表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/78

第32話


 あたしはMacbookをテーブルに置いた。

 西川先輩が瞬きした。

 あたしは再生した。『……じです……』

 西川先輩が笑みを浮かべた。

 あたしは動画を止めて、腕を組んだ。


「何か、あたしに言うことありませんか?」

「次の日大変だったね」

「そうじゃないです」

「違うの?」

「他に言うことありませんか?」

「……酔っ払ってるツゥ可愛かった」

「違います。そうじゃないです」

「はぁ? そうじゃないの?」

「この声の主です」

「はぁ」

「わかってるんです」

「わかってるの?」

「全部わかってます」

「うん。わかってるんだ」

「あたし、別に怒らないんですけど、なんか、隠されてるのが嫌だなと思って」

「……あー、玄関の監視カメラ? あれ、初日に言わなかったっけ?」

「いや、それは知ってます。そうじゃないんですよ」

「えー?」

「だから、この、声の主なんですけど」

「うん」

「あたしわかってるんですけど」

「うん」

「岩下さんですよね?」

「……は?」

「だから」


 あたしはもう一度再生した。『……じです……』あたしは動画を止めて、腕を組んだ。


「イベント制作会社の、岩下さんですよね?」

「……いやいやいやいや」

「大丈夫です。怒らないので」

「いや、ちょ、ちょっと待って」

「いえ、大丈夫です。ちゃんと本当のこと言ってくれたら、あたし全然怒ったりしないので」

「いや、お前、何言ってんの」

「もう一回聞きます? どう聞いたって岩下さん……」

「いや、ツゥでしょ」


 あたしは眉をひそめた。


「いや、この声は岩下さんです。会社の人もそう言ってました」

「いやいや、あのさ、思い出してみ? あの夜さ、酔い潰れて帰ってきたじゃん」

「いや、あたしが帰ってくる前だったらいくらだって……」

「時間見てみ? 配信中」

「……この時間に帰ってきたって証拠は……」

「いやいやいやいや!! ツゥ! それはないって! ツゥが叫んでたんじゃん! 謙虚は大事ですって!」

「……え、岩下さんじゃないんですか?」

「違う! 違う! これツゥ! あ! 待って! 監視カメラのデータ残ってるかも!」


 西川先輩がアプリを起動し、データを表示させると、すぐに見つけた。


「あ、ほら! これこれ!」


 あたしは西川先輩のスマートフォンを覗き込んだ。泥酔したあたしが帰ってきて、玄関のフローリングに倒れこんだ。そこへ西川先輩が歩いてきて——情けないほど泥酔したあたしは西川先輩を笑顔で抱きしめ、戯れ、立ち上がり、廊下の向こうへ西川先輩と歩いていった。


 西川先輩があたしを見た。あたしは両手で顔を覆った。


「……え? ってことは……あたしは自分の叫び声が乗った切り抜き動画を、本日自らの手で投稿したということですか……?」

「あ、投稿したの? ……あ、伸びてるじゃん。すごいよ。50万再生」

「え……待って……え……ちょっと待って……つまり……」


 あたしはスマートフォンを点けた。


「岩下さんをここに呼べばいいってこと?」

「落ち着いてー?」

「え……身バレ……特定……」

「されないから、これくらいなら」

「え……あたし……え……」

「はいはい、スマホもパソコンも閉じようねぇー。恋人との楽しいひと時でデジタルデトックスしよぉねぇー」


 西川先輩にスマートフォンを没収され、ソファーに誘導される。


「あの日のことツゥ覚えてないんだっけ?」

「……あたし変なこと言ってました?」

「ううん。すごい口説かれただけ」

「口説いたんですか!? 誰を!?」

「私」

「先輩を!? どうやって!?」

「え〜、再現する〜?」


 西川先輩があたしに抱きついてきた。


「リンちゃん好きぃ〜! 大好きぃ〜! い〜〜〜っぱいちゅき〜〜〜!!!」

「……キモ……」

「ツゥがあんなに想ってくれてるなんて思わなかった……すごい愛を感じた……」

「あー……そうですか。そうでしたか……」


 ——浮気してなかった。……少しだけ、安心した気がした。


「なんか、すみませんでした。もう大丈夫です。冷静になりました。あ、テレビ見ます?」

「ツゥ」

「はい」

「今のって浮気を疑ってた?」

「あー、……はい。先輩ならやるかなと」

「待って、それは心外」

(西川先輩、絶対モテるからセフレの一人や二人いそうなんだよな。あたしだけなわけがない)

「そもそもさ、岩下さんって女性だよ?」

「え、はい。なので」

「浮気を疑ったってことはさ」


 西川先輩が嬉しそうな顔で、あたしの顔を覗いてきた。


「私のこと、ちゃんとそういう風に見てくれてるって、思っていいんだよね?」


 あたしは黙って、リモコンの電源ボタンを押した。テレビが点けられた。


「ツゥ、返事」

「……」

「月子ちゃーん? お返事できるかにゃー?」

「……」

「そっかぁー。ツゥは今、お喋りができないのかぁー」


 西川先輩が両手を構え、全力であたしをくすぐりにかかってきた。


「ちょ、やめ! あははははは!」

「おらおら! ここか! ここかー!」

「ぎゃはははは! やめて! やめてください!」

「ここだろー!」

「きゃははははは! やめ! 先輩! やめーーーー!!」


 西川先輩にくすぐり倒され、後ろからソファーに転がる。西川先輩がのしかかるようにあたしの上に倒れ——そのまま抱きしめられた。


「ツゥ」

「……なんですか」

「私、ツゥが大好き」

「……はい、ありがとうございます」

「ツゥは?」

「……嫌いだったら、一緒にいません」

「あ、その言い方良くないなぁ。ツゥ」

「なんですか」

「好きって言われたら、その返事は?」

「わかってるじゃないですか」

「私女々しいからそういうの言葉で聞かないと安心しないんだ。ツゥが浮気してるんじゃないかって疑っちゃうかも」

「あたしみたいな女相手にする人、先輩しかいませんよ」

「大好きだからね」

「……」

「ツゥは?」

「……だから……」


 あたしは西川先輩の肩に顔を隠したまま、伝えた。


「……、……、……、……、……一応……先輩はあたしの……彼女なので……」


 我ながら、か細い声だと思った。絶対聞こえないだろと思った。だけど、西川先輩の耳が良かったのだろうか。——急に起き上がり、パーカーを脱ぎ始めた。


「ちょーーーー!」

「いや、無理! そんな言い方されたら、どれだけ愛してるか体に教え込むしかないって!!」

「いやいやいや! 夜も遅いですし! 配信! 明日の配信もやらなきゃじゃないですか!」


 西川先輩にボタンを外される。


「西川先輩、ね? 声を大事に、ね?」

「大丈夫。声出すのはツゥだから」

「ちょっと、あたしばかり声出してるみたいに言わないでくださいよ! 先輩だって出てますからね! やらしい、すけべな声! いっぱい!」

「試してみようか?」

「いいです! 試さなくていいので、あ、テレビ見ましょう!? ね、面白いテレビ番組いっぱ……」


 30分後。


「ふぁ……! あっ……! んっ……! ひぅ……!」

「はぁ……ツゥの声……いい……興奮する……」

「あっ、やら、そこ……だぁっ……あぁ……!」

「ここ、気持ちいいの……? いいよ……。いっぱい触ろうね……」

「あ……あっ……だめ……あっ……♡」



 ——1時間後。



(……動けない……)


 ソファーに寝転がりながら、クッションを抱きしめる。


(腰、痛い……)

「ツゥ、大丈夫?」

(大丈夫じゃねぇよ……! 腰がいてぇんだよ……!)

「湿布貼るね」


 湿布が腰に貼られた。ひぃ! 冷たい!


「はぁ……。なんかさ……ツゥの腰に湿布貼るのって……いいね……。一緒に住んでるって感じがする……」

(なんでそんなピンピンしてるんだよ。ぶっ殺すぞ)

「ツゥ、腰心配だからさ」


 西川先輩があたしの袖を伸ばした。


「今夜私のベッドで寝よ? そしたら私いるからさ。何かあっても安心じゃん?」

「……ん……」

「水飲む?」

「飲みたいです……」

「……なんか、声枯れてるツゥもいいね……」

「……」

「あ、睨んでくるのもいい。可愛い」

「……」

「ツゥさ、黒猫みたいって言われない? ツゥ猫好き? 犬の方が好き? 最近サモエドカフェ流行ってるじゃん。今度行ってみない?」

(……ダメだ、この人)


 サモエドカフェとか行ってどうすんの。普通のカフェの方が全然安いじゃん。


(ダメじゃん。あたしが……側で見てないと……)

「……もう寝る?」

「……寝たいです」

「寝よっか。起きれる?」


 あたしは腰の痛みを感じながら、ゆっくりと体を起こすのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ