マスジェネ
夜が開ける。今夜は満月だ。
結局、今日までモンスターの襲来はなかった。
今朝も、いつもと同じ空だ。
だけど街はいつもより緊張感が張り詰めている。
俺が神託だのと言って騒ぎ出したせいで、みんなが準備して今日を迎えた。
道の先に見える防壁の上には衛兵たちが並んでいる。
最初の頃こそ、来なかったらどうしようとか思ったが、今となっては来ないでくれたほうが嬉しい。
俺が嘘つきって呼ばれてボコボコにされるほうがずっとマシだ。
そんな俺の心配について世界は何も考慮しない。
雲一つない快晴は透きとおって空の先まで見通せそうだった。
俺はいてもたってもいられず、街を囲んでいる防壁の上まで行き北の方角を眺めた。
俺の他にも冒険者たちがチラホラと居る。時々スキル上げ訓練の弟子たちが俺に挨拶をして通り過ぎていく。
みんな、落ち着かないんだろう。
防壁の向うには乱雑に建てられた粗末な家々が続き、その先には荒野が広がっている。さらにその向うには大地のひび割れがある。
マスジェネが起これば、この青空に向けて狼煙が上がる。
俺の来ないでくれという思いとは裏腹に、感知器の数値は爆上がりしているらしい。
今朝は30超えだったそうだ。
今日は本当に来るだろうというのがみんなの見解だ。
みんなピリピリしている。
「ぬわ!!」
ふいに後ろから抱きつかれて思わず変な声が出た。
「リコ!? どうしたの?」
背中から俺に絡まり付いたリコに訊ねる。
「緊張しちゃって。」
「緊張?」
リコは答えない。
リコの頭が俺の首の根本にそっと当たった。
落ち着く。
俺のことを落ち着けにきてくれたのかな。
本当にリコには頭が下がる。
「大丈夫。みんなで勝とう。」
リコが俺の考えを見透かしたかのように小さく言った。
「でもさ、こんな危険なことにみんなを巻き込んでよかったのかな、なんて。」
「巻き込まなかったら、この街はなくなっちゃうでしょ。」
「そうだけどさ。」
「大丈夫。ケーゴはちゃんとやるべきことをやってる。みんなそはこの街を守らなきゃって思ったから、この街に残ったのよ。」
「うん。」
「私だってそうだからね? 私がどうしてもこうしたいって思ったの。だから、これは私の戦い。ヤミンもきっとそう。大事にしたいものがあるんだもん。」
「ありがとう。リコってホントいい奴だよな。そんなにこの街に長く居たわけでもないだろうに。」
リコが抱きしめる力を強くしたかと思うと俺の脇腹をつねった。
「痛い! 何?」
「そんなこと言ったら、街に来て2週間しかたってないのに、命がけで街を救おうとしてるケーゴのほうがよっぽどお人好しじゃない。」
「たしかに・・・。」
そんな恋人同士のちちくりあいのような会話を遮って、突然リコが声を上げて空を指さした。
「ケーゴ!! あれ!」
晴天の青空に白い細い煙が上がった。
狼煙だ。
マスジェネが始まった合図だ。
サイレンが響いた。
「リコ、生きて会おう。」
「うん。ケーゴも。」
若手はパーティーで守るわけじゃない。
俺たちはパーティー組んで10日で、一番冒険者歴が長いヤミンでも2年だ。
パーティーとしての練度も職業レベルも低い俺達は、街にとって必要な場所に個々に配置される。
俺は北門西、リコも北東の方の守備だ。
「ヤミン!」
持ち場へ向かおうと振り返ったリコが驚いて叫んだ。
城壁を降りる階段の陰からおずおずとヤミンが出てきた。
「二人が仲むつまじかったから出られなかったのだよ。」
「ヤミンもゼッタイ生きて会おうね。」
リコが俺から離れてヤミンに向かう。
「リコも。」
二人がぎゅっとする。
「ほら、ケーゴも。」リコが俺を促した。
「ええっ?」
「恥ずかしがることないじゃよ? お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで。」
ヤミンがPKの時のゴールキーパーのように両手を広げた。
戸惑いながらヤミンをハグすと、ヤミンはぎゅっとしがみつくように抱きしめ返してきて、俺の胸にこすりつけるように顔を埋めてきた。
ヤミンさん?
ふわふわのけも耳が戸惑う俺の目の前を行ったり来たりする。
「生きて、会おうね。」
ヤミンは顔を上げて俺に言った。
「・・・うん。」
ヤミンは微笑むと、名残惜しげに離れた。
リコとヤミンが持ち場へ向かうために去っていく。
二人とも本当に無事で居てほしい。
俺はこのままこの防壁の上が持ち場だ。
防壁の向から人々がもつれるように中に逃げ込んできている。
「ケーゴか。」
防壁の上に登ってきた冒険者が俺に声をかけてきた。
「カシムさん!」
「ちっ! もっと強い奴がいるとこが良かったぜ。」カシムが吐き捨てるように言った。
そんな酷いこと言ったって騙されんぞ。
あんたはいいやつだ。
「俺は範囲魔法を持ってないから、前線をあちこち回って物理職の補助だそうだ。お前には【ウィークポイント】しか唱えんからな。」
最高です。
他にも北門の守備予定の衛兵や冒険者が次々と集まり始めた。
それぞれ打ち合わせをして自分の守るべき位置を正確に決めた。
この防壁の上が街の防衛線だ。
この後ろに敵を通すわけにはいかない。
1時間もしないうちに、遠くに黒いうごめく点がチラチラと見え始めた。
黒い境界線が波のようにゆっくりと迫ってくる。
ジリジリとよってくるそれは、徐々にそれぞれが何なのかをはっきりとさせた。
虫たちだ。
蟻、蜘蛛、ムカデ、ゲジ、ゴキブリ、なんかよくわからないやつもたくさん居る。サソリって虫だっけ?
どいつもこいつもとんでもなく大きい。50センチ? 1メートル近くあるのもいる。
奇っ怪な形のトンボみたいな飛んでるやつも居たりする。
迫りくる虫たちは、防壁の下のあばら家の並びを黒のまだらに埋め尽くし、街へと到達した。
迫りくるのは8万のモンスター、受けるは500の兵士と100の冒険者。
カリストレム襲撃イベントの始まりだ。




