第20話
「じゃ」
ドアを開けると、部屋の前に西川先輩が立ち、あたしに言った。
「また、撮影日に」
「……」
「何。男の上司がいなくなって、寂しくなった?」
西川先輩が、俯くあたしの顔を覗き込んだ。
「へい、彼女? 朝が来るまで、女の俺が側にいてあげようか?」
白龍月子の口調でからかってきたが、そんな彼女の動きが止まった。視線が下に下がる。
あたしの手が、――西川先輩の服をつまんでいた。
「……」
誘われるように、西川先輩が部屋の中に入ってきた。手が離れ、ドアが閉まる。二人しかいない部屋の中で、暗闇の中、西川先輩と抱き合う。優しい手が頭を撫でてくる。また涙が溢れてきた。西川先輩の肩に顔を埋め、泣き続ける。また頭を撫でられる。ずっと撫でられる。よしよしと背中を撫でられる。撫でられる。甘やかされる。
肩に顔を埋めながら、呟いた。
「ごめん、なさい」
「ん? 何が?」
「付き合わせて」
「違うよ。付き合ってもらってるの」
抱きしめてくる手が優しい。
「ごめんなさい」
「ツゥ、ごめんなさいより、ありがとうの方が好きだな。私」
「リンちゃん、ごめん」
「大丈夫だって」
「ごめんね」
泣きながら手を握りしめる。
「会社に、ちゃんと、警備のこと伝えておくから……」
「ツゥ」
「次はもう、絶対、こんなことないように」
「ツゥー」
「ハプニングも、トラブルも、全部面白い。面白いけど、面白くない」
「うん、そうだね」
「ごめんね。ドームライブの、せっかくの、夢が叶った時に、怖い思いさせて……」
「謝らないで。ツゥ。大丈夫だから」
「ごめんね、リンちゃん、ごめ……」
リンちゃんから唇を重ねてきた。あたしは大人しく従った。リンちゃんがキスを繰り返した。だからあたしも合わせて、顎を上げていく。涙が落ち、手を握り、リンちゃんの体温を感じる。瞼を上げるとリンちゃんが目を閉じ、あたしとキスをし合っていた。だからあたしは身を委ねた。リンちゃんが唇を押しつけてくる。一緒に息が荒くなっていく。
ふと、唇を離すと、リンちゃんがあたしをベッドに連れて行った。
(あ……)
ベッドに腰かけると、リンちゃんが上着を脱いだ。中に着ていたTシャツから、包帯が巻かれた腕が見えた。
「リンちゃん」
「しー」
押し倒されながらキスをし合う。
「待って」
「いいじゃん」
「下にいて」
「……下?」
耳元で聞こえる笑い声がくすぐったい。
「じゃあ、ツゥが上?」
返事をしたくなくて、唇を重ねる。
「ははっ、……ツゥ」
抱きつきながらキスをして、その勢いのまま起き上がると、下心しかない手が、あたしの腰を撫で、そのまま、身につけていたジーパンを脱がし始めた。あたしも自ら脱ぎながらリンちゃんにキスを繰り返すと、リンちゃんがTシャツと下ズボンを脱ぎ、あたしを抱きしめた。自分でシャツのボタンを外そうとすると、リンちゃんがあたしの耳元で囁いてきた。
「待って。それ、私がやりたい」
「腕使うからだめ」
「やだ。やる」
リンちゃんがあたしのシャツのボタンをゆっくり外し始めた。あたしの性格を理解した上で、じっくり見つめながらやってくるから質が悪い。普段のあたしであれば視線を逸らし、いつもの如く逃げたことだろう。だけど、今は、もう、ここには、二人しかいないから。
リンちゃんがあたしを見つめて、あたしもリンちゃんを見つめて、ボタンが解かれていき、あたしのキャミソールが見えてくる。リンちゃんが変態のようににやけ、嬉しそうに、あたしの肩に顔を埋める。
「はぁ、すごい。ツゥ、良い匂い……」
キスをされる。唇が当たった首が熱くなった気がした。しかし、やられっぱなしは癪だし、腕を怪我しているリンちゃんには大人しくしててもらわなければいけない。
「ん」
あたしの手がリンちゃんの生腿をなぞった。
「おっと……」
リンちゃんが耳元で笑う。
「いいね」
「っ」
「煽るの、上手」
「はぁ……あ……」
「月子、これ、どこで覚えた?」
リンちゃんがあたしの後ろ髪を掴み、引き寄せた。
「妬くんだけど」
「過去の自分に妬くんですか?」
「……教えた?」
「されました」
「えー? ……こんなエッチな触り方、したかな?」
「されました。……何度も」
リンちゃんの頬にキスをする。
「触られました。沢山」
「いつが最後だっけ?」
「上京する前日」
「そっか。……そんな前か」
「会場でお母様に会いました。相変わらずお元気そうで……」
「うわ、なに今の手。どエロ」
「もう黙って」
唇を重ねる。
「大人しくして」
「いいね。その顔。……興奮する」
リンちゃんの唇が、あたしの首筋に触れる。あたしの指がリンちゃんの肌をなぞる。リンちゃんがくぐもった声を出した。あたしはゆっくりと呼吸した。心臓が激しく動き、ドクドク音を鳴らした。いや、その通り。これは毒だ。麻薬だ。リンちゃんに触れられるだけで、体が熱くなって、汗が噴き出て、体が震えて、痙攣して、また唇を寄せて、汗を落として、声を出して、乱れて、ぐちゃぐちゃになって、交わって――。
「……っ……」
「月子」
いつもふざけてる声が、真剣なものに変わる。そんな声で名前を呼ばないで。心臓が爆発しそうになる。
「震えてるよ」
「やだ……」
「ふふっ、……やなの?」
「んっ、はず、かしい、から……」
リンちゃんがあたしの腰を捕まえる。思わず、声が出る。
「んぅっ……!」
「ほら、月子、こっち見て」
「やだ、そんなに……見ないで……!」
「なんで? こんなに可愛いのに」
「恥ずかしい……」
「じゃあ……尚更見ないと」
唇が触れるだけで、胸が高鳴ってしまう。
「あー……すごい……。月子、ほら」
「あ、や、やだ、これ……」
「懐かしいね。これ、好きだったもんね」
リンちゃんがあたしの全てに触れてくる。触れられた場所から熱が現れ、どんどん侵食して、あたしの体全てを支配する。息が浅くなり、呼吸が乱れる。
正面からリンちゃんを抱きしめ、小さな声を彼女に耳に聞かせる。
「リン、ちゃん」
「ふふっ、なーに? 月子」
「とって」
「え?」
「あたしが、人の、道を、踏み外した、責任」
両腕で、リンちゃんを抱きしめる。
「リンちゃんが、取って」
「……わかったよ」
優しい声が、鼓膜まで響く。
「責任、ちゃんと取るから」
「……あっ……」
「月子も取ってね」
「あっ、リンちゃ……!」
「私をこんな風にしたのは、月子なんだから」
「あっ……!」
もう、お願い、許して。
(そんな、されたら……腕に負担が……!)
唇が重なる。
(かかるから……あっ……も……もう……リンちゃんの……ばかぁ……)
「月子」
「っ」
……全身に込められた力が抜けた時、たまっていた息を吐いた。その場に寄りかかり、ゼエゼエと呼吸を繰り返していると、リンちゃんの顔がまた近づいてきたから、ゆっくり瞼を閉じた。
――愛しい唇が、再びあたしの唇と重なった。
(*'ω'*)
目覚まし通知音がスマートフォンから流れ、あたしは即座に腕を伸ばし、スマートフォンの画面を見た。
(……8時……)
チェックアウト、11時だったっけ……。
(オフィス戻って……素材整理したデータを編集チームに渡して………どこ使うか打ち合わせして……いや、その前にお風呂入ろう。せっかくだし……)
起き上がると――あたしは裸であった。
(……ん?)
「んぅー……」
(ん?)
あたしは横を――隣で眠る西川先輩を見た途端、目がバキッ、と見開かれた。裸の西川先輩が眠そうに起き上がり、欠伸をした。
「ふぁああ……。……。おはよう。ツゥ」
ほっぺにキスをされる。
あたしは……記憶を辿った。
いや、待てよ。なぜ西川先輩がここにいるのだろう。昨日の記憶、あ、やばい。いつも3時間睡眠が5時間くらい寝たから、頭がぼうっとしてる。えっと……、あ……、待って、あったあった。思い出した。
これは、あれですね。つまり、
(泣いたテンションの勢いで、ヤッてしまった!!)
「……昨晩は、激しかったね。ツゥ」
(うぐっ!!)
「びっくりしたよ。ツゥがあんなことしてくるなんて」
(ふぐっ!!)
「まさか、ツゥに食われる日が来るとは思わなかった」
西川先輩が胸元に残った痕を撫で、もう一度あたしにキスをした。
「これは責任取ってもらわないとなぁ」
(グッサーー!!)
あたしは所持金の一万円を差し出した。
「これで勘弁してください」
「やだ」
「一万円ですよ!? あたしの一ヶ月分の食費ですよ!?」
「へぇ。私、一万円程度の女ってこと? ドーム埋めたのに?」
「せ、責任ってどうやって取ればいいんですか……!?」
「それはさ、やっぱり……」
西川先輩の言葉に、あたしは顔を引き攣らせた。




