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マディソン商店

 ランブルスタにやってきた俺たちは村の手前に馬車を待たせて、徒歩で村へと向かうことにする。


 俺は村の誰からも見つからないようにマディソン商店まで戻る道をよく知っている。

 俺はみんなを先導してマディソン商店の裏に続く細い道を進む。


 すでに夕方も遅く、薄暗くなってきた。

 以前なら街灯が灯り始める時間だが、村はうす暗いままだ。

 家の灯りも少ない気がする。


 俺たちは裏口からマディソン商店の敷地に侵入すると裏庭から回って表に回る。

 表に回ると店の入口からスージーが一人で店番をしているのが見えた。

 店番をしているスージーが斬新だったので、俺とヌサさんでちょっと時間を貰ってしげしげと観覧した後、あらかじめ打合せしていた通りにヌサさんが正面切って入っていく。


「おおっ! ヌサ! お前どこに行ってた。」スージーは俺のことには目もくれずヌサさんを怒鳴りつけた。「ちょっとこっちに来い。」

「ごめんなさい。悪い奴らに追われて、出社することができませんでした。」

 ヌサさんは店内に入って行って、スージーの前で頭を下げた。

「今だ!カムカ捕まえろ!」

 スージーが突然カウンターから身を乗り出してヌサさんの腕を両手で掴んだ。

 驚いたヌサが悲鳴を上げる。

 店の裏から縄を持ったカムカが飛び出てきてヌサに飛びかかった。


「やめろ! スージー! カムカ!」


 俺たちはヌサさんを助けようと慌てて店の中に駆け込む。

 カムカがようやく俺たちの存在に気づいて声を上げた。

「ケーゴ! いいところに来た! スージーを抑えてくれ!!」

「はっ? え?」

 そっち?

「カムカ! てめぇええあええっ!!」スージーがカムカの裏切りの言葉に今まで聞いたことのないような金切り声を上げる。

「ケーゴ! 早く!」スージーの剣幕にカムカは悲鳴を上げるように俺に助けを求めた。

「あ、はい!」


 俺とリコはカムカから縄を受け取ると、スージーを縛り上げた。

 この騒ぎで誰かがやってきて、マッコやヌサさんがここに居るのを見られてはまずい。

 カムカに店のシャッターを閉めさせ、暴れるスージーを奥の部屋に連れていく。


「お前たち! 私の儲けの邪魔をすんじゃねえ!」スージーが床に転がったままで俺たちを怒鳴りつける。

「儲けって! ヌサさんをどうするつもりだったんですか。」

「ヌサを探してるやつがいんだよ! 金貨5枚だぞ! 邪魔するな!」

「先々週くらいからずっとこんなだ。マリアナとクロエも金がもったいないとか言って解雇しちまうし、いつもにまして金のことしか頭にねえ」カムカが呆れたように言った。

 さすがのスージーでも金貨5枚でヌサさんを売るとは思えん。大金貨5枚だったら分からんが。

 そもそも、俺たちの帰還に対してほとんど反応ないのがおかしい。

「リコ、呪いとか解除する魔法を知らないかい?」

「うーん。憶えてない。」

「何だケーゴのくせに私の金を奪おうってのか?」


 俺がケーゴだとは分かってるのか。

 ほんとに金の事しか思考できないとかだろうか?

 あ、そうだ。


「リコ、ヤミン、財布出して。」

「ん? 何に使うの?」

 そう言いながらリコとヤミンは俺のとは全然違うパンパンの財布を荷物から取り出した。

「スージー、俺はケーゴです。憶えてますか?」

「当たり前だ! 金を稼がせるって約束したくせに、アタシの金貨5枚を奪いやがって。」

「いいえ、儲け話を持ってきたんですよ。」

「なんだと! 儲け話!?」

 後ろ手に縛られているにもかかわらず、スージーは儲け話という言葉に俺のことを嬉しそうな顔で見上げた。

「なんだ! なんでもするぞ! 金をよこせ!」

「言いましたね。見てください。この中に沢山の大金貨があります。」俺は屈んでスージーにリコとヤミンの財布を見せた。

「おおおお!! すげえ!」スージーは大金貨の入った袋に向けて芋虫のように這いよってくる。

「スージー、今かかっている洗脳を自力で解いたらこの大金貨を上げましょう。」

「洗脳!? まかせろ!解けた解けた! さあ、大金貨をくれ 。」スージーが犬のように舌を出して金貨をねだる。

「だめか〜。」

「そりゃ、ダメでしょ。」ヤミンが呆れたように言った。

「スージーもしかしたらって思ったんだけど。」スージーを見知っているリコはわりとあるかもと思っていたようだ。

 財布をしまおうとする二人。

「あああああ! 大金貨ぁあああ!」スージーが断末魔のような悲鳴を上げた。「待って! 待ってくれ! ちゃんとやる! ちゃんとやるから!! おおおおおおおおおおおおおおお。」


 スージーがうなり始めた。

 なんか、本気で集中してる。

 顔がすげえ。

 脳の血管切れないよな。


「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっ?ぉぉぉぉおおおおっ?ぉぉぉぉぉぉぉっぉおおっ!?」

 ヤミンがからかうように財布の口を開いたり閉じたりする度にスージーの唸り声が大きくなる。

「おおおっ!!」

 そしてスージーはなにかに到達したかのような叫び声を上げて止まった。

「お?」

 全員でスージーの様子をうかがう。

「くっそ! あいつらはした金でアタシの事こき使いやがった!!」

 スージーが突然怒りに満ちた声を上げた。

「スージー?」

「ケーゴ、もう大丈夫だ。縄をほどいてくれ。」スージーは俺に言った。さっきまでの狂犬のような口調ではない。


 自分でやっといてなんだけど、うそでしょ?

 警戒しながらスージーの縄を解く。

 ヌサさんが怯えて、俺達の後ろに隠れる。


「すまなかった。完全にどうかしてた。」

 スージーは縄をほどいても襲いかかってくることはなく、縛られていた手首の痕をさすった。

「ケーゴに催眠って言われるまで、自分が変になってることにすら気づいてなかった。」

「ほんとうに大丈夫ですか? どうしてこうなったんです?」

「たぶんだが、あいつらのせいだ。」スージーは考えながら答えた。「黒い羊とか言う最近のお得意様だ。大量の定期購入をしたいってんで、何度も話し合ってきたんだが、そいつらが入れ替わり立ち替わり宝石をイジるんだ。」

「宝石?」

「そう。全員がつけてるわけじゃねえ。でもあたしと商談する奴らはみんなつけてて、これみよがしにそれをイジるんだ。」

「言われてみれば、連中との話し合いが始まってから徐々に金に対する判断がおかしくなってった気がしますね。」カムカがスージーの話を後押しするように言った。

「やつらが宝石をいじりだすと、なぜだかそれから目が離せなくなって、気づいたら大した儲けでもないのに満足して話に乗っちまうんだ。あああ、畜生! 何が高値で定期購買だ。優良顧客であるランブルスタを手放してまで鞍替えするには儲けがあまりに小銭すぎる。」スージーが苛立たしげに怒鳴った。「もっと、ぶんどれた!!」

 売らなかったのに!じゃないんだ・・・。

「スージー、良かった。」ヌサさんがスージーの物言いにようやく正気に返った事を確信したのか泣きながらスージーに抱きついた。

「すまなかった。マリアナたちにも悪いことをした。」スージーはヌサさんの頭を撫でながら言った。「だが、奴らはお前の事を探してるみたいだぞ。ここにいたらどのみち危ない。何をやった。」

「黒い羊の集会に潜入したのがバレちゃったみたいです。」泣いているヌサさんに代わって俺が答える。

「そう言えばヌサさんも宝石がどうとか言ってませんでしたっけ?」リコが言った。

「うん。信者のみんなが白い宝石をみんなで囲んでじっと眺めてた。」

「洗脳してるところがヌサにバレたから口封じしようとしてるってことか。」スージーが納得した様子で言った。

「でも私、洗脳してるところなんて見てないよ?」


 見てんだよ。

 なんで、こんなに洗脳しやすそうな人間が洗脳できとらんのか。


「兄ちゃんも洗脳されてるってこと?」マッコが横から尋ねてきた。

「たぶん、そうなんじゃないかな?」

「その宝石についてと、宗教団体について調べるのが最初ね。」ヤミンが方針をまとめる。

「でも、その前にヌサさんとマッコをどこか安全なところに隠さないと。」と、リコ。

「そうだね。スージー、ヌサさん。今この村だと誰が信者になってるかわかりますか?」

「半分以上信者だな。それこそ信者じゃなくてもさっきまでの私みたいにおかしくなっちまっている奴らも多い。」スージーが答えた。「それこそ、今まともなのなんて、私とカムカとヌサ以外だと向かいの食堂のレバと炭焼小屋のケルトくらいじゃねえか?」

「あと、ガスと父ちゃんも無事かも知れないけど、兄ちゃんに監禁されてる。」マッコも答えた。

「みねぇと思ったらそんなことなってんのか。」

 二人はもう洗脳されてると考えたほうが良いかもしれない。

「リックやレックは?」ヌサさんが尋ねた。

「あいつらもマッコとつるんでるから当てにしないでおいたほうがいいだろう。」スージーはマッコと同じようなことを言った。

「そうなると、ランブルスタにヌサさんとマッコをおいておくわけにはいかないか。」

「そうね。ヌサさんを助けた時に逃げてった連中が探しにくるだろうし。」と、リコも考えながら唸る。

「リコ、ヤミン。二人のことをカリストレムのニキラさんに預けに行って貰えないかな?」

「ケーゴはどうするの?」

「ここに残って情報を集めてみる。」

「別行動するってこと?」ヤミンが尋ねた。

「ああ、俺一人がマディソン商店にいる分にはごまかしが効きそうな気がするし、そのほうが動きやすい。」

「昔のボロい服で良ければどっかにあるぞ。」カムカが言った。

「なおさら丁度いい。俺は冒険者になるのに失敗してここに戻ってきたって設定でいきます。むしろ正気に戻ったスージーが怪しまれないか心配。」

「なめんなよ。お前ごときに心配されるアタシじゃねえぞ。」

「ケーゴは大丈夫なの?」

「戻ってきたら信者になってたとかやだよ?」

 リコとヤミンが不安そうな顔をする。

「まあ、たぶん大丈夫。スージーを洗脳するにも時間がかかってるみたいだし、ヌサさんも信仰が浅いみたいなやりとりを聞いたんでしょ? だったら、即効性の催眠ではないと思う。俺、今一応【抵抗】9あるしなんとかなるんじゃないかな?」俺は二人を安心させるつもりで言った。「それより、信者が多いのとやり口が周到なのがかなり気になる。リコとヤミンにはカリストレムに二人を届けた後、周りの村についても調べて欲しい。もしかしたらこうなってるのはランブルスタだけじゃないかもしれない。あと、いざという時のために援軍の準備もしてもらいたい。冒険者ギルドに頼んでルスリーに情報も流してもらって。」

「了解。」


 俺たちは手早く当面の作戦を打ち合わせていく。

 そして、日が暮れる前にリコたちは待たせている馬車で出発することになった。

 到着まもないが、マッコとヌサさんをランブルスタに置いておくわけにはいかない。


「ケーゴ、気をつけてね。」

 「洗脳されんなよ。」

「おう。」

 リコとヤミンは二人を連れて早々に裏口から出立して行き、俺だけがマディソン商店に残った。


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