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戦いに勝つということ

 大ムカデを倒しても、モンスターはまだまだたくさん残っていた。

 戦い自体は夕方までみっちり続いた。


 俺とリコは大ムカデが倒されたのを見届けた後、すぐさま持ち場に戻った。

 少なくなった守備隊の穴を放置しておくわけにはいかない。


 日が傾き始めた頃には敵の進行は殆どなくなった。

 王立騎士団が街の周りに残ったモンスターを狩るくらいで、俺たちは防壁の上で座り込んだまま、万一に備えているだけだった。


 3日目の夜、王立騎士団と例の騎士が街の周りを巡回する中、魔石による明かりの無い真っ暗な夜が訪れた。

 モンスターの襲撃はなかったものの、俺たちは防壁の上で不安な夜を過ごした。


 そして、何事もなく朝が来た。


 朝日とともに、平原が東から照らされていく。

 街の防壁を包み込むように積み上がったモンスターの死骸が照らし出される。

 うごめくものは何一つ無い。


 誰かが大声を上げた。

 歓声が街を包み込んでいく。


 ようやく、カリストレムは襲撃が終わったことを確信した。


 俺は鞭を使って防壁を飛び降りる。


 リコは?

 リコは無事だろうか。


 北門を挟んで反対側、リコが毎回消えていく先に向かおうとした瞬間。

 喜び合う人々の中、音が消え、リコだけがスローモーションで見えた。


「ケーゴ!」

「リコ!」


「勝った! 勝ったよ!!」

「俺達の勝ちだ!」

 リコと抱き合いながら高笑いする。


 睡眠不足と、恐怖からの開放で俺もリコも少しテンションがおかしい。

 リコは笑いながら泣いてる。

 しばし、二人で笑ったり、叫んだりしたあと、リコが訊ねた。


「ヤミンは?」


「戦いの間は見てない。」

「探しに行きましょう。」リコが真顔になって言った。

「そうだね。早く会いたい。大丈夫、後列だしきっと無事だよ。」俺は言い聞かせるように言った。


 ヤミンがどこに配置されたかは分からない。

 後列の隊を一つ一つ訪ねて街を回る。


 街を歩くにしたがって、払った犠牲も大きかったということが解ってきた。


 北門が一番激戦地で、多くの死者が出ていたことは知っていた。

 しかし、他の場所も熾烈な戦いだったのは変わらなかったようだ。

 むしろ、守備兵の人数が少ない分、被害は甚大だった。

 カリストレムから来た強い冒者たちが途中から北門周り現れなくなったのも、完全に瓦解してしまった街の防衛線に組み込まれてしまったからだということが解った。


 後列隊も同じだ。

 飛行タイプや、街中へ抜けてしまったモンスターの対処は後列の役目だったが、魔法使いや弓師だけで、モンスターと直接対峙することはかなりの危険を伴う。

 多くの魔法使いや弓師たちが命を落としていた。


 周りは歓声で騒がしいが、俺もリコもヤミンを探して誰かに話を聴くたびに不安が募っていく。犠牲の多さに心が暗くなる。


「ケーゴ! リコ! 無事だったか。」


 後ろから声を駆けられた。

 ヴェリアルドとカシムだった。


「二人共無事でしたか。」

「ああ。ダダウとダダマルも無事だ。そっちは? ヤミンはどうした?」

「見つからないんです。カシムさん、知りませんか?」リコが懇願するように訊ねた。

「昨日までは生きていた。一昨日の夜、別れてからは見ていない。心配するな。大丈夫だ。弓兵は前衛ほどには死んではない。」カシムがフォローでもしているかのように言った。

 それ、弓部隊も結構死んでるって言ってるようなもんじゃないか?

「ヤミン・・・。」リコの表情に増々不安が現れてきた。

「すみません、俺たちはヤミンを探しに行きます。」

 俺とリコはそう行ってその場を去った。

「俺たちも探しておく。」ヴェリアルドが俺たちの背中に声をかけてきたので、振り返って礼をすると、俺たちはヤミンを探して歩みを進めた。




「ケーゴ!」


 次に声をかけてきたのはスージーたちだった。

「スージー、リック、レック! 無事で良かった。」

「そっちこそ無事で良かったよ。」リックが俺に手を差し出したので握り返す。「リコちゃんも無事で。」

「ええ、みんな無事で良かった。」リコはそう言うがヤミンのことが気になっていて口調が硬い。

「本当に来てくれてありがとう。おかげで街が助かりました。」俺はリックに礼を言う。

「大したことはできてないさ。」リックが謙遜する。

「そんなことよりも市長に魔石を売った時はナイスだったよ! お前はあの場を去ろうとしただけで、市長に魔石の購入の意思があることを口にさせたわけだからね。恐ろしい男だよ、お前は!」

 そこまで考えてない。

 買いかぶり過ぎにも程がある。

「スージー悪い。仲間が見当たらないんだ。ちょっと探しに行ってくる。」

「・・・そうか。見つかるといいな。」スージーはさっきまでのはしゃぎテンションから、スッと真顔になって言った。

 俺たちは黙って頷くとスージーたちに手を降ってその場を離れた。




 ヤミンを探しながら、後方部隊の行方を追っているとまた、北門にまで戻ってきてしまった。

 依然、ヤミンの情報は入ってこない。

 不安がどんどんと募っていく。


 北門には、負傷者や死体を運ぶのを指示している見慣れた人影があった。


「ニキラさん!」


「ケーゴ! 良かった、無事だったか。お前のおかげでこの街が守れたぞ!」

「こちらこそ。ニキラさんたちのおかげで街が守れました。手伝ってくれたみなさんもありがとうございます。」

「ありがとよ。ガルブレスも浮かばれるよ。」

「ガルブレス?」

「こっちの話だ。」

「そんなことよりヤミンを見かけませんでしたか?」

「どこを探しても見つからないの!」

「・・・西に駆り出されたのかもしれん。防衛線の穴埋めに後列部隊が回ったと聞いた。」


「!!」


 リコが西に向けて駆け出した。

「リコ!!」

 俺も慌てて追いかける。


 ヤミンには防御系のスキルなんてない。

 前線になんか回されていたら生きていられない。


 俺もリコを追いかけて西門まで休むことなく駆け抜ける。


 西門の近くには、多くの死体が積み上がっていた。


 誰かが泣きながら勝利の報告を死体の山に向けて叫んでいる。

 神官が物言わぬ彼らのために一生懸命祈っている。

 血まみれの鎧を身にまとった冒険者が仲間を思ってひたすらに涙している。

 死体の山の中に父親の姿を見つけた母子が泣きながら山からだらりと垂れた手を握っている。


「ヤミン!」

 リコが叫んだ。


 死体の山の横には、きっと俺たちの事を探しに来ていたヤミンが泣きそうな顔で立っていた。


「ケーゴっ! リコっ! 探したんだよ! 探したんだよっ!」


 俺たちを見つけて走ってきたヤミンがバッと俺たちに飛びついてきた。


「無事で良かった!」


 ヤミンを二人で受け止め、3人で抱き合う。


 生きてる。

 動いてる。

 存在を感じる。


 最初にリコが泣きだして、ヤミンが泣いて。

 俺も少しだけ泣いた。


 遠くからは街の人の下手くそな合唱が聞こえる。

 目の前では街の人の悲しみの叫びが聞こえる。


 たくさん人が死んだのは分かってる。


 でも、ごめん。

 どうしても嬉しい。


 街が助かって、二人が無事で。


 ごめん。

 きっと、次は知らない誰かのことも、俺の両手をもっと広げてもっと助けるから。


 だから、今は喜ばせてくれ。


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