第23話
「ふじっち、どうした!? なんか元気なくね!?」
切り抜き動画を作るあたしの顔色を見て、高橋先輩が隣の椅子に座った。
「体調悪いか?」
「いや……日曜日に見た映画で……メンタルがきてます……」
「何見たの」
「関心以内領域」
「あー! あれどうだった?」
「いや……もう……絶対繰り返しちゃいけない……歴史だなと……でも……抱え込まない方がいいなって……思いながらも……メンタルが……」
「キッター! ふじっちのメンタルがやばいからなんか面白いこと言ってあげて!」
「布団がふっとんだ」
「うわー、面白い! ほら、ふじっち! キッターがとんでもなくつまんねぇ冗談言ってくれたって! ほらほら、撮影撮影!」
「あー……そうだったぁ……」
あたしと高橋先輩が倉庫に行き、置いてた段ボールを二人でスタジオまで運んでいく。というのも、このスタジオがRe:connect専用で使用することになり、今日はスタジオの背景となる棚をメンバーに組み立ててもらうのだ。
「今日は実写映像になるから、顔隠す編集頼むな」
「これ事前に開けておいて組み立ての説明書読んだ方がいいですか?」
「あ、いい。それも全部メンバーにやってもらうから、カッターと棚に置くメンバーのグッズくらいかな」
「了解です。持ってきます」
高橋先輩がスタジオで準備する間、あたしは道具を段ボールに入れ、働きアリのように運ぶ。
(この段ボール大きすぎるよ! 前が見えないよ!)
「うおっ、ふじっち大丈夫か?」
「手伝うよ?」
「大丈夫! 仕事して!」
編集仲間に声をかけられるが、すべて断り自分でやる。あたしにかまってる暇があったらさっさと仕事を終わらせて、それからこっちの手伝いをしてくれ! 連帯責任は嫌だ!!
(だとしても前が見えない! ぬわっ! なんかにぶつかった!)
ぶつかった拍子に後ろにすっ転ぶ。
「あだっ!」
「あ」
「きゃっ! 藤原さん! 大丈夫ですか!」
ミツカが駆け寄ってくる。あたしは慌てて起き上がり、広まった道具を段ボールに入れ込んだ。
「あー、すみません……! 大丈夫です!」
「これ一人で持ってきたんですか!?」
「はい! でもなんかぶつかっちゃって! あははは!」
「もー! 月子がそこ立ってるからだよ!」
あれ、ミツカさんがあたしの名前を知ってるなんて……と思って口を開きかけた瞬間、見上げた先に、白龍月子が立っていた。
(あ)
「これ今日の道具ですか?」
「あ……はい! 撮影で使う工具とかが入ってて……」
「スイ〜」
「はーい」
(えっ)
白龍が軽々と段ボールを掴み、もう片方をスイさんが掴み、スタジオの中に運んでいく。
(あああああ! あたしの手柄がタレントに奪われていく!!!)
「ああああ! 白龍さん! スイさん! すみません! 藤原ぁ!」
「すみません!!!!」
「ここそんなにブラックなんですか?」
全力で謝る高橋先輩とあたしを見て、白龍とスイさんが段ボールを置いた。
「ダンボールでかくないですか?」
「藤原ぁ!」
「その中に工具を入れる箱が入ってて!」
「いや、そこはダンボールでいいですよ」
「箱可愛い〜」
「なんか調子こいてるみたいじゃない?」
「月ちゃん、せっかく藤原さんが用意してくれたんだよ?」
スイさんが箱をエメさんに見せた。
「ほら、エメち見て、箱可愛い」
「ほんとだね」
「工具入れてこ」
「ゆかりんこういうの得意だよね」
「やってたからね」
「藤原」
高橋先輩に手招きされて、近寄ると、顔を近づけられ、指を突き立てられる。
「お前、タレントに、二度と、やらせるなよ」
「すいませんっ」
「いやいや、大丈夫ですよ」
空笑いをしながら白龍がその間に手を入れた。
「逆に手伝えることがあったら言ってください」
「お言葉ですが、タレントは演じることに集中してもらいたいんですよ」
「同意見です」
「でも流石に藤原さんの腕の細さだとこのダンボールは運べませんよ。人手を増やすとかできないんですか?」
「同意見です」
「そこはうち少人数制なんで」
「佐藤さんに言ったらいいですか?」
「あ、あの!」
白龍の視界にあたしの姿を入れる。
「すいません、白龍さん、ちょっと……一回外に」
「……」
スタジオが並ぶ廊下に白龍を連れて行く。——西川先輩が不満そうにあたしを見た。
「やめてください。会社ですよ」
「お前があれ運ぶの無理でしょ」
「手伝いたいって言った方の申し出を断ったんです」
「なんでそんなことすんの」
「一人でここまで運んだっていう強い女に見られるためです」
「見栄っ張りが」
西川先輩がスマートフォンにいじり出した。
「佐藤さんに報告しておくから」
「ちょ、やめてください!」
「嫌なら人に頼るってこと覚えてくれない?」
「わかりました! すみません! 今後手伝ってもらいますからやめてください!」
「その言葉忘れないでね」
胸ぐらを掴まれ、引き寄せられる。一気に、西川先輩との距離が近くなった。
「次同じことやったら犯す」
「……犯罪ですよ」
「違うよ。恋人間で起こった、ただの痴話喧嘩」
先に白龍がスタジオに戻った。
「すいません。遅くなりました」
(……この程度で怒らないでよ……。平気だってば、別に……)
いつまでもここにいるわけにはいかない。あたしもスタジオに戻っていった。
(*'ω'*)
流石は五年間活動してきたチームというべきか。カメラを向けられた途端、テンションと人がまるで違う。
「みんな月子の指示に従うんだ!」
「えーっとね、①と④を組み合わせるんだって」
「ネジどれー?」
「なんかいっぱい書いてある!」
「できる気がしない」
白龍が説明書を読み、ネジを入れていき、みんなで棚を組み立てていく。その中で雑談が入る。
お題:最近の悩み
ミツカさんが言った。
「最近便秘がすごくて」
「ねぇ〜!」
「もぉ〜!」
ゆかりさんエメさんが即座に突っ込んだ。
「アイドルなんだけど〜!」
「ミっちゃん!」
「いや、便秘辛いよ!? あのさ、22からやばいからね! 22過ぎてからが勝負だからね!?」
「え、みんなどうしてる?」
「胃に悪いもんばっか食べてるんでしょ、どうせ」
「あ、そうだ。月子、料理部部長だったから!」
「月子は料理するんだもんね」
「してるー」
「あれ」
スイさんがふと聞いてきた。
「彼女さんは料理しないの?」
「しない。させない」
「させないの?」
「キッチンには立たせない」
「えー」
「なんで?」
「彼女の体を全部俺のものにしたいから」
ミツカさんが顔を引き攣らせ、スイさんがきょとんとして、ゆかりさんが吹き出し、エメさんは胸を打たれた。
「何それかっこいい……!」
「エメちガチで言ってる?」
「なになに? どういうこと?」
「いや、だからさ、俺が朝昼晩作ればよ? 体に入る栄養が大体俺が作ったもので循環されるわけじゃん」
「まぁね?」
「で、一応さ、俺が作ってるから、食品を触るのは俺なのね? で、その瞬間にさ、俺の手についてた小さな菌とかがさ、食品に移るわけよ」
「うんうん」
「で、それがまぁ、料理されて、大体は死んじゃうんだけど、運良く生き残ってる菌とかはさ、彼女の中に入っていくわけじゃん」
「……」
「なんかさ」
白龍が一生懸命棚を組み立てながら言った。
「彼女を支配してるみたいで、良くない?」
「「いやいやいやいや」」
「怖いって!」
「あれでしょ! そのうち菌が白龍の命令で動き出して、彼女ちゃんを好き勝手に従わせることとかできちゃうやつ!」
「そうそう! 勝手にベッドに行って、服脱いじゃうやつね!」
「や〜ん♡」
「ふざけんなよ!」
「どこのAVだよ!」
「アイドルだって言ってんだろうが!」
「彼女さんに謝れよ!」
サブカメラを回しながらあたしは思った。……もう西川先輩のご飯食べるのやめようかな。割と本気で……。
「あ、うちの彼女、ピリィちゃんって名前がつきました」
「ピリィちゃん?」
「なんで?」
「普段ピリィっとしてるから」
「ピリィっとしてんの?」
「してるしてる。スイみたいに甘々になることはなかなかない」
「あっ! だから月子と付き合えるんだよ! こいつ料理以外はだらーんとしてるからさぁ!」
「そういうミツカはどうなんだよ!」
「家政婦さんにやってもらってるもん!」
「家政婦っていいの?」
「いや、もうそうしないとスケジュールが間に合わないもん。ゆかりんにもおすすめしとくよ」
「いや、なんかさ……」
ゆかりさんが表情を曇らせた。
「一応元々ブラック企業に勤めていた身だからさ、なんか……家政婦さん雇ったら、私も成金たちの仲間入りになってしまうのかなってそんな気がしてて……」
「違うよ!?」
「成金が雇ってるわけじゃないから!」
「働いてて時間ない人が家政婦さん雇うわけだからね!?」
「なんかさぁ……うちらも忙しくなったよねぇ……」
「ボイトレもあるしね」
「スイそれ取って」
「はーい」
ゆかりさんを見つめながら、あたしは深く思う。
(わかる!!!!!)
スケジュール間に合わないけど、人を雇うのは成金!!!
(わかる!!!!!)
「スイは悩んでることないの?」
「このネジどれかわかんない!」
「それはこれだね〜」
スイさんが手に持ったネジを見て、ミツカさんが板を差し出した。




