第24話
『Re:connect!』
『どうも皆さーん! Re:connectでーす!』
『こんばんは!』
『本日ですね、ご報告があるんですよね! 月子!』
『収録スタジオがRe:connect専用になりました』
『いえ〜い!』
『我々のスタジオがね、いろんな企業さんが使ってるところなんですけど、皆さんがね、ライブ来てくれたりとか、グッズ買ってくれたりとかで、一番売り上げがいいそうなので』
『これからも頑張ってほしいとのことで、社長が許可したそうです!』
『で、これからYouTubeとか、TikTokとか、そのスタジオがメインで撮影する場所になるから、インテリアをつけようってことで、みんなで棚を作りました』
『作ったね〜!』
『その映像をね、編集者の方に作ってもらったんですよ』
『藤原さん、いつもありがとうございます!』
『なので今日は、その映像を相席食堂風に見てもらうかなっていう企画です』
『あ、だからスイッチがあるのね!』
『そうなんです。これを押すと』
『ちょっとまてい!』
『『ぎゃはははは!』』
『スイ!?』
『いつのまに録音したの!?』
『月ちゃんがなんか用事あるから来いって言われて、録音させられました』
『今日はこのスイのちょっとまていボイスを聞きつつ、どんな風に棚が作られて行ったのかをね、みんなで見ていこうと思います!』
配信をパソコンで流しつつ、高橋先輩に相談する。
「最近スイさんから、数字が伸び悩んでる相談を受けまして」
「スイさん?」
「はい。で、なんかショート動画の際に、これから一人ずつメインでやっていくみたいな動画も出していいんじゃないかと思って」
「あー、なんかそんな話も出てたな。いずれやるかーみたいな」
「もうやっちゃってもいいんじゃないですか?」
「でもさー」
高橋先輩が配信を見る。
「やっぱ白龍さんとミツカさんが強すぎるんだよな」
「面白いですよね」
「うん。スイさん可愛いんだけどさ」
『スイはどう思う?』
『スイはねぇ』
「自分から発信できてないよな」
「んー」
「可愛いだけじゃダメですかってタイプだよな。撮影の時もそうだけど、周りが話題振ってやっと喋り出すじゃん。この子」
「それが男心をくすぐってるとかはないんですか?」
「うーん、どうかな。俺個人だとミツカさんみたいなはっちゃけながらも可愛い方が好きだけど……ここだけの話」
高橋先輩があたしを見た。
「スイさん、地雷」
「でしょうね」
「メンタル面に問題あるから病院通院してるって、佐藤さんが言ってた」
「あー」
「や、でもさ、やっぱこういう子が好きな男多いんだよ。地雷系。付き合ったら面倒臭さがわかるってのに」
「あるんですか?」
「俺は地雷踏みまくりだよ。テーブルに包丁刺されて別れた」
「それはやばい」
「切り抜きは?」
「チーム全体で言うと、やっぱりスイさんの数字の伸びがあまりよくないです」
「五年活動してるんだよな? なんでこんな喋れないんだ?」
「でも一人だと結構喋ってますよ? あと、白龍さん相手とかなら」
「ちょっと……聞くか」
高橋先輩がスプレッドシートを開いた。
「今作ったからさ、これに各自タレントがやりたい企画とか、参考動画とか送ってもらって。で、その詳細をお前が聞いておいて」
「あたし動画編集者なんですけど」
「お前も運営側の人間だろ。女だし、歳近いし、コミュニケーション取れ。別案件もあるから手が回らないんだよ」
「人増えませんか?」
「このプロジェクト始まってから申請はしてる」
「はあ……」
「いける?」
「やります」
「悪いな。頼んだ。あ、あと……」
高橋先輩が引き出しからチョコバーを取り出し、あたしに渡した。
「タンパク質取れよ」
「先輩も」
「干からびちまうよ」
あたしはチョコバーを受け取り、タレントに連絡を送った。これ以上仕事をやるとキリがないため、今日は退勤する。
「お先に失礼します」
「あれ、ふじっち帰るの!?」
「切りがないので」
「ふじっち、やっと家に帰ることを覚えたか……」
「成長したなぁ」
「お疲れ様です」
同僚たちに温かい目で見送られながら、歩いて10分のタワマンに向かう。確かにここに引っ越してきてからかなり通勤が楽になり、時間にも余裕ができるようになった。
(この際MV映像の勉強でもしようかな。歌ってみたくらいなら作れるようになりたいかも。……あ)
コンビニを見て思い出す。
(なんかタバコないとか言ってたかも。……ドンキ行くか。カートンで買わないとすぐなくなるから)
店に行ったついでに、食品も買っておく。安いんだよな。ここ。
「ありがとうございやした〜」
(タバコ辞めたらいいのに。そしたらめちゃくちゃお金節約できるのに)
と言っても、きっと西川先輩はこう言うのだろう。お金ある人が使って経済回すんだよ。
(はいはい。お金持ちはいいですね)
家に帰ると、ベランダの窓が開いてた。西川先輩がいつもの電子タバコを吸ってるようだ。
(タバコなんていつから吸ってるんだろ。体に悪いのに)
黙ってカートンをテーブルに置き、あたしは手を洗いに行く。それから買った食品を冷蔵庫に入れて——思った。
(……西川先輩の菌が……あたしの中に……)
——彼女を支配してるみたいで、良くない?
(……)
「あ、お帰りぃー」
ベランダから出てきた西川先輩が、テーブルに置いてあったタバコを見て、輝く目であたしを見てくる。
「え、買ってきてくれたの?」
「……はい」
「ありがとう。コンビニで買おうかなって思ってた」
西川先輩が電子タバコを置き、冷蔵庫に物を入れるあたしの背後にやってきて、抱きついてきた。
「ツゥ〜」
「なんですか」
「何買ってきたの?」
「卵とかプリンとか」
「え、プリン? いいじゃん」
「あなたが作ったもの以外の何かを食べたいと思って」
西川先輩があたしを見た。
「買ってきました」
「……え、何、あの話気にしてる?」
「いえ、気にしてません。冗談だってわかってます」
「いや、冗談ではないけど」
あたしは目を見開き、西川先輩に振り向いた。
「命令されるんですか!?」
「命令はできないねぇ」
「好き勝手にされるんですか!?」
「私ね、魔法は使えないんだよねぇ」
「気にしてないです。気にはしてないですよ。でも改めて思ったんです。確かに最近先輩の作ったものしか食べてないなって。お弁当も先輩が寝る前に用意してくれてるし」
「おいちかった?」
「美味しかったです!」
「んふふ。ありがとぉ」
「このままではいずれ本当に先輩からあたしの中に移った菌が細胞となって、あたしに命令するんじゃないかと思うんです」
「私がツゥに何命令するってのさ」
「たとえば……」
くだらないことだし、ありえないけど、
「裸エプロンをする、とか?」
西川先輩が黙った。あたしは瞬きした。西川先輩が真面目な顔で考えていて、あ、ちょっとその顔かっこいいと思って見ていたら——頷いた。
「有り」
「無しですよ。バカがよぉ」
「いや、全然有り! うん! 滅茶苦茶有り!」
「ふざけんじゃねぇですよ。プリン没収しますよ」
「え〜! なんで! いいじゃん! 裸エプロン!」
西川先輩が目を輝かせて天井を見た。
「ピンクのエプロンでさ……横から覗くとちょっと胸が見えるやつ……あ、いい。ツゥが恥ずかしがってるのも想像できる。うん。いい。目の保養。ツゥ、やろ」
「お風呂入ります」
「一緒に入る?」
買い物袋を西川先輩にぶん投げた。西川先輩が悲鳴をあげ、顔にくっついた袋を取る。
「ツゥ〜」
「うざいです」
「ピリィちゃ〜ん」
「やめてください」
「お風呂上がったらご飯ね」
「……」
「……え、何?」
西川先輩の動きが止まった。
「私、今、地雷踏んだ?」
「違います」
再び側に歩み寄り、襟元に手を伸ばす。
「めくれてます」
「あ、まじ?」
「一日これでいたんですか? もう、ちょっと、屈んでください」
「ふふっ、屈むの?」
西川先輩が顔を近づかせた。
「こんだけ近いとキスできちゃうね」
エロジジイみたいな言い方にムッとして、からかってくる西川先輩の唇を、あたしから塞ぎにいった。
「っ」
西川先輩が固まる。
あたしはキスを続ける。
西川先輩があたしの腰に手を回した。
あたしはキスを続ける。
西川先輩の手があたしの尻に触れた。
あたしは唇を離し、睨んだ。
「こら」
「する?」
「しません」
「いや、今のは完全に誘ってた」
「どこぞの思春期男子ですか」
「いや、ツゥ、ね、しよ。今夜しよ?」
「お風呂入ります」
「一緒に入る?」
「だから」
「したい!」
西川先輩があたしを抱きしめたついでに尻を揉みながら言った。
「ツゥとエッチしたい〜〜〜〜〜!!!」
「お尻揉みながら言わないでください!」
「ねぇねぇ、配信終わったしさ、ね、ちょっとだけ」
「あの」
「ちょっとだけ」
「お風呂」
「だから」
西川先輩があたしの耳元で囁いた。
「一緒に入ろうよ」
(……強制わいせつ……)
西川先輩があたしの手を取り、そのまま洗面所へと連れて行った。
(*'ω'*)
湯気で包まれる浴室の中で、気持ちいい湯船に浸る。
(……もぉー……)
背後には、抱きしめてすりすりしてくる西川先輩。
(すぐに体洗えるのはいいけどさぁ……やりかたがさぁ……)
「……ツゥ……♡ お風呂気持ちいいね……♡」
(なんであんなに恥ずかしげもなく触ってこれるんだろ……)
「いっぱい濡れちゃってたね……♡」
「……それ、どっかのおじさんみたいです」
「ほんっとに……可愛かった……♡」
「うるさいです……ばかがよぉ……」
西川先輩の笑い声がくすぐったくて振り向かないでいると、あたしの肩に顎が乗っかってきた。あたしは——こういう甘えてくる仕草も、結構、こっちの方が、だいぶ——好きだったりする。
(甘えてくる犬みたい……)
「……やっぱさ、いいよね」
「ん、何がですか?」
「私の作る物で体が循環してるツゥを抱いてるとさ」
艶やかなため息が肌にかけられる。
「支配欲が満たされる……♡」
「それ割と本気で怖いです」
「大丈夫だよ♡ さっきも俺優しかったでしょ♡ あ、やばい。俺とか言っちゃった! 白龍月子が入ってたわ、今! あはは!」
(あははじゃねぇよ……)
「さっきのツゥも、滅茶苦茶可愛かったよ。なんかさぁ……やっぱりさぁ……」
西川先輩がだらしなく頬を緩ませる。
「後ろから攻められるの好き?」
「好きじゃありません」
「でもさっき」
「違います!」
西川先輩が変なこと言うからだ。自分の菌があたしの中に入ってるとか、作ったもので体が循環されてるとか、なんか、変なことを言うから、
「……体が疲れてたし……ホルモンバランスがおかしくなってるんです。……多分」
「いいよぉ。私は大歓迎」
「いつもこうとは思わないでください! いつもはもっと! 違いますから!」
「そうだねぇ。お風呂に浸かって、疲れを癒やそうねぇー」
「……」
「はぁー……。……可愛かったなぁ……ピクピクしてるツゥ……足震わせて立てなくなってたの……まじ……普段とのギャップが……たまんねぇ……」
(クソ、なんか負けた気がする。話題を変えてやる)
うなじを舐められるのを感じながら、後ろに声を掛ける。
「あの、連絡見ましたか?」
「ん? ……やりたい企画ってやつ?」
「はい」
「うん。見た。後でリスト送る」
「リスト?」
「私やりたいの全部メモしてるからさ」
……いや、驚くことではない。この人は西川リンだぞ。
「後で送るね。しかも参考動画付き」
「……助かります」
「全然ですよ。タレントは返信の速さが命ですから」
「真似しないでください」
「誰の真似?」
「うるさいなぁ、もう」
「月子」
「なんですか」
「愛してるよ」
耳の裏にキスをされて、思わず肩が跳ねる。
「ツゥは?」
「……そうですね。あたしもそんな気がします」
「ツゥはー?」
「愛してるとか、臭いですって、言葉が」
「あーあ、典型的な日本人だ。言葉があるのに言わないでも伝わるでしょって思ってるやつだ。あーあ、高校生の頃は言ってくれてたのにー」
「っ、そ、そんな、簡単に言う言葉じゃないんですよ! 愛してるって! 愛ですよ!?」
「ファンのみんなは白龍愛してるって言ってくれてるよ」
「それはファンだからです!」
「ツゥはー?」
「……」
「はいはい、わかった。こっち向かなくてもいいから。視線逸らしてもいいから」
「……」
「ツゥはー?」
「……だから……」
心ではいつでも言ってる。ご飯を作ってくれることも感謝してるし、この家に置いてくれてることも感謝してる。お礼は伝える。挨拶もする。だけど、この言葉だけは、どうしても――くすぐったくて……慣れない。
「……、……、……、……、……、……、……、……」
「……や、わかった。やめよう。ごめんごめん。ちょっと意地悪だった」
(あ)
「いいよ。無理しなくて。いつものツゥでいて」
大切に抱きしめられる。
「私の前では意地張らないでいてほしいだけだから」
「……」
水滴が滴る音が響く。水滴が弾く音が反響する。お湯が揺れる。重なる体が温かい。肩に乗る顎が甘い。抱いてくる手に自分の手を重ね——小さな声で、呟く。
「……リンちゃんの……そういうところが、……好き……」
——あたしを抱く腕の力が強くなった。ぐえっ。
「ちょっと」
「〜〜、待って、〜〜、今の、〜〜っ、やばい……!」
「苦しいです」
「やばいって、今の、ガチで、ちょ、待って、ま、待って?」
西川先輩があたしの足を撫でてきた。
「え、待って、ねぇ、今の、どこで覚えた?」
「いいです。もう言わないです。すみませんでした!」
「やばい。今、ガチで、心臓がどーんって鳴った。なんか、漫画みたいに。まじで」
「いいですってそういうの」
「もう一回、ね、もう一回!」
「うるさいです」
「えーーー!? ちょっと待って!」
西川先輩があたしのうなじに唇を押し付けまくる。ちょっと!
「くすぐったいです!」
「ん、好き、んっ! ツゥ、好き!」
「ちょ、も、ど、どこ触ってるんですか!」
「上がろっか」
「そ、そうですね、のぼせそう……」
西川先輩と湯船から出ると——タオルで体を拭かれ、着替える間もなく腕を引っ張られる。
「え、ちょ、先輩、どこに」
天井に高校時代のあたしの写真が貼られている寝室のドアを開けた。
「あの! 西川先輩!」
ドアを閉めた。
「あっ、ちょ、先輩、お風呂入ったばっか……」
「しー」
「しーじゃねぇって……あ……ちょ……ちょっと……」
「ほら、壁に手ついて」
「や……」
「お尻こっち向けて?」
「これ、さっきもやっ……んっ……」
「はぁ……ツゥ……♡」
「ちょっと……もう……!」
「ふふっ……月子……そんなにお尻上げて……気持ちいいの……? ……可愛いねぇ……月子……♡」
「ん……んん……♡」
その日は、もう日付が変わるまで、その部屋から出ることはできなかった。




