仲間
酒場で散々もてなされ、おもちゃにされた後、俺が茅葺き亭に戻って来たのは日が暮れてだいぶ経ってからだった。
実は報酬に使っちゃったせいで一銭も金がないのだが、リコとヤミンが当面の宿代と生活費を出してくれる事になった。
とはいえ、彼女たちも元々金がない。しかもリコは鎧の修理代が飛んでる。
後で万倍にして返さねば。
宿について早々、リコが俺に話があるというので、ミーティングスペースを借りてちょっと話をすることになった。
ヤミンもいっしょだ。
「別に改まってどうこうじゃないんだけどなぁ。」
ヤミンが頭の後ろで腕を組んで椅子にのけ反った。
「でも、ケーゴがどう思ってるかは確認しないと。」
リコがなにやら真面目な顔で言った。
なんだろう?
深刻そうなんですが。
「ケーゴ。私たちのパーティーに入って欲しいの。」リコは少し不安そうに俺に言った。
なんだ、そんなことだったか。
「うん。ちょっと考えさせて。」
俺は答えた。
色々考えなきゃならないことがある。
二人は俺がすぐに承諾すると思っていたのか、鳩が豆鉄砲を食らったように俺のことを見た。
「ケーゴ! 私たちとパーティー組まない気!?」
ヤミンが机に手をついて俺を覗き込んだ。
あなたスタイル的に隙間が広いから、それやると見えそうなんですけど。
ぶっちゃけ、さっきの飲み会でもちょいちょい覗かれてましたよ?
指摘したほうが良いのだろうか?
「ヤミン。落ち着いて。ケーゴの気持ちが大事よ。」
リコがヤミンをなだめた。
「気持ちってか、考えってか、やっぱ気持ちかなあ・・・?」
俺はそう言いながら自分の気持ちを整理にかかった。
カリストレムが滅ぶことを俺は知っている。
そして、食い止めたいとも思ってる。
だって、アルファンと同じなら、カリストレムが滅んだのはレイドですらないただのイベントに失敗したからだ。
あの頃はアルファンがリリースされたばかりだった。
まだアルファン慣れしてなかったプレーヤーたちは、運営が告知もなしに街を滅ぼすようなイベントをぶち込んでくる連中だとは知らなかった。
プレーヤーは本来、運営がこのアアル世界にばら撒いた予言や情報をもとにイベントの発生を予測して準備しなくてはならなかった。
それが分かってからはプレーヤーは一度も負けていない。
つまり、この街の滅亡は回避できるイベントなのだ。
今はその事を俺だけが知ってる。・・・ユージもか。
ともかく、アルファンユーザーとしてはカリストレムの危機をどうにかしたい。
この街にはニキアさんがいる。
ギルドのみんなもなんだかんだで良いやつらだった。
それに俺はそいういう冒険者だ。
そうありたいと思ってる。
だけど・・・
二人を巻き込んでしまって良いのだろうか?
「ケーゴ? 何か悩んでる?」
「悩みがあるなら言っちゃいな。お姉ちゃんがいくらでも聞いてあげよう。」
そんな気楽な話じゃないんだけどなぁ。
「話して。それからいっしょに考えましょう。」
リコは俺の瞳を射貫くように見つめた。
透き通ったリコの瞳が俺をがんじがらめにする。
リコは責任感が強い。
カリストレムを救うのが上手くいかなかったとしても、絶対に街が滅ぶギリギリまで戦い続けてしまうだろう。
リコとヤミンを巻き込まない方法がないかとずっと考えていた。
でも、
『人を一人救うのって死ぬほど大変なんだ。自分の手の大きさを過信するなよ。』
って、ヴェリアルドに言われてしまった。
よく考えれば当たり前だ。
アルファンのイベントだって、みんなでやるもんだ。
街を救おうってのに、仲間の手すら借りれないでどうする。
「俺は、この街を救いたい。」
俺は言った。
「救う?」
「この街はもう二週間後、モンスターたちに襲われて滅ぶかもしれない。」
「ホントなの!?」
「さすがに簡単には信じらんないよ?」
リコもヤミンもさすがに一足飛びにはいそうですかとは信じない。
「ホントかと言われると・・・。」
俺もカリストレムのイベントは気づかずにスルーしてしまった口なので、ユージの話の真偽は判定できない。
「どうしてそんなことが分かるの?」リコが不思議そうに訊ねてくる。
ユージから聞いたと言って良いものだろうか?
「アルファンって聞いたことある?」
「アルファン?」
「うん、忘れて。」
ないよね・・・。
やっぱ、ここはここの世界でアルファンとは関係ないのだろう。
俺やユージが異物なんだ。
『実は俺は異世界からの転生者で、ここがゲームの世界と似てて、そのゲームでは再来週カリストレムが滅ぶんです。』
・・・・。
ムリだぁ・・・・。
こんなん信じる奴おらん。
逆にこんなんを信じちゃうような奴と俺はつるみたくない。
「ケーゴ?」
リコが不思議そうに俺の顔を見た。
ええい。
一か八か言うしかない。
「実はこの街に来てすぐ、ラミトス神の啓示を受けたんだ。」
はうあ!
とっさに、口から出まかせ出ちまったい!
でもナイス! 俺!
「神託ってこと!?」リコが驚きの声をあげた。「なんで!? ラミトス信者になったの?」
「いや、大きい教会だったから見学ついでに祈ったら・・・なんか話しかけられちゃった。」
無理あるか?
「そんなことあるのね・・・。」
セーフ!
「ラミトス様はなんて言ってたの?」
「再来週、白染めの丘が満月にてらされる時、8万の獣たちが襲い来るって。」
再来週ってとこは付け加えた。
なんで『白染めの丘が満月にてらされる時』が再来週なのか俺も分っとらんし。
「白染めの丘!」
「リコ、知ってるの?」
「街の東の森の真ん中に開けた場所があって、そこにエーデルワイスの咲く丘があるの。多分もうすぐ満開。」
言ってみるもんだ。
何故か思った以上にすんなり信じてもらえそうな感じ。
「話しズレちゃってるわよ。」良い感じに進んでた話にヤミンが横から水を差してきた。「そんなことより、今はもっと大事なことがあるでしょ?」
そんなことより?
「今は、君が私たちのパーティーに入るかどうかを決めているのだよ?」
「そうだったわね。」
リコはヤミンの言葉に賛同すると俺の目をまっすぐ見つめた。
そして、もう一度訊ねた。
「ケーゴ、私たちのパーティーに入って欲しいの。」
リコもヤミンも少し不安そうに俺の返事をじっと待つ。
二人は腹をくくってしまったみたいだ。
「・・・・よろしくお願いします。」
「「やった!」」
リコとヤミンが嬉しそうにハイタッチを交わした。
「にゅふふっ。良かったねリコ。」
「うん!」
「良かったね、ケーゴ! お姉ちゃんが一緒に街を守ってあげよう。」
「はい!」
仲間ができた。
心配事もあるけど、とりあえず今は笑おう。
「ねえ、ケーゴ。」リコがくすぐったくなるような声で俺を呼んだ。
「なに? どうしたの?」
「追いかけて来てくれてありがとう。」リコは上目遣いで少し怯えたように俺を見ながら言った。
俺は思わず笑う。
「違うよ。」
「?」
リコは不思議そうに俺を見た。
相変わらずだ。
俺が君を追いかけたんじゃない。
立ち止まった俺を君が待っててくれたんだ。
だから、
「待っててくれてありがとう、リコ。」




