ルナとエリー
王城の裏の試合場で二人の騎士が向かい合っていた。
「これっきりで、わだかまりは無くしてくれ。」ルスリーが言った。
エルマルシェとルナは互いに見つめ合った。
騎士団の後輩たちがエデルガルナとエルマルシェを心配そうに見つめている。
応援の言葉はない。
どちらが勝っても、いや、どちらが負けてもそれは彼女たちにショッキングな出来事なのだ。
エルマルシェもエデルガルナも彼女たちにとっては憧れの強者であった。
エデルガルナは今、ルナとしてこの場に立っている。
エデルガルナの礼服は着ていない。
武器も紫輝幻刀ではなく木刀、鎧も第二特殊大隊が訓練時に着用する鎧だ。
しかも、彼女は怪我が治って最初の戦いだ。
そこにエルマルシェに不利を呈する要素は何一つない。
逆に卑怯と言われても仕方がないくらいにエルマルシェに有利な条件と言えた。
このは戦いはエルマルシェにとって一つの試金石だ。
始めてエデルガルナと対戦してボロボロに打ち負かされてから4年。
エルマルシェはずっと研鑽を重ねてきた。
ケーゴは彼女に言った。おそらくルナには勝てないだろうと。
魔石窟を発見した後、船を待つ間、ケーゴたちはエルマルシェの相談に乗って、エデルガルナに勝つための特訓に協力までしてくれた。
エデルガルナと仲が良いというにも関わらずだ。
もしかしたら、ケーゴたちは自分が頑張っても絶対にエデルガルナにはかなわないと思っているから協力を受け入れてくれたのかもしれないとエルマルシェは考えたが、彼らはそうとは思えない熱意を持ってエデルガルナ打倒方法を考えてくれた。
残念ながら今日この場にケーゴたちはここにはいない。
コルドーバから戻ってきて、彼らはどこかへと消えてしまった。
それでも、エルマルシェは負けるつもりはない。
あれほど真摯に付き合ってもらったのに負けたなどという恥ずかしいことをケーゴに報告するわけにはいかない。
「はじめっ!」
ルスリー王女が声を張り上げて試合の開始を宣言した。
「【クイックネス】! 【シャープネス】!」
エルマルシェが明らかにルナに勝っている所。
それは魔術の才能だとエルマルシェはケーゴに告げられた。
ケーゴのその助言を受けて、エルマルシェは魔法による肉体強化を二つ、即座に自分にかけた。
しかし、それ以上の詠唱はルナが許さない。
間合いを詰められてしまい、エルマルシェは剣に集中せざるをえない。
エデルガルナは片手間で相手をできる相手ではない。それはルナの姿でも同じだった。
木刀が幾度も打ち合わされ、高い音を立てた。
二人の剣さばきは木刀にもかかわらず火花が発生するかと思われるほどの鋭さだった。
何合もの木刀の打ち合いが繰り返される。
エルマルシェは【受け流し】と【鎧】の組み合わせでなんとかルナの重い攻撃を受け流す。
これはルナ対策としてケーゴから伝授された作戦だった。
【命中】は低いが連続で強力な攻撃を繰り返して来るルナには【盾】よりも【受け流し】が有効だ。
最初の十合くらいは互角だとエルマルシェは感じていた。
しかし、戦いの中で感を取り戻してきたのか、ルナの攻撃の重さが徐々に上がってきてエルマルシェは押され始めた。
「【カウンター】!」
我慢できずに先に仕掛けたのはエルマルシェ。
訓練用の鎧の弱点を狙う。
【防御】の高いルナには簡単な打撃は聞かない。
【クリティカル】をわざわざ狙えというのがケーゴが考えてくれた作戦だ。
もちろん狙って【クリティカル】を出すなんて、よほどの【クリティカル】スキルがないとできない。
それでもそこにかけないと、エルマルシェではルナの厚い【防御】を抜いて有効なダメージを与えることはできないだろうとのことだった。
コルドーバでの最後の日、リコが騎士隊の鎧を着用して訓練に付き合い、ヤミンが魔法で狙う場所を教えてくれた。
同じ鎧なら弱点の場所も似ているのだそうだ。
だから、この決闘でもルナにも同じ練習用の鎧をつけて戦ってもらうことを提案した。
そのようなことをするのは卑怯だとエルマルシェは反論した。
だが、相手に対して対策を立てるのは当たり前のことだとケーゴに叱られた。むしろ、自分より強い相手に何も準備せずに挑むのは相手を舐めている、と怒られさえした。
エルマルシェ自身もコルドーバ島で自分たちよりもレベルの高い魔物たちと戦い、相手に見合った作戦を立てることの大切さを身を持って知っていた。
だから、エルマルシェは一切手を抜かない。
躊躇もしない。
鋭い攻撃でルナの鎧の弱点を狙う。
ルナは【防御】を使ってエルマルシェの攻撃を無視することもできた。
だが、ルナはエルマルシェの攻撃を無視しなかった。
彼女はきちんとエルマルシェの攻撃を【受け】た。
それも、フェイントやダメージが抜けないことが分かっているいくつかの攻撃は無視することもあるのに、クリティカル狙いの本気の攻撃だけはきっちりと弾いてくる。
ルナは自分がいま着ている装備の弱点に気づいているのだ。
エルマルシェはようやく理解した。
悔しいが、ルナは強い。
自分なんかでは遥かに及ばないほど。
コルドーバ島でのケーゴとの訓練でようやくエルマルシェが会得したスキルには現れない強さ。
それをルナはとっくに身に付けているのだ。
ルナが強いのは【コスプレ】というレアスキルでエデルガルナになっているからではない。
ルナ本人が努力して得た力なのだ。
この戦いの苦戦を通じて、ルナがこれまで信じられないほどの努力をしてきたであろうことがエルマルシェには理解された。
彼女は一人誰の助けもなくここまでたどり着いたのだと。
「【大絶斬】!」
ルナの最強スキルが火を吹く。
「【硬刃受け】!」
かろうじて繰り出したエルマルシェの技がルナの攻撃を受ける。
【硬刃受け】はケーゴがエルマルシェに憶えろと言った防御用のレアスキルだ。
実のところエルマルシェはそのようなスキルは聞いたことがなかった。だが、ケーゴへの信頼と好意からそのスキルを覚えようと努力をしてきた。だが、コルドーバ島でエルマルシェはそれを会得できなかった。
なのに何故そのスキルにすがったのか、エルマルシェにも分からかった。
ただ、ケーゴにすがり、そして助けられたかっただけなのかもしれない。
そして、そのスキルがルナとの戦いの間に会得できていたことにすらエルマルシェは気づいていなかった。
【硬刃受け】で強化された木刀はルナの【大絶斬】を受け止めた。
だが、ルナの攻撃は木刀で耐えきれる攻撃ではなかった。木刀は柄の根元でへし折れた。
そして、それはルナの木刀も同じだった。
二人の木刀は大きな音を立て4つのパーツに分かれた。
ようやく。
努力の甲斐があって、ようやく見える所まで追いついたと、エルマルシェは安堵の息を漏らした。
きっとまだ何から何までルナのほうが上だろう。
今だって、ケーゴから入れ知恵された知識や作戦を総動員してようやく戦いについていけた。
それでも、王都の最強の騎士エデルガルナと互角に渡り合い、最強の攻撃を耐え忍んで相手の剣をへし折ってやった。
泥臭く、這いつくばって掴みとった自分らしい引き分けだ。
仮にこの引き分けを揶揄されたとて何であろう。何だって言わせておけばいい。
この引き分けは、それほどのことなのだ。
ルナの強さを身にしみて分かった。
彼女と引き分けることがどれほど困難なことか。
どれほど栄誉なことか。
そう思ったのがエルマルシェの敗因だった。
【大絶斬】で互いの木刀が折れた直後、
ルナは2つに折れた木刀の、しかも、直前までエルマルシェのものだった木刀の刃先を空中でつかみ取り、その切っ先をエルマルシェの喉元に突き当てた。
「それまで!」
ルスリー王女の声が響いた。
エルマルシェはルナの握った短い刃先を喉元に当てられ身動きを取ることもできなかった。
彼女にとって完全な敗北だった。
実力ではかなわず、それでも策と運とでどうにか食らいついたのに、一番負けたくない『気持ち』で負けた。
絶対に負けてはいけないところだった。
エルマルシェの目に涙が押し寄せてくる。ケーゴは本気で私が勝つようにいっぱい考えてくれたのに、と。
そして、それでも、きっと彼はきっとこうなることを知っていたのだ。
責念と悔しさが彼女の涙を押し上げる。
それはルナに負けた悔しさではない。
エルマルシェにとってもはやこの試合の勝敗には何の意味もなかった。
誰かの期待に背く痛さに比べたら。
誰かに期待されていなかった辛さに比べたら。
ルナがエルマルシェのことを抱きしめた。
エルマルシェは驚いた。
ルナも啜り上げるように泣いていたから。
「なんで・・・お前が泣くのだ。」
エルマルシェは嗚咽をこらえながらルナに尋ねた。
「だって、エリーちゃん、いっぱい頑張ったの知ってるもん。分かるんだもん!」
ルナは泣きながらエルマルシェを抱きしめる力を強くした。
ああ。
この人もきっと、ずっとひとりで戦って来たのだ。
だから、剣が折れてなお勝とうと動けたのだ。
そして、その高みから、この人はずっと自分の事を見ていてくれたのだ。
エルマルシェもこらえきれず嗚咽を漏らした。
ずっと二人を見ていた騎士たちが次々と集まってきて、二人を抱きしめるように囲んで泣き出した。
彼女たちもエルマルシェの努力は知っていた。
ルナが彼女のライバルであることも知っていた。ルナに追いつくためにどれほどの研鑽を積んできたかも。
そして、エルマルシェはそのすべてをぶつけて、それでも敗れた。
「二人とも見事な試合だった。」
ルスリーが騎士たちの中心で抱き合って泣いている二人に声をかけた。
「これからも頼むぞ。お前たちには心から期待しているのじゃからな。全員じゃぞ?」
「「「はいっ!」」」
涙で声も出ない隊長と副隊長に変わって第二特殊大隊の騎士たちがこれでもかと声を張り上げた。




