第11話
あたしは居酒屋の個室で土下座をした。
「お願いします! もう一度チャンスを!」
『白龍月子のアカウントの登録者数が50万人行ったら、西川先輩と同棲します』
「ぬわー! 情けない声が個室に響き渡るー!」
「約束は約束だから」
完全に悪者の笑みを浮かべる西川先輩がスマートフォンをあたしに見せつける。
「社会人として、責任はちゃんと取らないとねぇ?」
「こ……こんなこと……だ、だって……5年……5年かかって……20万人だったんですよ……?」
「いやー、アニメーションMVの力ってすごいねー。私もびっくりした」
「何したんですか……?」
「動画がバズっただけ」
「サクラを雇って再生させたとか」
「私をなんだと思ってるの?」
「だって……ありえないじゃないですか! こんな、約束したばかりで……短期間で……!」
「ありえないことが起きるのがこの業界だよ」
西川先輩が手の上に顎を乗せ、あたしを見つめた。
「同棲」
「いや、ま、待ってください……」
『白龍月子のアカウントの登録者数が50万人行ったら、西川先輩と同棲します』
「そ、そんな急に、言われても……!」
『白龍月子のアカウントの登録者数が50万人行ったら、西川先輩と同棲します』
「わ、わかりました! 部屋の更新まで待ってください!(あと二ヶ月だけど、来年って言っとこう!)来年なんですけど!」
「ねえ、月子、この短期間で、50万人いくってすごいよね」
「……」
あたしは姿勢を正した。
「私の努力だと思うんだ」
「……はい」
「5年、……高校時代入れて7年? かかってるからさ。一応」
「……そう、ですね」
「これからもっとすごいことになるよ。団結力だけはあるから。うち」
「……それなら、マスコミとかにも注意しないと駄目ですね。こういうところ見つかったら売られますよ」
「いいんじゃない? レズビアンだって公表してるし」
「炎上しますよ」
「炎上した方が登録者増えるんだよね」
「……」
「ね、少しくらい、私の頑張りに答えてくれてもいいんじゃない?」
冷や汗が垂れる。体が震えてくる。西川先輩が満面の笑みを浮かべて言った。
「今夜うち泊まってってよ」
「……明日も、仕事が……」
「いつもより通勤時間少なくなるよ。よかったね。着てない服いくらでもあるから、着てっていいし」
「……」
「ツゥ」
もう一度、西川先輩が再生した。
『白龍月子のアカウントの登録者数が50万人行ったら、西川先輩と同棲します』
「……」
「私、だいぶ優しいと思うよ。だって、今すぐ引っ越してこい、じゃなくて、とりあえず今夜泊まってほしいって、言ってるだけなんだから」
「……いや、お泊りもなんか……」
あたしは一歩分、先輩から離れた。
「行って……何されるかわからないので……」
「私、そんなに信用ないの!?」
「恋人の写真壁一面に貼るって、ヤバイですよ。あれ、割と本気で」
「いいじゃん。貼っておくと配信中いつもツゥのこと見れるんだもん」
「怖すぎます」
「ね、泊まるだけ。今夜、一晩だけ」
眉を下げられ、手を握られる。
「ツゥ」
(……泊まるだけ……だもんな……)
あたしはため息を吐き、覚悟を決めた。
「わかりました。今晩だけです」
「っ、ツゥ!」
「今晩だけです!!」
「今晩だけでもいい!」
西川先輩の目がキラキラ輝く。……やめてください。そんな嬉しそうな目であたしを見ないでください。
「よし、じゃあ行こう! お会計!」
「え、た、食べ物、まだ……」
「そんなのうちで食べればいいから!」
「え、あ、で、でも、せんぱ……!」
手を引かれるままに、店から出ていく。高校の頃は、もっと違った。人前で手を繋ぐこともなかったし、帰り道は恋人、というより、仲の良い先輩後輩、もしくは、友達の姿だった。
「うちに飲んでないワインあってさ、それ飲もう。食べ物もあるから」
「あ、い、いいですねぇー……」
人の多い道で、手を繋ぐ。もう大人の女が二人。だけど、気にする人はいない。酔っ払ってると思われているだけだし、ここに知ってる顔は誰もいない。
(これ、ついていって本当にいいんだよね……?)
タワーマンションに到着する。
(一晩泊まるだけだよね?)
部屋に案内される。
(大丈夫だよね?)
「ツゥ、先シャワー入りな。出かける前にお風呂も入れておいたから」
「あ、ありがとう、ございます……」
体を洗いながら思う。何もないよね? 寝るだよね?
「これパジャマ」
「ありがとうございます」
「ワイン飲む?」
「あ、えっと、お水でいいかなー」
「たい焼き食べる?」
「あ、よきー」
泊まるだけ。
「これ歯ブラシ」
「ありがとうございます」
寝るだけ。
「あの、どこで寝たらいいですか?」
「あー、こっち」
「こっちですか?」
寝室に入ったら、
「あれ、でもここ、先輩の寝室じゃ……」
天井にあたしの写真が貼られた、西川先輩の寝室。
質のいい巨大なダブルベッドに――無造作に押し倒された。




