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第31話


 今最も話題の歌い手アーティスト、Re:connectから、水城スイが強制脱退となって1週間。


 コメントを打ってみた。


 >初見です! 可愛いですね! お花みたい!


『あ、初見さんだ〜! せっかくきてくれたから、初見挨拶しちゃいます! 歌い手目指して4月の空! サクラ梅です! みんなの心に温かい春をお届けしちゃいま〜す! よろしくね〜!』


 >初見さんいらっしゃい

 >騙されるな

 >梅が届けるのは冬の風だ

 >さび〜


『いや、さび〜じゃないから。可愛いから。梅、す〜っごく可愛いの〜! だよね! 初見さん!』


 >どこの口が言ってんだよ

 >ふざけんな

 >さっさとマイク握って歌ってろ


『うるせぇええええなあああああ!!! なんで梅に、梅に暴言吐くの!? はぁぁあああああ!?!? うっわ、くそむかついた! こんなに可愛い梅に、暴言の嵐なんだけど! 通報する! 通報する!』


 >くそむかつくは暴言じゃないのか?

 >どこが可愛いだよw

 >初見詐欺じゃねぇかよwwww


『初見詐欺じゃないから! 梅可愛いから! 歌って踊れるアイドルだから! Re:connectのミツカちゃん目指してるから!!』


 コメントを打ったあたしと高橋先輩が顔を見合わせた。


「どうですか?」

「リアクション面白いな」

「ですよね」

「登録者数5000人か」

「活動が一年半ですね。その一年前に別媒体でも配信活動をやってたようです」

「歌は?」


 あたしはコメントを打った。


 >リクエストいいですか?


『え! リクエスト!? いいよ! 歌える曲なら全然、喜んで歌わせてもらいます!』


 >黒糖ミツカの「2時色キャンディメーカー」


『きちゃ〜! 梅もこの歌だ〜いすき! じゃあ、歌います!』


 歌声を聞いて、あたしと高橋先輩が顔を見合わせた。


「録画してるか?」

「してます」

「新人発掘してるみたいだな」

「ですね」

「……上手いな」

「はい」

「この子、白龍さんが見つけたんだっけ?」

「はい。別垢でTikTok回ってる時に見つけたそうで」

「いや、普通に、いい」

「ですよね?」

「企画班に回すか」

『リクエストありがと〜!』

「これデータ送っといて」

「わかりました」

「この子事務所入ってない?」

「個人です」

「面白くなってきたな」


 高橋先輩がデータを企画班に送りつけた。


「相手が話を受けるかどうかわかりませんけどね」

「でもミツカさん好きって言ってるし」

「わかりませんよ? 憧れてるからこそグループに入るとなったら無理ですって断るかもしれないですし」

「そんなもんか?」


 高橋先輩がパソコンを閉じて、立ち上がる。


「次の案件行ってくるわ。お前引き続き切り抜きで」

「はい」

「というかさ、気になったんだけど、なんでこの間の白龍さんの配信切り抜かないの?」

「この間というのは?」

「あれ、彼女さん出たやつ」

「……彼女さんが出たやつ?」


 あたしは眉をひそませ、首を傾げた。


「AI彼女回ですか?」

「違う違う違う」


 高橋先輩がYouTubeで検索をした。白龍月子 一番下のレベルで人生謳歌する【人生ゲームWWDXXリメイク】


 高橋先輩が右側にカーソルを合わせた。画面にはLIVE2D版の白龍月子が表情を変えながら左右に揺れている。


 〜再生〜


『ねぇ、すごくない? これ? だって最初ステータス-5からやってるからね? 今見てみ? 職業社長だからね? やっぱ人生ってのは真面目に頑張った人が報われる……』


 白龍月子が少し黙り、また話し出した。


『あ、ピリィちゃんが帰ってきたみたいですね。あれ、俺の……配信部屋にですね、玄関の監視カメラが見れるようになってるモニターがあるんですけど、ばっちり映ってますね』


 >彼女きたーーーー!

 >え、ピリィちゃん!?


『そうそう。一緒に住んでるからさ。ちょっと待って? ……なんか叫んでない?』

『〜〜〜!』

『なんか叫んでるな。あ、ちょっと待って。なんか倒れてるわ』


 白龍月子がマイクをミュートにし、ゲームの陽気なBGMだけが残された。高橋先輩がまたカーソルを動かした。固まってた白龍月子の表情が動きだした。


『あーごめんごめん。みんな、お待たせ。いや、あのさ、ちょっとあとでアーカイブ確認……あ、ちょっと聞こえた? ……そうそう。いや、ピリィちゃんが泥酔して帰ってきたわ。うん。……いやぁ、可愛かったよ。……くくく、いや、ぶっくくく……まって、ツボ入ったわ。……ぐひひひ……! だってさ、くく、帰ってきたと思ったら玄関で『謙虚は大事です!』って超叫んでて、何事かと思って行ってみたらフローリングにほっぺたこすりつけてんの! あははは! いやぁ、明日の反応が楽しみですなぁ!』


 >リアルピリィちゃん!?

 >酔っ払いピリィちゃん!

 >ここ切り抜かれるぞ!


『いや誰得だよ! ひひひ! あー、面白かった。いや、でも、本当に、明日の朝が一番楽しみだわ。うん。これ見せたら高確率で発狂すると思う』


 >ピリィちゃん大丈夫?


『いや、どうだろうね? 明日の朝次第だね。……あははは! うわー、楽しみ増えたー♪』



「……………………」

「あ、そうか。お前この日二日酔いで休んだ日だ。そうそう。この回、すごい伸びたんだよ。これがあったから」

「……………………」

「エメさんの子フラもバズってたから、こっちも頼むわ」

「……はい」

「あ、あとお前、Re:connectの面談も忘れないようにな」

「……はい」

「うん、じゃ」


 高橋先輩が去った。編集チームのキーボードを叩く音が響く。あたしは両手を握りしめ——俯き、額に重ねた。


(あたしだ……!)


 スイさんの件でヤケクソになって飲みすぎた日。


(まごうことなく、これはあたしだ!!!)


 えーーーーこれ切り抜くのーーー!?!?!?


(え、待って? ちょっと声聞こえてない!? これバレない!? いや、バレる! わかるわかる! え!? わかるよね!? これわかっちゃうよね!?)


 あたしはイヤフォンをし、音量MAXにして、耳をすませる。


『……じです……』


 あ! 聞こえる! これダメだ! 特定される! 会社クビになる! 一生あの住み心地のいいタワマンに閉じ込められて「大丈夫だよ、ツゥはもう何もしなくていいし、外にも出なくていいよ。私が全部やってあげるし、養ってあげるから。その代わり、ずっと私のことだけ愛してね」っていう感じでなんか色々すごいことやらされそう! それだけはよくないよくないよくない! よし! これは……!


「いのっち〜」

「んー?」

「ちょっと確認してもらいたいんだけど〜」

「な〜に〜?」


 同期のいのっち(井上さん)に来てもらい、ピリィちゃんの部分を聞いてもらう。


「これさぁー……切り抜こうと思ってるんだけどぉー……身バレ特定とかに繋がるんじゃないかなぁーと思ってねー?」

「え、別にこれくらいならいいんじゃない?」

「いやいや、あたしはいいんだけどさぁー? 高橋先輩がね? なんかぁ〜、これは切り抜いちゃダメだろ〜って言っててぇ〜」

「いや、そんな聞こえないし、これくらいなら別に特定できなくない?」

「……。え〜、でもぉ〜、なんかぁ〜、聞き覚えのある声な気もしなぁ〜い?」

「いや、わかんないって。こんな声どの成人女性でもありえるじゃん」

「……かなぁ……?」

「私もさ、たまに白龍さんの動画とか見るんだけどさ、ピリィちゃんってさ、多分、ほら、制作会社の人じゃない? ほら、岩下さん」

「……え、岩下さんなの?」

「いや、わかんないけど、なんかすごい白龍さんのグッズ持ってるじゃん。見たことない?」

「え、わかんない。そうなの?」

「え、ちょっと声もさ、似てない?」

「え、待って?」


 あたしといのっちがイヤフォンをした。


『……じです……』


 いのっちが探偵の目をした。


「岩下さんじゃない?」

「ガチ?」

「だってスタッフさんなんでしょ? ピリィちゃん」

「……いや、岩下さんって決定したわけじゃなくない?」


 もう一回聞いてみた。


『……じです……』


「え、岩下さんの声ってどんな感じだったっけ?」

「え、どうだっけ?」

「え、絶対そうだって!」

「え、そうなのかな……」

「えー! 岩下さんがねぇー! ピリィちゃんだったかぁー! 男好きそうに見えたんだけど、そっかそっかぁ!」

「……」


 あたしは聴きながら思った。——これ本当に派遣してる制作会社の岩下さんじゃない?


(え? ってことは……)


 浮気か?


(……え、待って?)


 もう一度聞いてみる。


(——あ、なるほど。これ、浮気だ)


 浮気かぁ。


「……」

「いや〜、まさか岩下さんがねぇ〜、やるねぇ〜!」


 あたしは会社のアプリを開き、YouTubeのデータをダウンロードした。



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