頭がリセットされ、すぐさま着信に出た。あたしの頭と西川先輩の顔がぶつかった。
「いだっ!」
「はい! 藤原れす!」
『……っ! 藤原さん……!?』
「……ん? え、えっと……」
「いってぇ……鼻ぶった……」
『ゆかりです!』
「ゆかりさん?」
『あのっ……』
スマートフォンから、はっきり聞こえた。
『助けてください……!』
西川先輩があたしを見た。あたしはスマートフォンを握りしめる。
「今どこですか!?」
『あの、家……家なんですけど……!』
「ご自宅ですか! えっと……」
振り返ると西川先輩がいなかった。あれ!?
「あの、む、向かいます!」
『で、電話、切らないでください! 怖い……!』
「あ、す、すぐ向かいますので!」
西川先輩が戻ってきた。スマートフォンをポケットに入れ、上着を羽織り、サングラスをつけた。
「どうしたんですか? 何があったんです?」
『……えっと……どこから話せばいいか……!』
「藤原さん、会計済ませた。荷物持って」
「え、……あっ」
西川先輩にスマートフォンを奪われた。
「ゆかりん、俺」
『あぁぁーーーー! 白龍ーーー!!』
「何、どした?」
『なんで電話出ないんだよーーー!!!』
「打ち合わせ」
あたしは荷物を持ち、西川先輩と外に出た。道路に向かって手を挙げるとタクシーが止まった。
『また手紙届いてて!』
「警察は?」
『呼んだけどまだ来なくて……!』
「警察呼んだなら大丈夫だって」
「どこまで行きます?」
「目黒区の……」
(いやぁ、飲みすぎた……。頭フラフラする……!)
タクシーが動き出す。
『怖いよ! 白龍……!』
「今向かってるから」
『私殺されるんだぁ……!』
「配信は?」
『今ミュートにしてて……!』
「一旦配信止めな」
『でも、でもさ? 配信止めたら、急にドア叩かれたりとか、誰か入ってきたりとかしないかな?』
「いや、いいから配信やめな。向かってるから」
(なんだ? どうした?)
あたしは西川先輩のポケットからスマートフォンを取り出し、YouTubeから紫ゆかりチャンネルへ飛び、配信に入ってみると、コメント欄がパニックの嵐だった。
>ゆかりん!
>大丈夫!?
>警察呼んで!
>ゆかりん、無理すんな!
>今すぐ駆けつけたい……!
>早くお巡りさん来てくれ!
>メンバーには連絡したのか?
>Xだけど、白龍に伝えておいたよ!
>ミッちゃんに言っといたから!
>ごめん! エメちは子育て中だと思う!
>誰か気づいてくれ!
>ゆかりーーーーん!!!
(どうした! どうした!? 何があった!?)
「わかった。ゆかりん、一回さ、ディスコで通話かけるから、配信繋げて」
『ぐす……! ぐすん……!』
「藤原さん、スマホ」
「はい!」
白龍さんがDiscordからゆかりさんに通話をかけ、あたしのスマートフォンからの通話を切断した。配信が動き出す。あたしは自分のスマートフォンからゆかりさんの配信を眺める。泣きすするゆかりさんと、白龍さんの声が映し出される。
『ゆかりん、一回落ち着いて』
『ぐす……! ぐすん……!』
>白龍きたーーーー!
>俺の月子ーーーーー!
>今北産業。なにこれ
>ゆかりんがアンチにリア凸されてるっぽい。
(は?)
『今向かってるから』
『これ、どうしたらいいのかな……』
『警察呼んだんでしょ?』
『呼んでるけど……時間かかるみたい……』
『鍵閉めてるんでしょ?』
『閉めてる……』
『チェーンかけてる?』
『あ……どうだろ……』
『かけといで』
『わかった』
『絶対開けるなよ』
『開けるわけないじゃん……』
ゆかりさんがまた部屋から出て行ったらしい。しばらくして、配信画面から声が聞こえた。
『チェーンかけた……』
『え、何? 家バレてるってこと?』
『かなぁ? 急にドア叩かれてさ、ほら、白龍が教えてくれた監視カメラのやつ? つけたんだけど、仮面被ってて』
『はぁ? 何それ』
『やばいよね? で、なんか、やばい道具持ってて』
『道具?』
『さっきまで配信にモニター映してたんだ』
『すぐ被害届出しに行こう』
『え、これさ……白龍来るまでドア開けない方がいいかな?』
『いや、警察は大丈夫じゃない?』
『え、警察のふりとかしてないかな……』
『まだいる?』
『わかんない。モニターには映ってない』
『警察は大丈夫じゃない? 流石に』
>警察だと電話くるはず!
『警察だと電話くるって』
『あ、じゃあ電話きて、それがモニターの前にいる人だったら開ければ良いのか』
『そうそう』
『あー……怖いよぉ……』
『今向かってるから』
『あ、来たかも』
『一旦さ、配信止めよう。リスナーみんな心配するから』
『ごめんね。みんな、一旦今日は配信やめるね……』
ゆかりさんの配信が止まった。その後も心配のコメントが止まらない。白龍さんが通話を続ける。
「配信やめた?」
『うん。切った』
「あと7分くらいかな」
『あ、電話きた』
「うん。出て」
タクシーが道を進む。あたしと白龍さんが目を合わせた。
「リア凸されたんですか?」
「二年前からです」
「……え、二年前から?」
「引っ越しても特定してくるんです」
「被害届は?」
「出してます」
「探偵は?」
「と思うでしょ? これ、定期的にやってくるんですよ。一回起きたら次は三ヶ月後か、半年後、または八ヶ月後、間を空けてくるから、いつかわからない」
「……質が悪いですね」
「……それな」
『白龍、お待たせ。ちゃんと警察だった!』
「なんて言ってた?」
『一回見て回ってみるって』
「もうちょっと待ってな。向かってるから」
『うん。待ってる……ぐすん……』
数分後、高級マンションの前にタクシーが止まった。
(おうおう! 元社畜配信者! 良い暮らししてるなぁ!)
白龍さんが大股で歩いて行き、あたしは小走りでそれを追いかける。番号を押し、呼び出しボタンを押す。
「白龍。藤原さんもいる」
透明なドアが左右に開いた。その奥へ入って行き、2階に上がり、奇妙に凹んだドアがあり、それを見た白龍さんの顔色が変わった。そのドアの近くにあった呼び出しボタンを押してからしばらくして——ゆっくりとドアが開いた。中に、ゆかりさんがいた。
「あ〜! 白龍〜!」
「入るよ」
「わああー! 怖かった〜!」
ゆかりさんが白龍さんを強く抱きしめ——涙目であたしを見た。
「藤原さん〜!」
「お怪我はありませんか?」
「すみません〜!」
「一回中入りましょうか。危ないので」
「どうぞ! ぜひ入ってください!」
みんなが寝静まった真夜中。
あたしと白龍さんが、ゆかりさんの家に入っていった。




