第25話
ホワイトボードにでかでかと文字が書かれている。
『企画会議』
「んじゃ、メンバーの売り方と方針について、話していくぞ」
高橋先輩がホワイトボードに文字を雑に書いていく。
「白龍さんは特に問題ない。配信も動画も言うことなし。企画についての提案が来たら、企画班に投げるから共有してくれ」
「はい」
「ミツカさんだけど、シチュエーションボイスを新しく出す。バイノーラルマイクで録音するやつで、タイトルが……『甘えん坊な君が大好きすぎて甘やかしちゃうミツカを許して』」
「どこぞのAVですか?」
「至って健全なやつだ」
「チュパチュパするやつですよね」
「そう、ぺろぺろするやつ」
「お好きですか?」
「俺は女抱く方が好きかな」
「あたしはAV見てる方が好きです」
「時間系好きなんだっけ?」
「時間系好きですね。最近先輩が言ってたマジックミラー号見ましたよ」
「おお、どうだった?」
「こういうのお好きなんだなぁと思いました」
「男の夢が詰まった企画だよ。あれは」
「この企画も夢が詰まってるんですかね」
「うーん、俺はわかんないけど、企画班が企画してるし、まぁ、間違い無いんじゃない?」
ホワイトボードに、シチュエーションボイスと書かれた。
「次、ゆかりん」
「はい、ゆかりさん」
「購入した下着の紹介配信をやりたいらしい」
「それ凍結されません?」
「関係者に聞いてみたらしいんだけど、グレーらしい」
「グレーかぁ……」
「まぁ。黙認だから今のところは大丈夫かな」
「需要あります?」
「男は食いつくだろうな」
「男ってそんな単純なんですか?」
「単純だよ。もう単細胞だよ」
「へぇ……」
「で、下着紹介配信、と、社畜がテーマの手書き風動画で共感を集めると」
「ゆかりさんは結構会社の話とか悩み相談凸とか多いですよね」
「うん。相当ブラックな会社に勤めてたらしい」
「どこなんでしょうね?」
高橋先輩が企業名を言った途端、あたしは納得した。
「あーーーー……」
「まぁな」
「なーるーほーどー……」
「ま、どこも大変だよな」
「ゆかりさん、そこで働いてたんですね」
「らしいぞ」
「うわー、それは大変だぁ……」
「まぁ、これもいいな。社畜とか、社会とか、そういうのに困ってる人たちへの共感っていう方向性で、切り抜き動画も頼むわ」
「承知いたしました」
ホワイトボードに、社畜と書かれた。
「次エメち」
「はい。エメさん」
「シングルマザー」
「そうなんですよねぇー」
あたしは腕を組んで、ため息を出した。
「見えないですよねぇー……30歳って……」
「俺も最初聞いた時びっくりしたよ」
「しかも、二児の母ですよ?」
「リアル推しの子じゃん」
「長男今年小学校入学らしいです」
「小学生かぁ。可愛いなぁ」
「エメさんはもうお母さんで通してますからね」
「そうなんだよ。これが結構強い。歌い手で母親やってる人ってあまりいないのと、人妻ってのが需要がある」
「シングルマザーです」
「それを利用したシチュエーションボイスも出るぞ。タイトルが『二児の母も恋していいですか?』」
「どこのAVですか」
「あとオリジナルソングも出る。MV出来次第共有するから」
「はい」
「で……これが本題だな」
ホワイトボードに書かれた。水城スイ。
「スイさんの方向性について、企画班でも頭を悩ませてる。このまま正統派でいくか、少し崩すか」
「でも五年活動してこれですよね」
「そう。多分方向性がずれてるんだよ。何か見つけてぴたっとハマれば、もうそこから上がるはずなんだけど」
「ショート動画でメンバー一人ずつメインで撮る話ってどうなりました?」
「あ、それは次の撮影でもうやる。それは確定」
「その結果を見てからでもいいんじゃないですか?」
「まぁ見ないに越したことはないけど、方向性定めないと作れる台本も作れないだろ」
「うーん」
「この間作ったスプレッドシートなんだけど」
高橋先輩があたしに表を見せる。
「白龍さんが50個企画送ってるところを、スイさんは5個だ。この差はなんだ? やる気あるのか」
「苦手なタレントさんもいますから。あと、単純に伸び悩んでるっていうのがあるので、混乱してる可能性もありますね」
「それはあるな。企画見た?」
「えーと……両声類?」
「どう思う?」
「スイさんは女の子ですね。まぁ、男の子声と言われたら……んー、やっぱり違う気がします……」
「男キャラはもう白龍さんがいるんだよ。で、その下が」
「お姉さんシチュエーションボイス?」
「ミツカさんがいる」
「モッパン社畜トーク」
「ゆかりさんには勝てない」
「寝落ち癒しボイス」
「女の子とお母さんに添い寝されるの、お前どっちが好き?」
「んーーーー……」
「どれもすでにいるメンバーのキャラと被ってる。唯一被ってないのが」
「清純派アイドル系?」
「清純派アイドルってお前何想像する?」
「甘いもの食べたり、ふわふわしたり?」
「ふわふわって具体的に何?」
「……まあ、……うさぎさんのぬいぐるみ紹介とか?」
「見るか?」
「……んー、まぁ……男性なら……」
「これならどうだ。Vtuberって今何人が活動してると思う? 企業で言うと? ホロライブ、にじさんじ、あおぎり高校、のりプロ、ぶいすぽっ!、ななしいんく、ミリプロ、深層組」
「いや、それはVtuberで」
「歌って、踊って、ライブ。ゲームもする。トークも上手い。それだけじゃない。売れてる全員、キャラが濃い」
「あーーーー……」
「人間は全員同じじゃない。個性があるからな。その個性を引き出して売れさせなきゃいけない。そこを突き止めてやるのが俺たちの仕事だが、数字がない限りそれは無理だ。いいか。数字がついてからこそ、本来やりたいことができるんだ。でないと、グループには数字があるけど個人アカウントの数字が伸びない、今のスイさんと同じような現象が起きる」
高橋先輩があたしに命じた。
「スイさんと面談して、色々引き出してこい。流石に五年も続けてるんだ。やりたいこととか、目標はあるはずだから。そこからピックアップしていけば、何か見つかるかも」
「そういうのってマネージャーの仕事じゃないんですか?」
「マネージャーの仕事は基本メンバーのスケジュール管理。案件の窓口。佐藤さん一人でよくやってるよ」
「あたしは動画編集者です!」
「メンバーによって編集の色が変わった方がいいこともある。とりあえず面談してこい」
「人手増やしてください!」
「申請してるよ!」
「じゃあ高橋先輩がやってくださいよ!」
「他の案件でいっぱいいっぱいなんだよ!」
「なんで引き受けるんですか!」
「しらねぇよ! なんかシフト入ってたんだよ!」
「もー!」
「つまり、手が空いてるのがお前しかいないわけだ!」
高橋先輩がホワイトボードに書いた。連絡係。ふじっち。
「頼んだ」
「美味しいもの奢ってください。こんなの望んでた仕事じゃないです」
「仕事ってそういうもんだから」
「もぉー!」
「あーわかったわかった。明日の撮影の手土産持ってくるから」
「どこの撮影ですか?」
顔つきをキリッとさせた高橋先輩が発表した。
「グラビアアイドルのカメラマンアシスタント」
「それ堂々と言ってますけど、情けないとか思わないんですか?」
「立派な仕事だぞ!」
「どうせ水着ですよね!?」
「グラビアアイドルだからな!」
「最低です! 先輩!」
「最低って言うんだったらな、男の俺より女のお前と面談した方が向こうも話しやすいだろ! 最近はな! どっかの電気会社のせいで! ハラスメント問題が勃発しすぎなんだよ! 息苦しいよ! 男も! 中間管理職も! 俺はな、色々気を遣ってやってるんだ!」
「自分がやりたくないだけじゃないですか……」
「とりあえず、方向性のすり合わせ、頼んだからな」
「はぁーい……」
ため息混じりに、返事をした。




