ヤミンとリコは休めない
「はぁっ。」
ヤミンは大きなため息をついた。
彼女は朝から茅葺き亭のミーティングスペースでケーゴが勝手に出歩かないかを見張っていた。
リコと打ち合わせたヤミンの仕事は情報収集と新人への注意喚起だったが、ケーゴの見張りという想定外の仕事が増えてしまった。
というか、ケーゴの見張りのせいで他に手が回らない。
リコがどれだけケーゴの事を思って悩んでいたかをヤミンは知ってる。
だから、ケーゴを危険な目に会わせるわけにはいかない。
リコが返ってくる前にケーゴが新人狩りに狩られでもしようものなら、リコに合わせる顔がない。
それなのにケーゴは昨日飄々として迂闊に街を歩き回った。
聞けば、訓練場に行ってたと聞く。
しかも、武器屋で買った新品の安鎧を着込んで帰ってきやがった。
ギルド行く行かないの問題じゃない。
新人冒険者丸出しだ。
これじゃ、ギルドで張ってるわけにもいかない。
そんなわけで、ヤミンはケーゴが勝手に冒険者ギルドに行かないよう、朝一からミーティングスペースに釘付けだ。
まだケーゴは二階から降りてこない。
ヤミンはミーティングスペースで頬杖をついたまま考える。
あいつは危機感が無さすぎる。
自信過剰なのかもしれない。
冒険は慎重さと情報が鍵だ。
未来にどんなことが起きるか想像できなければ、田舎ものなんて簡単に罠にはまる。
ヤミンはそれを身をもって知っていた。
ヤミンにはさんざん騙されて酷い目にあった自分の姿を、無垢なケーゴの中に見ていた。
だから、ケーゴから目が離せない。
とはいえ、ケーゴにつきっきりだと、他の新人たちをケアできない。
ヤミンは頭を抱えた。
どうしよう。
こうなったらあいつを起こして、いっしょに自分の仕事に連れまわすか。
そう、思ってヤミンがミーティングスペースから出たところで、茅葺き亭の入り口が開いた。
「リコ!!」
ヤミンは入って来た冒険者を見て嬉しそうに声を上げた。
それは、カッセルの街に情報収集に行っていたリコだった。
「おかえり!」
「ただいま。」
「どう、何かわかった?」
「ええ。すぐにでも打ち合わせたいんだけど、大丈夫?」
「大丈夫よ。こっちも話したいことあるし。」
「ニキラさん、戻って来て早々ごめんなさい。ちょっと場所借りるね。」
「構わないよ。」
カウンターのニキラは呼んでいた本から目を上げるとそう答えて立ち上がった。
帰ってきたばかりのリコは一息つくこともなく、情報収集の結果の共有化のためヤミンと小会議を始めた。
二人が着席し話し始める前に、ニキラがやって来て二人に茶を出すと、そのまま居座った。
リコはニキラが聞いているのを気にすることもなく話し始めた。
「カッセルの街でも新人が10人以上居なくなったみたい。」
「二つの街で同時にってこと?」
ヤミンが驚いて声を上げた。
「それがそうでもないの。」
「?」
「向こうで行方不明者が多かったのは2か月前。」
「こっちで新人が消え始めたのが2か月くらい前だから、つまり、犯人がカッセルからカリストレムに来たってこと?」
「カリストレムではパーティーごと居なくなった人たちがいて、調べてみたら、どうやら冒険者の中に怪しい奴がいたみたい。」
「冒険者? 冒険者が手引きしてたってこと?」
「そう。」
リコは頷いた。
「まあ、考えてみればあり得る話だね。冒険者なら新人かどうかなんてすぐ分かるだろうしさ。」ニキラが同意する。
「でも、そんな怪しい冒険者なんて居ないわよ。みんな顔見知りだし。」
ヤミンが首を傾げた。
「ガラドってわかる?」
「ああ、あの感じの良いおっさんでしょ? でも、あいつ、昔からこの街に居るわよ?」
「彼、クエストで3か月くらい前から少しの間、この街から出てたでしょ?」
「その間にカッセルで新人狩りをしてたってこと?・・・ちょっと信じたくないけど、ありうるか。」
「そう、向こうではグラデって名乗ってたみたい。聞いた感じ背格好が似てる。」
「名前もなんか似てるわね。」
「グラデが居なくなってからカッセルでは新人の失踪が止まってる。」
「ギルドにチクろう! ガラドをふんじばって、ある事ない事聞き出すんだ。」
「無いことは聞いちゃダメだでしょ。それに証拠がないのよ。」
「それでもギルドにはチクりを入れとけ。カッセルのギルドから情報収集くらいするだろ。もしやつが二重登録とかしてたら、ギルドとしても何かするきっかけにはなる。」ニキラが横からアドバイスする。
「そうですね。動いてくれるかはわからないけど保険にはなるかも。情報として提供しましょう。」リコもニキラの案に賛同した。
「あとは、新人たちがどこに行ったかよね。」
「そうね。街中ってことはないわよね。」
「大量の死体でも見つかれば、ギルドも衛兵も動かざるをえん。」
ニキラが歯に衣着せぬ物言いで言った。
「・・・・。」
若い冒険者二人は、口にしないようにしてきた現実を突きつけられてうつむいた。
重い空気が流れる。
その場の沈黙に気まずくなったヤミンが話題を変えた。
「そうそう、聞いて驚け、リコよ! ケーゴ君、ついにこの街にやって来たぞ。」
リコは突然ヤミンの言葉に驚いて立ち上がった。
その表情には、嬉しいも、驚きもなく、ただ、一筋の涙だけが流れ落ちた。
「リコ・・・。」
もっと嬉しそうにはしゃぐとばかり思っていたヤミンはリコの反応に一瞬唖然としたが、そっと立ち上がって自分より背の高いリコの頭をそっと抱きよせた。
「よかったね、リコ。」
「ケーゴ・・・本当に、来てくれたんだ・・・。」
「あいつ、リコがこの事件の調査してるって聞いて、すごく心配して怒ってたよ。」
「うん。」
リコは嬉しそうに頷いた。
「そういや今日はまだ降りてきてないねえ。」
ニキラが上の階を見上げた。
「ちょっと呼んでくるね!」
そう言って、ヤミンはケーゴを呼びに向かおうとする。
「待って! ヤミン。ケーゴ、疲れてるのかもしれないし。」
心の整理ができていないリコは慌ててヤミンを止める。
「いいから! いいから!」
ヤミンはいたずらっ子のように笑いながらリコを振りほどいて二階に上がって行くと、すぐにノシノシと階段を踏みしめながら戻ってきた。
「あいつ! いねぇ!」
ヤミンが烈火のごとき怒りを口から吐いた。
「リコ! あいつダメだ! 手に負えん。お姉ちゃん、あいつ嫌い!! あんな奴とお付き合いするのは許しません!」
「え? どこに行ったの?」
「多分冒険者ギルドじゃないか? 武器屋は昨日行ったって言ってたから・・・。」ニキラが戸惑いながらリコに告げた。
「急いでギルドに行かないと!」リコが叫ぶ。「ニキラさん! 私の荷物お願い!」
リコはニキラにそう言って、担いできた荷物も置きっぱなしで宿を駆け出した。
「ちょっとリコ!」
ヤミンもリコの後を追って慌てて走り出した。
リコは街の人が何事かと振り返る程の勢いで冒険者ギルドまで駆け抜けた。
そして、受付で何やら手続きを進めていた冒険者に割り込んで、ギルドの受付のレモンに鬼気迫る勢いで訊ねた。
「ケーゴは!? ケーゴは来ましたか?」
「ちょっと、リコ。落ち着いて!」
追いついてきたヤミンが、割り込まれた冒険者に両手を合わせて謝りながらリコをなだめる。
「リコちゃん、どうしたの? 血相を変えて・・・」
受付のレモンがあまりのリコの様相に戸惑う。
「ケーゴ! ケーゴって男の子が来ませんでしたか?」
「ケーゴさんなら朝一番で来ましたよ?」
「来た!? 今は?」
「ガラドさんの案内で街に行きましたけど。」
リコとヤミンは驚いて顔を見合わせた。
「どこへ言ったの? お願いっ! 教えてっ!!」
リコがレモンにすがりついて叫んだ。
「え!? ええと、たしか西の訓練場に向かうとか・・・」
リコの剣幕に受付のレモンがしどろもどろに答えを返す。
リコはその返事が終わる前に、勢いよくギルドを飛び出していった。
「リコ! 待って!!」
ヤミンがリコを静止しようと声を上げるも、リコには届かない。
「なにかあったんですか?」
ただならぬリコの様子を見て、レモンはヤミンに訊ねた。
「ガラドが新人狩りかもしれないの! お願い! もし、私たちやケーゴになんかあったらガラドを調べて!」
ヤミンはそう叫び捨てて、ギルドの面々があっけにとられる中、リコを追って駆け出ていった。




