ニュービー狩り
「君、リコが戻って来るまで冒険者になんないでくれるかな?」
ヤミンがとんでもないことをいい出した。
「なに言ってんすか?」
「うん、まあ、2、3日我慢してよ。ね?」
「嫌ですよ。」
「む。即答。」
ヤミンは露骨に眉をひそめた。
「なんでですか?」
「ちょっと今、新人の冒険者が行方不明になる事件が多発してるのよ。君みたいなのは狙われたら一発よ? 人も良さそうだし。」
「行方不明?」
「そ。だから、今、君が冒険者になられると困るのだよ。」
「新人冒険者になると狙われるってことですか? 冒険者だけ? 逆にいうと冒険者にならなきゃ狙われないんですか?」
「そうよ。何で新人冒険者ばかりさらってくのかは分らない。だから、君を守りようがない。君が死んだらリコが悲しむ。」
あ~。
多分、アルファンで言うところのニュービー狩りだな。
アルファンはPKはOKだった。
NPCは殺せないがプレーヤーは殺すことができる。
そして、プレイヤーはモンスターよりスキル上げ効率が良い。
アルファニスト有志の解析班によると、アルファンではプレーヤーを倒した場合でもモンスターを倒した場合でもパーティー効率ボーナスなるものがあるらしい。
まとめて集団を相手にすると、個別に相手した時よりも高い効率でスキルが上げれるという説だ。
特定のモンスターの組み合わせや、いろんな業種の混じった冒険者パーティーを倒した場合、スキル成長が早いということを解析班はデータ化し、そのボーナスがばかにならないことも明らかにしていた。
アルファンでは敵もA.I.をつかって連携をとる場合があるため、複数の敵を一度に相手するのはかなり大変だ。
解析班はその辺りのコンビネーション的な分がスキルの成長ボーナスとして加算されているのだろうと論じていた。
これは冒険者も同様だ。
パーティーを組んでいる冒険者を倒すと、スキルのレベルアップ確率が高い。これは闘技場などのプレーヤー同士の戦いでも明らかになっている。
ただ、いくら効率がいいと言っても、バランスの良いパーティーは個別に相手をするより何十倍も強い。
だが、新人やパーティーを組んだばかりの冒険者は違う。
連携なんて取れていない。
だから、新人冒険者パーティーはスキル上げの最高の獲物なのだ。
ニュービー狩りとはそんな新人冒険者のパーティーを狙うやり口だ。
基本的には自分より弱い冒険者パーティーをつり出して倒すだけなので簡単だ。
アルファンではプレーヤーも冒険者ギルドに依頼を出せたので、ダミーの依頼で冒険者をつり出す方法が流行っていた。
この世界でも似たようなことが行われているに違いない。
「ギルドの仕事の最中に失踪するんですか?」俺はヤミンに訊ねた。
「いいえ。パーティー登録すらしてない冒険者が街から突然消えることが多いみたい。だから気をつけて。」
あ? そうなの?
てことは、闇クエストかな?
闇クエストってのは冒険者ギルドを介さない仕事のことだ。
ギルドのクエストを使って冒険者を罠にはめてたのがばれようものなら、ギルドと敵対することになる。
ゲームの中ならともかく、実世界で冒険者をしていてのギルドとの敵対は美味しくない。
闇クエストを利用するほうが自然だ。
闇クエストで新人冒険者たちを集めてパーティーを結成させてるのだろうか。
連携がとれてないほど倒しやすいだろうし。
アルファンのシャイで慎重な日本人プレーヤーだったらこんな方法では簡単には釣られないだろうけど、この世界のリアルな冒険者たちは引っかかりそうな気がする。
ていうか、記憶が戻る前の俺だったら間違いなく引っかかってた。
そんくらい俺、田舎者だったし。
「う~ん。ちょっと登録を我慢するくらいならいいですけど。」
怪しい誘いにさえ乗らなきゃ大丈夫だろとは思うが、金もまだあるし、慌てて冒険者にならなくても別に良いので、とりあえずヤミンの忠告を聞くことにしよう。
「で、俺はいつまで無職で居ればいいんですか?」
「事件が解決するまで。」
「どんくらいで解決できそうなんですか?」
「わかんにゃい。犯人も動機も方法もまったく見当ついてない。」
俺、犯人以外だいたい見当ついてるですけど。
俺がこの件について何かアドバイスしたらやっぱ変だよなぁ。
「ギルドは守ってくれないんですか? むしろ冒険者になっちゃった方が安全な気もするんですけど?」
「ギルドは今のところ基本不干渉。守ってなんてくれないわよ。」
「あー。」
じゃあ、闇クエスト確定だな。
つまる話、冒険者なんて金持ちからしてみれば後ろ盾のない荒くれ物だ。
依頼主は簡単に報酬を踏み倒せる。
そうさせないように後ろから目を光らせているのが冒険者ギルドだ。
ギルドを通す事で、冒険者たちは依頼達成に対する安全と報酬が保証されるのだ。
一方で闇クエストにはその保証がない。
だから、みんな冒険者ギルドに登録して冒険者になる。
逆の立場から見ると、ギルドはギルドを通ってない闇クエストに対して関与しない。
面子の問題・・・というか、ギルドを通さない仕事にまで手を貸してしまったら、ギルドでクエストを受けた人たちはなんだって上前をはねられているのかって話になってしまう。
「ええと、ギルドが協力してくれないとなると、衛兵たちが動いてるんですか?」
「いいえ。まだ、殺されたって決まった訳じゃないし。」
「それじゃ、解決の目途はないってことじゃないですか。」
「そうだけど、大丈夫。私たちがきっと解決してみせるから。新人君は黙って先輩たちに任せときなさい。」
ヤミンが力こぶを作って俺に笑ってみせた。
ほとんど盛り上がってない。
頼りない。
このチンチクリンの先輩冒険者がこの事件の頼みの綱ってことか。
ん?
「私『たち』って、リコもですか?」
「そそ。リコと私。」
「?? その言い方だと二人だけでなんとかしようとしてるように聞こえるんですが。」
「そうよん。」
「えっ? リコってパーティー組んでませんでしたっけ?」
「解散したわ。私たち二人の他は王都に向かっちゃった。私たちはまだ全然低レベルだし残ることにしたの。リコが君のこと待ちたかったからだぞ。」
そう言ってヤミンはニシシと笑うと、またグイと近づいてきて何故か挑発するように俺を見上げた。
「二人だけで犯人を捕まえようっていうんですか? それは危ないです。」
ヤミンは俺の返事の何が気に入らなかったのか、ほっぺたを膨らませると、ようやく自分の席に戻って酒の続きを飲み始めた。
「大丈夫よ。私こう見えても1年以上も冒険者してるんだから。」
「ダメです。どうしてもって言うなら、俺も加わります。」
こいつは自分たちが敵わないであろう敵を相手にしているという状況を理解していないのだろうか?
ニュービー狩りはそこそこ強くないとできない。返討ちにされるぞ?
「おお! 君、良いよ。リコが心配? 心配?」
「当たり前です! リコがこんな危ない事件に首を突っ込んでくのを黙って見ているなんてできない!!」
そんな俺の苛立った声に、ヤミンは少しだけ驚いてから、何故だか嬉しそうに笑った。
「でも、駄目だよ、新人くん。君にはまだ荷が重い。事件が解決するまでは冒険者は我慢しなさい。」




