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第15話


 〜準備中〜


『はーい、こんばんはー。みんなのハートを射止める女王蜂歌い手、白龍月子ですー。元気ぃー?』


 >蜂!

 >蜂!

 >今東京!

 >明日のライブ楽しみ!


『あ〜! 飛行機予約した!? ありがとう! 最高のライブにできるよう、みんなボイトレ頑張ってたからさ』


 >動画やばかったww

 >白龍バグってたんだけどwwwwww


『いや、あの日はね! あの日の収録やばかったんだよ! なんか、テンションとモチベーションが一気に上がった日だったからさ!』


 >なんかあったん?

 >爆笑しすぎて腹痛かったwwww


『あの動画ね、100万回いきましたからね。ありがとうございます。本当に、見ていただいて。編集の仕方も良かったよね。テンポ良くて。あの日はね、うーん、これライブ前に言って良いものかね。彼女にさ、収録頑張ってくれたら今日配信に出てくれるって言われたんだよ』


 >!?

 >彼女出るの!?

 >彼女の歌い手デビューか!?


『というわけで紹介します。うちの彼女を。さっきまでずっとイチャついてたからさ。ね!』

『ウン、ソウダネー』


 >あっ…

 >それ課金制の……


『俺ら超ラブラブだもんね』

『ン? ラクラクッテ、ナーニ?』

『ラクラクなんて言ってない。ラブラブだねって言ったの』

『へエ、ラブドール持ッテルンダネ。イイネ』

『いや、ラブドールなんか持ってねえから』


 >AI彼女www

 >そうか、白龍の彼女はAIだったのか……

 >え、AI?

 >ラブドールwwww


『ラブドール持ってたらやべえ奴だろ俺。この体で生まれた以上はラブドール持ってても意味ねぇんだわ。何もできねぇんだわ』

『エ、何ガ何モ出来ナイノ?』

『ちょっと話題変えようかー!!!』


 その晩、白龍月子の配信はAI彼女に振り回される白龍のぽんこつな姿が見られて、かなり盛り上がったそうだ。その間スタッフのあたし達は会場にて最終打ち合わせ、各自の仕事内容、当日の動き、撮影する素材、企画についての確認、確認、確認——。


 翌朝。


(ライブってさ……もっと楽しくてわくわくするようなもんじゃないの……)


 チケットを買った観客達は、この日のために仕事や学校、日々を頑張って暮らし、今日という日を迎えた。この日のためにライブ映像を作った動画編集者、音響スタッフ、制作スタッフ、及び企画運営会社の努力は——並外れたものではない。


(三日連続三時間睡眠は堪えるぅ……ふわぁ……)

「おう、お疲れ」

「メガシャキスルです」

「助かるー」


 二人で一気飲みして、深い息を吐く。


「ライブってこんなに疲れるんですね……」

「まじで右も左もわからん」

「ライブスタッフって笑顔の素敵な陽キャがやるイメージだったんですけど、納得しました。これは陽キャにならないとやっていけないです」

「俺カメラやるからドア開ける役やって。あと俺がブレないように腰支えてて」

「了解です」


 楽屋のドアをノックし、すでに顔面の準備が整ったメンバーに朝の挨拶をする。


「おはようございます〜!」

「「おはようございますー!」」

「メジャーデビューライブおめでとうございます!」

「「ありがとうございます〜!」」

「……っていう下りの撮影したいんですけど、いいですか?」

「大丈夫です〜!」

「ちょっと待って! 髪が!」

「髪やりながらの方がいいよ。そっちの方がリアルだから」


 アイロンをかける水城スイに白龍が伝え、周りを見る。


「メイクは大丈夫だよね?」

「あ、動画では隠すので大丈夫ですよ!」

「ああ、助かります」

「はい、では、今の感じで入ってくるので、テンションだけ、なんかもちゃもちゃやってる感じでお願いします。アイドルっぽく」

「は〜い」

「ふじっち」

「はい!」


 あたしがドアを閉め、もう一回ノックをする。高橋先輩の腰を掴みながら、ドアを開ける。


「おはようございます〜!」

「「おはようございますー!」」

「メジャーデビューライブおめでとうございます!」

「「ありがとうございます〜!」」

「ファンの代わりに、ライブ前の様子を見にきたんですけど、どうですか? スイさん!」

「必死に髪の毛に伸ばしてます〜! いっぱい可愛い姿をお見せできるよう、この、アイロンで! 頑張ってます!」

「ミツカさん、どうですか」

「これ見てください。黒糖味のお菓子の差し入れがいっぱいなの! もー、みんなありがとう〜! 大好き!」

「あれ、エメさん何やってるんですか?」

「心配すぎて人の字をたくさん飲み込んでました!」

「緊張和らげるやつですね! 結果はどうですか!?」

「全然和らぎません! みんな、まじであれ嘘!」

「ゆかりさんは……食事ですか?」

「おはんはへへはふ!」

「お腹いっぱいにしてライブ挑んでください! あ、白龍さんだ!」

『ライブナンダネ、頑張ッテネ』

「ライブ頑張ったらさ、一緒に住んでくれる?」

『ウン、エヘヘ、ジャア親ニモ挨拶行カナイトネ』

「え、一緒に住むだけで親に挨拶に行くの?」

『ウン、親ニ挨拶……何シニ行クノ?』

「ねえ! うちの彼女変なんだけど!」

「髪の毛上手くできな〜い!」

「お菓子いっぱ〜い!」

「誰か緊張解く魔法教えて〜!」

「ほはんおうひいほほへ!」

「以上、楽屋でした〜! 」


 10秒ほどカメラを回し続け、止める。


「はい! オッケーです!」

「ありがとうございまーす」


 騒いでたメンバーがスン、と静かになり、各々が準備に戻った。スイさんがあたしに振り返る。


「あの、藤原さん、すみません、髪の毛持っててもらってもいいですか?」

「あ、手伝いますよ!」

「すみませ〜ん!」


 スイさんがスプレーで髪の毛を固める。いやいや、プロですなぁ。


「なんか他に手伝えることありますか? あ、お菓子の箱開封して捨ててもいいですか?」

「え〜! めっちゃ助かります!」

「やっときますね!」


 山ほどあるお菓子をカウンターの端っこに置き、差し入れ。ご自由にどうぞ! と付箋を貼っておく。


「誰か衣装手伝って〜!」

「エメさんやりますよ!」

「わ〜! 藤原さん! ありがとうございます!」


 ドレスのチャックを上に上げる。ああ、これは繊細な作業だ〜!


「ねぇ、歯ブラシ知らない?」

「ここにありますよ!」

「藤原さん、すみません!」

「荷物も整理しておきますね!」

「うわわ! それは自分でやりますよ!」

「大丈夫です! 鞄は触りませんから! ご自身のことに集中してください!」

「うわ〜、すいません!」

「みんな」


 白龍が全員に呼びかける。


「スタッフも大変だからさ、各々荷物は自分のところまとめて。で、出してるものもわかるところに置いて。終わってからで良いから」

「「は〜い!」」

「挨拶、お礼、絶対だからね。当たり前じゃないからね」

「「はいっ!」」

「すみません、藤原さん」

「いえ、そのために派遣されてるので!」

「高橋さん」


 データの確認をしてる高橋先輩の隣に白龍が座る。


「ライブ終わった直後とかもカメラ回してもらえますか? メイキング用に」

「大丈夫です。そのつもりです」

「助かります。お願いします」

「念の為、藤原にもカメラ回してもらうんで」

「2カメで行きます」

「ライブ映像のおまけみたいな感じで入れる用と、TikTokとYouTube用にも撮影します」

「お願いします」


 打ち合わせをしつつ、メンバーの様子を見回る白龍の姿は、まさにグループアーティストのリーダーそのものだ。


(……あー、なんか……)


 ——ツゥ、始業式で読むスピーチ大丈夫か聞いて! もう何が正解かわからなくてさ!


(……あー……)


 ——今日から新しい学期が始まります。我々、学生一同、入学式に向けての心の準備を……。


(……思い出に浸っている場合じゃない。雑用! 雑用!)

「藤原さん、ちょっと手伝ってもらえますか?」

「あ! 何やりますか!」

「ちょっと楽屋出まーす!」


 白龍が一言かけて、あたしと一緒に楽屋に出る。スタッフが通る廊下を渡り、女子トイレに入り——ぎゅ、と、抱きしめられた。


「……なんですか、これ」

「本番前の緊張ほぐし」

「いや、もう、そういう状況じゃないんで、これ」

「いやぁぁああああ無理無理無理無理! プレッシャーでおかしくなるって!!」

「何言ってるんですか! 生徒会長の時を思い出せばいいんですよ! スピーチと一緒ですって!」

「いや、ライブとスピーチは全然違うから!」

「えー……」

「誰か入ってきたら慰めてもらってましたって言うから」

「えー……」

「いや、無理。もう、ごめん。しばらくこうさせて」

(しばらくって……)


 トイレの扉を見つめる。


(誰も来ませんように……)


 深呼吸する西川先輩の背中を優しく撫でる。あたしにはこれしかできない。あとはもう、自分でなんとかしてもらうしかない。大人なのだから。


「……ツゥ、さっきのさ」

「え?」

「さっきの、AI彼女に言ってたやつ」

「……え、なんか言ってましたっけ?」

「ライブ終わったら一緒に住もうってやつ」

「……あー、なんか言ってましたね。そんなこと。……AI彼女考えましたよね。あれなら確かに彼女ネタをAIに置き換えてできなくもない……」

「一緒に住もう」


 強く抱きしめられる。


「もう、無理。ツゥいないと、本当に、無理」

「……いやいや、ははっ、またまた……」

「住みたい」


 腰と頭を強く、——強く掴まれる。


「側にいてほしい」

「……その話、ライブ終わってからにしません?」

「……」

「今、ライブ前だから緊張でみんなおかしくなってるんですよ。ちゃんと冷静な時に」

「次の更新いつ?」

「……」

「いつ?」

(……今月だよ。ちくしょう……)

「……わかった、じゃあ、ライブ、頑張るから」


 耳に囁かれる。


「感動したら、一緒に住もう」

「……二人暮らしって大変なんですよ、配信中にあたしが帰ってきたら、どういう誤魔化しをするつもりですか?」

「ドア聞こえないから大丈夫」

「いやいや、ファンは聞いてますよ。そういう細かいところも」

「彼女いるって公言してるし」

「いや……そこは、運営側として言わせていただきますけど」

「好き」

「あの」

「愛してるから、ライブが感動したら一緒に住んでください」

「女子トイレで告白ですか?」

「告白じゃない。愛の交渉」

「臭いですよ。トイレなだけに」

「あはは! これ面白いな! 配信で言ってもいい? これ!」

「……あのですね」

「ん?」

「配信で言って良いかと聞かれたら、あたし個人としてはNOです。ただ、彼女に翻弄される白龍が面白くて最近来ているファン層が目立ってます。なので、運営側としては、どんどんしてください。なので」

「……」

「……お任せします。これに関しては」

「……ツゥ……」


 両頬をむにっと両手で挟まれる。


「今すっごい可愛い顔してた」

「いいですから、そういうの」

「なんか、むくーってしてたって! ぷうってしてたって! 今! 可愛い顔だったって! 今の!」

「そろそろ誰か来ると思うので! 戻りましょう!」

「あー、時間は早い。もう。早い早い」


 手を離され、ようやく解放される。トイレから出ようとした時、耳元でもう一回囁かれた。


「感動したら同棲。決まりね」

「……」


 あたしは黙ってドアを開けた。廊下には、忙しそうな人たちが準備のために廊下を駆けていた。



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