第17話
というわけで、撮影スタッフとしてホテルへ直行。廊下を歩いてたエメさんと合流し、撮影のことを伝えると一部屋にメンバー全員が集合してくれた。
「えー、高橋は仕事の都合で不在なので、今回はあたしが撮影させていただきます。よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
「ではドアをノックするので、皆さんは自由に遊んでてください」
「誰ドア開ける?」
「あ、じゃあ私開けるよ」
スイが立ち上がった。
「スイさん、すみません、よろしくお願いします。ドアノックしたら、自然な感じで開けてください」
「あ、藤原さん」
「はい?」
「ちょっと聞きたいことあるんですけど、廊下いいですか?」
「ああ、構いませんよ」
スイと廊下に出ると、スイが言ってきた。
「あの、切り抜き動画って、秒数とかお伝えしたら、切り抜いてもらえたりするものですか?」
「え? あぁ、そうですね。お伝えいただければこちらで作ることはできますので……」
「その、今正直……数字が伸び悩んでて……」
「え……」
あたしは眉をひそめた。
「いや、スイさん……は……まぁ……そうですね、率直に言って……メンバーの中では一番登録者数も取れてません」
「はい、わかってます」
「でも、……そうですね、全て……数字に意味があるというわけでは……」
「……」
「あの……もしかして、握手会で言われたことですか?」
「あ、いや、ああいう人、結構いるので……」
「えぇ……そうなんですか? いや、あたしああいうの初めて見て……正直、酷いなって個人的には思ったんですけど……」
「もう慣れです。あれは。アンチコメントも結構、スイ多くて……」
「……スイさんは男性ファンが非常に多いです。この調子なら、全然大丈夫だと思いますけど……」
「それが……やっぱり……月ちゃんは歌もダンスも上手だし、でも、それに頼ってちゃいけないと思って……」
「……あ、それなら」
「はい」
「公平さも持って、誰かが中心となる企画をやるのはどうでしょう。それくらいなら、会議で提案できますよ」
「あ、ぜひお願いしたいです!」
「切り抜きも、実はスイさんの分は結構作ってるんです。再生数も取りやすいので、非常に助かってます」
「え〜嬉しい〜!」
「数字で伸び悩むのは皆さんにあることですからね。次の企画会議で議題として出させていただきますので」
「はい! ぜひお願いします!」
これは大事な意見だ。スマホにメモをして、忘れないようにする。
「それでは撮影するので、メンバーの皆さんに遊ぶよう言ってください。10秒後にいきます」
「わかりました!」
スイさんが部屋に戻った。あたしは10秒腕時計を見て数え、カメラをオンにした。ノックをする。
「は〜い!」
さっきとはまるで違う、可愛らしいスイさんがドアを開け、あたしを見て驚いた顔をする。
「あ! どうしたんですか!?」
「ライブ一日目お疲れ様です! 今日の感想と、明日の意気込みを聞きに伺いまし……」
「わははは!」
「助けてー!」
「え? なんですか?」
「あ、カメラさん! 駄目です! 今入ったら!」
あたしは転ばないように気をつけながら移動すると、エメさんとミツカさんがトランプで遊び、一方的に捕まえたゆかりさんを枕で殴る白龍がいた。
「あ、ゆかりんが!」
「助けて〜」
「わははは!」
「ちょっとやめなって月子〜!」
「ゆかりんが落ち込んで明日ライブ出来なくなるじゃん」
「ふえ〜ん」
「あ」
「あーあ! 泣かせた!」
「あーあ! ゆかりん泣いちゃった!」
「スイ先生! 月子ちゃんがゆかりちゃんを泣かせました!」
「も〜! 月ちゃん! 女の子には優しくって言ってるでしょ!」
「ちょっと待って!? 俺も女なんだけど!」
茶番劇を10分ほど続けていただき、切り上げる。
「はい! オッケーです!」
「はぁ」
「疲れた」
「ゆかりん、枕痛くなかった?」
「あ、全然平気」
「みっちゃん、ババ引きすぎじゃない?」
「ね! めっちゃ引いてた!」
「あ、ミツカさんベッド座ってください。で、えー、白龍さんも後ろで……ゆかりさんと……エメさんとスイさんも前でお願いします」
こうしないと身長の関係でカメラに映らない。白龍がスイを抱きしめる形でポーズを取る。
「はい、それでは、いきます。3、2、1……ライブ一日目、お疲れ様でしたー!」
「「お疲れ様でしたー」」
「今日のご感想と、明日の意気込みをお願いします! では、エメさんから!」
「はい、えっと……」
一人ずつコメントをしてもらい、メンバーに突っ込んでもらったり、頷いてもらったり、いかに真剣にライブに挑んでいたかを話してもらう。ファンのみんなはこのメイキング動画を見て涙することだろう。
「それでは最後に、白龍さん、お願いします」
「いや、まずは、本当にメンバーへお疲れ様と、ありがとうと、ドームへ連れて行ってくれたファンのみんなにありがとう、かな」
(おお、なんかアーティストっぽい)
「握手会も盛り上がったみたいだし、うん。誰も怪我せず、体調も健康で、いやいや、本当によかった」
「握手会ね」
「やばかったよ!」
「なんか盛り上がってたね! そっち!」
「月子のファンの人たちが怒ってたんだよ。今話題の彼女と別れろーって」
「えー、どう思う? 別れる?」
『ウーン、ソウダネ。別レルノハ、寂シイカナ』
「それAI!」
「これ見てる頃には本当に別れてるかもよ?」
「炎上してるんじゃない?」
「とりあえず! 無事に! 終わって! 良かったです! 本当に! 明日も今日に負けないよう、盛り上げて、みんなと楽しみたいと思います! ……終わり!」
「終わりならトランプの続きする?」
「あ、するー」
「スイ、枕投げやろ」
「やだー!」
「私も眠い」
わちゃわちゃした会話を2分ほどしていただき、あたしがカメラを止める。
「はい! オッケーです!」
「はぁ」
「疲れた」
「トランプ片付けるね」
「眠い」
「アイス食べたい」
「すみません。夜分遅くに! 明日もよろしくお願いします!」
「「よろしくお願いします!」」
「あ、水買いに行こ」
白龍が財布を持った。
「ついでに藤原さん部屋まで送ってくるね。各々解散で」
「はーい」
「お疲れー」
「もう部屋行って寝よ」
「疲れたー」
各々部屋に戻っていき、あたしと白龍——西川先輩が廊下の奥の自動販売機まで歩いていく。
「部屋どこ?」
「下の階です」
「送ってく」
「もう寝てください。疲れたでしょ」
「一人部屋?」
「いえ、二人部屋です」
「……」
「経費削減ですよ。先輩相手なら全然平気です」
「ツゥ」
「白龍さん、あたしツゥなんて名前じゃありませんが」
「私の部屋来れば?」
「ミツカさんとゆかりさんいますよね? 佐藤さんならわかりますけど、なんであたしが行くんですか」
「男と女が同じ部屋で泊まるって、よくないでしょ」
「仕事仲間で、上司と部下です。エロ漫画じゃないんだから」
「ちょっとお茶付き合ってくんない?」
「仕事がありますから」
自動販売機を通り過ぎた。
「え、あの、水……」
「下の階で買う」
「……ファンの方がいるかもしれませんよ」
「じゃあ隠れないとね」
「……買ったらさっさと部屋入ってください」
「んー」
結局水ではなく、アイスココアを買って、あたしと先輩の部屋に西川先輩が入った。パソコンを開き、SDカードのデータを読み込んでる待ち時間、二人でベッドに並んでアイスココアを飲む。
「ココアうま」
「……懐かしいね」
「あたしも久しぶりに飲んだ気がします」
「……あ、普段飲まないの?」
「珈琲なら」
「あーね」
パソコンを見る。15分以上はかかりそうだ。データ量も多いし、当然か。
「アイスココアさ……覚えてる?」
「何がですか?」
「ふし……高校の自動販売機にもあったでしょ?」
「あー。ありましたね」
「いちごミルクと一緒に置いてんの」
「あの茶色のやつですよね」
「そうそう」
「懐かしい」
「あの頃は、ドーム行くとか思ってなかったな」
西川先輩が窓を眺めた。夜景が綺麗だ。
「歌ってみたとか出してたらさ、そのうち本当に歌手になってみたいなって思ったんだよね。東京来てから尚更思った。オーディション受けてもいいところまでは行くけど、一年間のレッスン代とか意味わかんないこと言われるし、だったらボイトレ通いながら、配信で歌うしって、思っちゃうよね。どうしても」
「……歌い続けた結果です。努力が実ったんですよ。何事も継続って大事ですからね」
「ライブどうだった?」
西川先輩に顔を覗かれた。
「感動した?」
「過呼吸のミツカさんを撮ってたの、誰だか覚えてないんですか?」
「ああ、そうだった」
「……オープニングは見てました」
「うん。どうだった?」
「映像がすごかったです」
「あとは?」
「照明とか、音響も、あとサイリウムも」
「あとは?」
「皆さんも可愛かったです。アイドルというか、アーティストグループみたいな感じだし。パフォーマンスメインで」
「あとは?」
「ミツカさんは輝いてたし、スイさんは可愛かったし、ゆかりさんは個性出てたし、エメさんはダンスがキレッキレでした」
「……あとは?」
「……あのっ」
笑みを浮かべる西川先輩に振り返る。
「この話、ライブが終わった後にしませんか?」
「あとは?」
「明日もありますよね?」
「あとは?」
「あたしの何がいいんですか! 運営側の人間ですよ! 企画にも携わるし、マネジメントも今後少しずつ触れていく方針です! その方針のもとで、動画を編集していくんです! みんながライブで疲れて、ほっと一息つきたい姿も、自由にしている姿も、プライベートも何もかも、全部、ネタになればなるほど、あたしも高橋先輩も、うちの会社に雇われてる人間は、先輩達が嫌がっても撮影しますよ!」
「でもさ、タレントってそういうもんじゃん? それに私らの場合はプライベート隠したいから、顔もライブでしか出さないわけだし、ライブのみ顔出しアーティストコンテンツっていうの?」
「あたしはそれを利用する側の人間ですよ」
「クリエイターだよね」
「人っていうのは、近づきすぎると嫌なところが見えるものです。先輩は、あたしを美化しすぎです。そんな良い人間じゃありません。あたし」
「そうだね。六年も彼女の連絡無視する人だもんね」
「そうです。だから……」
「ねえ、一人感想言ってないよ。藤原さん」
西川先輩があたしと目を合わせて、笑みを浮かべながら、言ってきた。
「俺、どうだった?」
「……、……、……、……さ……さす……が……でした……」
「えー? なんてー? 聞こえなーい!」
「だぁぁああああ! 一番良かったですよ! 事前収録したオープニング音声も、一曲目の歌も、ダンスも、パフォーマンスも! 下手なプロのアーティストよりも、ずっとずっと華があって最高でした!」
「えー? あとはあとは〜?」
「高い音から低い音になるところとか! シャウトとか! 一対一のファンサービスとか! 抜け目ないところが流石でした! あと!」
「あと?」
「楽屋での立ち回り方とか、メンバーやスタッフに対する気遣いとか、コミュニケーションの取り方とか、流石元生徒会長とか、料理部部長とか、なんか、高校の頃からキレッキレだった先輩を思い出して!」
「……」
「……だから……そういうところは……やっぱり……」
——あたしは、また逃げる。視線を逸らす。
「……かっこいいな……って……とかは……」
だから、近づいてた影に気づかなかった。
「思ったり、思わなかったり……」
吐息を感じて、振り返った。
「だからって、同棲は」
唇が重なった。いつの間にか手が腰に回され、身はこちらへ寄せられ、瞼を閉じた西川先輩の顔が、間近で視界に入る。しかし、高橋先輩がいつ戻ってくるかわからない。あたしは先輩の胸を手で押し、唇を離した。
「ちょっと……」
「ごめん、無理」
「西か……」
また唇が重なる。
「先輩」
「今の顔、私の前だけにしてね」
「なんですっ……」
キスされる。
「ホテルなんですけど!」
「今はプライベート時間」
「あたしは仕事の時間です!」
キスされる。
「ちょ、ほんとに……」
「ちょっとごめんね」
「ちょおお!」
ベッドに押し倒される。
「先輩!」
「リンちゃん、って呼ばないの?」
「仕事中だっつってんだろ! いい加減にしないと!」
唇が重ねられる。
(〜〜っ、舌入れてきた……!)
舌と唇の音が耳に入ってくる。
(ちょ、本当に、これ、今、高橋先輩が戻ってきたら……!)
せめてスマートフォンを見ようと手を伸ばすと、その手首を掴まれた。
「んっ」
「今はダメ」
「れも、せ、先輩、もろってくるかも……」
「大丈夫。戻ってきたら戯れてましたって上手く誤魔化すから」
「れ、れも、れも……」
キスされる。
「あふっ……」
ゆっくり——舌が絡まる。
(……あ、これ気持ちいい……)
手が握られ、指が絡み合う。
(でも……仕事が……まだ……データ読み込んでるし……あ、舌動くの、びくびくする……ん……西川先輩……キスして……甘えてくるの……可愛い……わ、また……舌動いた……)
少し唇が離れ、吐息が肌に当たり、また深いキスをされる。
(先輩、お忘れですか……あたし、貴女に教わってるんですよ。キスのやり方……)
あたしの舌が動く。
(こうやって、やったりとか……)
「……ん」
(こうするといいって……貴女が……)
「……ん……」
(ん?)
西川先輩の手が、あたしのシャツの中に入ってきた。その瞬間、唇を離す。
「なんしゅか!!!」
「大丈夫、大丈夫、触るだけ」
「触るだけって……!」
西川先輩があたしの首筋を鼻でなぞってきた。
「ちょ、何……!」
「しー……」
「しーじゃな……」
唇を唇で塞がられ、西川先輩の手があたしの横腹を撫で、上になぞっていく。
(体、撫でるなぁ……!)
その間にも、舌が舌で絡められ、足は足で絡められ、指は指で絡められ、指は背中へ流れていく。
(ほんとに……も……何がしたいの……!)
「んっ……」
「……」
「ふぁ……ん……くぅっ……んっ……」
「…………………」
舌が温かい。動けば動くほど絡まり、逃げようとすれば捕まる。押してもだめ、引いてもだめ。指があたしの背中をなぞる。ブラジャーのホックに触れた。だから、手が、片方だけで、ホックを、――一つ、外した。
「んっ!?」
二つ、外した。
(ちょっ!!)
三つ目が外れ――ブラジャーの締め付けから、胸が解放された。その瞬間、あたしは思い切り西川先輩を突き飛ばした。
「エッチ!!!!!」
「ぐえっ!」
「触らないでください! この! ケダモノ!!」
「ちょ、ま、ごめんごめんごめん!」
あたしは枕を持ち、西川先輩を殴った。
「さっさと! 部屋に! 帰れ!!」
「わかった、わかったから!」
「明日も! あるんだから! さっさと! 寝ろ!!」
「わかった! 帰る! 部屋に帰りますから!」
両手であたしの頬を掴み、引っ張ってきた。思わず目を丸くすると――にやけた西川先輩が、あたしの額に本日最後のキスをした。
「明日、もっとかっこいい姿見せるからね」
「……ほんとに……ろくでもない……」
ブラジャーのホックを付け直すため、もたついていると、西川先輩が下心満載の笑みを浮かべ、手を伸ばしてきた。
「やろうか?」
「いや、もういいです。どうせ着替えるんです。さっさと部屋に戻ってください」
「ぐふふ。じゃあ戻るね」
にやつく西川先輩が立ち上がり、あたしに言った。
「明日ライブ終わったら、同棲の返事ちょうだい。ツゥ」
「……」
「じゃ、また明日」
そう言って、空っぽになったアイスココアのパックを二つ持ち、廊下に出ていった。あたしはため息をつき、その場で着替え始める。
データの読み込みは、残り一分だった。




