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第16話


 ライブ会場はRe:connectのファンで覆い尽くされ、今か今かと待ち構えている。関係者席を教えてもらい、カメラを持つあたしと先輩が死角に立った。すると、あたしのそばに座っていた女性が、あたしを一度見て——もう一度見て、肩を掴んできた。


「月子ちゃん?」

「え?」


 その女性の顔を見ると——はっと息を吸い込んだ。


「え、お、お母様!」

「やーん! 呼ばれてたのね! 久しぶりー!」

「あ、お、お久しぶりです……!」


 その場で軽いハグをすると、高橋先輩にきょとんとした顔で見られた。


「え、知り合い?」

「あ、はい! えっと……あっ」

「白龍月子の母ですぅ〜」

「ああ、白龍さんの! ……え?」


 高橋先輩があたしを見た。


「知り合いなの?」

「あ! えっと!」

「ああ、学生の時に娘と……」

「始まります!!!!!」


 会場が暗くなった。待ちきれない観客が一斉に興奮の声を上げる。モニターにオープニング映像が流れる。受話器の線が映し出される。


『あー、もしもし、こちら白龍月子』


 声がしたと同時に、悲鳴に似た歓声が上がる。


『本日メジャーデビューライブだけど、調子どう?』

『もしもし、こちら黒糖ミツカ』


 ミツカのファンが歓声を上げる。


『黒糖味のお菓子をい〜っぱい食べて、元気いっぱいです! ねえ、調子どう?』

『お海にぷかぷか浮いてます〜』


 男受けの良いスイの声がしただけで、野太い歓声が上がる。


『スイはゆ〜ったり、水に流されてます〜』

『ちょっとちょっと! メジャーデビューライブって時に、水に流されてる場合じゃないでしょ!』


 ゆかりのファンが発狂する。俺のゆかりん!


『今日は今までとは規模が違う、ドームでのライブだよ! エメちもそう思うでしょ?』

『そうだね。ゆかりん!』


 エメの声が響き渡り、一人が気絶して椅子に座った。


『みんなと繋がれるのはこのドームだけ。今日はい〜ぱい楽しもうね!』

『では、接続準備はいいかな?』

『いつでも』

『はい〜』

『任せて!』

『いっくよ〜!』

『我々、Re:connect、ドームライブへ、接続開始!』


 ライトが消えた。暗闇がドームを包む。しかし、次の瞬間、大きくライトが弾け、星が爆発するように輝き、観客が歓声をあげれば、ステージが輝き、五人が一斉に飛び出てくる。スピーカーから大音量のメロディが流れ、五人の歌声がこのドームにいる全員の耳へと入っていく。刺激された観客はそれ以上の声を上げる。サイリウムがBluetoothの仕掛けで曲に合わせて色を変わり、近場にいたファンと目が合った五人はそれぞれ歌いながらファンサービスをしていく。一人が泣いた。一人が目を輝かせた。一人がカメラを向けた。一人が唖然とした。一人の興奮が宣伝してライブを作り上げる。汗を流すアーティスト、涙を流す観客、操作する音響スタッフ、裏で流れを確認して監督するプロデューサー、走るスタッフ、見守る運営スタッフ。


(これなんだよ)


 みんなで一つのものを作り上げる興奮、わくわく、衝動感。


(これ……なんだよ……!)


 あたしが求めているもの。辛くても動画編集を続けている理由。


(この光を、いつまでも見ていたいから)


 編集していた動画のアーティストがステージに上がり、ファンに囲まれ楽しむ姿。みんなが楽しむ、Win-Winになる姿。


(あぁ……やってよかった……)


 大粒の涙が溢れ出る。


(本当に……仕事……辛いけど……頑張ろう……)


「すみません、高橋さん、藤原さん!」

「「はい!」」

「トラブルです!」


 ……。


「佐藤さんがいるので、来てください!」

「ふじっち、カメラ構えろ!」

「あら、大丈夫?」

「お母様、また後で……」


 メジャーデビューライブで気合いが入ったコンサートライブ。客が倒れる、気絶する、体調不良者続出。急いで駆けつけて、トラブル処理。


「遅刻してきただけでどうして会場に入れないの!? 運営呼んで! 運営!」

「第二幕で入れますから……」

「運営呼んで!」

「機材がねぇ!」

「道具がねぇ!」

「どこに置いたか検討つかん!」

「衣装もねぇ!」

「人もいねぇ!」

「トラブル発生混乱中」

「俺らこんなトラブル嫌だ〜」

「運営を呼ぶだ〜」

「報告さするだ〜」


 あたしは楽屋に入り、部屋中を見回す。そして、小道具を掴み、大声を出す。


「楽屋にありましたぁー!」

「ふじっちナイス! ありました!」

「ありがとうございます!」


 制作スタッフに小道具を渡し、先輩があたしに声をかけた。


「ふじっち! カメラを下ろすな!」

「え?」

「仕事だ!」

「衣装こちらです!」

「高橋さん、ありがとう!」

「音響、音響、こちら野口です。そのままフェードで。モニター、次の準備」

「タレント通りまーす」

「水渡して!」

「社長到着しました!」

「サイリウム色変えて!」

「12曲目行きます!」

「次の衣装用意して!」

「準備いいです!」

「ごめんね、通るね〜」

「はい、人通りま〜す」

「酸素持ってきて! ミツカさん過呼吸です!」

「照明落として!」

「ライト行きます!」

「佐藤さん、私もうダメぇ〜! ふえーん!」

「大丈夫です! ミツカさん! すっごい輝いてますから!」

「ミツカミツカミツカ!」


 白龍が佐藤さんからミツカさんを引き剥がし、連れて行く。


「次ソロ!」

「ふえーん!」

「18曲目いきます!」

「衣装OKです!」

「タレント通りま〜す」

「映像いきます!」

「サイリウムいきます!」

「エフェクトいきます!」

「パイロいきます」

「GO!」

「スイさん通ります!」

「効果いきます」


 足音ばたばた。焦る人続出。それでもやり遂げるプロの現場。光に当てられパフォーマンスをするアーティスト、その陰で支える大勢のスタッフ。誰が偉いとかではない。みんなで作り上げるのだ。そして、その先頭に立つのが、Re:connectのリーダー。白龍月子。


『歌い手として本格的にデビューして六年。最初は一人で。でも仲間がいないと寂しいと思って、ミツカと、スイと、ゆかりと、エメを見つけて、五人で活動を始めて、ようやく、メジャーデビューまで行くことが出来ました。でも、それは俺やメンバーだけの力じゃなくて、裏で支えてくれてるスタッフさんの力もあってこそ、そして、応援してくれるみんなの力があってこそ』


 サイリウムが振られる。


『今日は、みんなのお陰で、楽しいライブができました』


 拍手と歓声が響くドーム。


『この気持ちを忘れず、これからも活動していく俺たちを、見守ってください』


 ラストソングが流れ出す。


『今日は本当にありがとう!!』


 華やかなライブ締め。拍手と歓声が鳴り止まない。歌声が演出効果と共に弾けていく。観客はその圧倒的な演出に感動を買う。クリエイターはその圧倒的な演出で感動を売る。


 泣き、笑い、涙でいっぱいにした笑顔で幕を閉じるライブ。その裏の、涙でぐちゃぐちゃになった姿を、今は映さないでくれと、5年間頑張ってきたメンバーで集まって抱きしめあいたいんだという姿を、


「ふじっち、動画として欲しい素材を撮れ。お前の仕事だ」


 記録として残すのが、映像制作チームの仕事だ。


 Re:connectのメンバーが抱きしめ合って泣く姿をカメラに映す。スタッフがその周りで拍手をする。汗だらけで、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃな素材は、感動を売るのに最高だ。しかし、ちょっと不満がある。白龍月子だけ泣いてない。汗だくだが、みんあの背中を叩いて、笑顔で伝える。


「みんな! 明日もあるから!」

「ふえーん!」

「怖かったぁー!」

「ぐす! ぐす!」

「……っ」

「明日がラストだから! 体力温存して! あと! この後握手会もあるから! すぐ涙拭いて!」


 リーダーとして、テキパキ指示をして、次、次と進行していく。その姿も素材として撮る。


「握手会始まります! 移動お願いしますー!」

「「はい!」」

「ふじっち、スイさんとエメさん。俺白龍さんとミツカさんとゆかりさんね!」

「了解です!」


 各自カメラを持って走る。あたしは担当のスイさんとエメさんがいるテントに入り、隅で置物のようにカメラを回す。


「スイちゃん! メジャーデビューおめでとう!」

「エメち超可愛かった!」

「スイちゃん、俺この日のために受験頑張ったんだ!」

「エメち、大好き! 大好きぃー!!」


 ファンの様子もしっかりと映像に残しておく。これが握手会というやつかぁと思って眺めていると、スタッフが隣のテントに走ってるのが見えた。


(ん?)

「裏切り者ーーーーーー!!!!」


 とんでもない怒鳴り声が聞こえて、急いでカメラを向ける。


「彼女と別れてよ! 別れてよ!! 別れてよーーー!!!!」

「きゃーーーーーーーー!!!!」

「月子のばかーーーーー!!!!」

「ちょっと、警備員さん!」


 警備の人にファンが言った。


「あれ大丈夫なの!?」

「は、はぁ」

「ちゃんとメンバー守ってくださいよ!? 事件なんかあったら、心配で会社行けなくなっちゃうよ!」

「また来るからね。スイちゃん」

「エメちゃん、変なファンに気をつけてね」

「アンチに負けないでね」


 Re:connectが好きで握手会付きのチケットを買ったファンが繰り返しやってくる。中には良いファンもいて、中には、


「お前いつになったら引退するの? お前がいなければもっと良いアーティストになれるのに」


 そう言って通り過ぎる40代の男性ファンもいる。


(なに今の言葉……。そんなこと直接言うために握手会付きチケット買ったの……?)

「スイちゃん! 会えてうれし〜!」

「エメち〜!」

(うわぁ、泣きたくてもこれ泣けないじゃん……。やば……)


 だが、人の不幸は蜜の味。今のもしっかり映像で残ってる。やたらと隣のテントから悲鳴やら叫び声が聞こえる。そのたびにここからカメラを向けたり、またスイさんやエメさんの記録に戻ったり。


「月子死ねーーーーーー!!!!」

「裏切り者ーーーーーー!!!!」

「さっさと別れろーーー!!!!」


(……これは隣のテント、大変そう……)


 長時間の握手会が終わり次第、タレントは解散。近場のホテルまでタクシーで移動し、スタッフのあたし達は——明日の打ち合わせ。


「明日も同じ要領でやっていきます」

「明日ライブ終わり次第片付けになります。動きが……」

「トラックが来るのが21時になるので」

「ふじっち、先にカメラ持ってホテル行って。最終日にかけての一言と、枕投げして遊んでるところ撮ってきて」

「先輩は?」

「社長が佐藤さんとプロデューサーと飲むから付き合えって」

「……」

「仕事って言ってお前を逃してやるんだ。良い素材撮ってこいよ。割とマジで」

「お先に失礼します」

「ったくよぉ……だから中間管理職は……」

「握手会大丈夫でした?」

「いや、もう、すさまじかった。お前素材見たらびっくりするよ。白龍さんが一番奥の席で正解だった。もう、白龍ファンがさ、すごかったんだよ。彼女と別れないなら一緒に死ぬみたいな人が五人いて」

「五人!?」

「別れろって叫びながら殴りかかろうとした人が四人」

「四人!」

「いや、でも、うん。すごかった。白龍さんのファンサービスもすごかったし、その場で腰抜かして立てなくなった女の子も何人もいたし」

「……」

「あれさー、男だったらどうなってたんだろうな。全員ジャニーズの追っかけくらい熱狂的なファンだったし」

「ジャニーズのライブ行ったことあるんですか?」

「ない」

「ないのになんでわかるんですか」

「ジャニーズのファンあんな感じだろ」

「違いますよ! ……多分」

「いやぁ、まじで……すげぇな。ネットって。だって、配信でやってたんだろ? 5年間。いやぁ……時代だなぁ……」

「……」

「じゃ、撮影頼むな」

「……はい」



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