イップス
次の日の朝、俺たちはエイイチに連れられてモンスター育成場へと向かっていた。
聞けば、エイイチはパーティの仲間が法事だったり怪我だったりで仕事ができないらしく、その間ルスリーに頼まれてルナの代役をしているらしい。
道中の馬車でエイイチと女子二人の会話が弾む。
王都のランカー冒険者ということで、リコとヤミンは最初こそガッチガチに緊張していたが、気づけば打ち解けて何故か二人して俺を叩く流れになっている。
「で、ケーゴったら私のことそっちのけで訓練ばっかりするんですよ?」
「王都で遊びに誘ってもちっとも付き合ってくれないし。」
リコとヤミンが俺の振る舞いが悪行であるかのごとくエイイチに報告する。
冒険者なんだから訓練だって仕事じゃん、って思うけどやぶ蛇になりそうなので口にするのは我慢する。
「まあ、冒険者の修行も大事だけどたまには息抜きしたほうがいいよね。」エイイチは苦笑いしながら答えた。
「そうでしょ!」ヤミンがエイイチの同意に嬉しそうに言った。
「ケーゴが鞭を振るえなくなったって分かった時、思い切って報酬元手に二人で農業でもして暮らさないかって言ったんですよ? なのに、ケーゴ、報酬はマジックアイテム買うのに使いたいとか言いだしたんですよ。」
「リコリコ不憫。」ヤミンが嘘泣きをするリコをわざとらしく抱きしめた。
「ええと・・・それをこの場で言っちゃうの?」エイイチが俺のほうを見ながら呆れたように言った。
「そうだよ! 簡単に引退勧告なんてしないでよ。俺、まだ戦えるって。」
イップスになったかもしれない本人を目の前に簡単に引退の話をチラつかせおって!
「ええぇ・・・。」エイイチはなぜか俺を見て唸った。なんか俺を見る目が変わった気がするんですけど、なんで?
「「ね?」」
リコとヤミンが同時に声を上げた。
いったい何が『ね?』なのか?
「ま、まあ、ほら、きっと急にイップスかもしれないってなったわけだし、周りが見えてないんだよ。きっと。」俺のために言い訳してくれるエイイチ。いい奴だ。
「エイイチさん、ケーゴのことは甘やかさないでいいです。」
「こいつは普段からこうなのだよ。」
「ええと、まあ、なんかいろいろ大変だよね。」言葉を濁すエイイチ。
「ケーゴもエイイチさんくらい女の子の気持ちを分かるようになってくれればいんだけど。」
リコとヤミンがエイイチと話しかけながら、俺に冷たい視線を投げかけてくる。
くそう。
やっぱ、リコもヤミンも結局はイケメンのほうが良いのかなぁ。
「ええと、その・・・ケーゴは二人のことは好きではないの?」エイイチが何やらためらいがちによく分からんことを尋ねて来た。
「? 好きだよ? なんで急にそんな質問?」
突然の話題の方向転換についていけず戸惑う俺。
「「ほらね!」」
リコとヤミンまたが同時に声を上げた。
いったい何が『ほらね』なのか?
そうこうするうちに、馬車は目的のモンスター育成場に到着した。
モンスターの育成場は王都から馬車で数時間ほどの街道沿いにあった。
木の柵で囲われ、いくつかの大きな倉庫のような建物がならんでいる。かなり規模が大きい。
多分、敷地だけならランブルスタよりでかい。
育成上のオーナーに挨拶をして何体かのモンスターと戦わせて貰った結果、ようやく俺自身にも自分の状態が理解できた。
俺の鞭がおかしい。
相手の強さ関係なく人型に鞭が当たらない。
ルスリーの言った通りだった。
やっぱり、この間、人間を相手にしてしまったせいで、イップスになってしまったのだろうか?
俺自身にはそんな認識は無かったつもりなんだけどなぁ。
むしろ、今、ようやくショック。
「やっぱ、人に鞭を向けて殺そうとしたのがトラウマになってるんじゃないかな。」エイイチが言った。
「ケーゴ・・・どうしよう。」リコが俺の手を心配そうに握ってきた。
「コルドーバには人型モンスターは出ないはずだから依頼は受けても大丈夫だよ。あ、これ、ルスリーから言われてることだから。」と、エイイチが確認するように言った。
ルスリー、完全にこうなることが分かってんたな。
「俺、冒険者を続けていきたいんだけど・・・ダメかな?」俺は二人に訊ねた。
「そうだよね。できる依頼を選んでやっていこうか。」ヤミンが明るく答えた。
「うん。無理はしないで倒せる敵だけ倒していきましょ。」リコが俺の手をギュッと握った。
なんだかんだで二人とも心の底では俺のことを大切にしてくれるからとても嬉しい。
「でも、いざっていう時にみんなを危険な目にあわせちゃうかも知れないから。イップスは早く直さないとダメだよね。」
「うーん。あんまり思いつめないほうがいいよ。気にしないで他のことに注意を向けたほうが良いみたい。」エイイチが忠告してくる。
「そうだよ。まずは徹底的に忘れよう。そうすれば、そのうち治るって。」と、ヤミン。
「一回、冒険者家業を休むのもありだよ。ルスリーからはコルドーバの依頼は取り消ししても問題ないとは言われている。」エイイチが提案してくる。
「私もそれがいいと思う。お金もあるし。」リコも言った。
「気晴らしにバカンスしに海にでも行く? コルドーバの代わりに。」ヤミンも休みを取るのには乗り気のようだ。
俺としても水着回は惜しいが、冒険者なって伸び盛りの今、簡単に休むわけにはいかない。
それに・・・
「ルナの件もあるし、コルドーバの件は受けたい。」
「ルナちゃんの件?」リコが首をかしげた。
「そう。なんかルナ、エルマルシェさんとうまく言ってない感じだったじゃん。」
「えーと、私たちにできることなんてあるかな?」ヤミンも首をかしげる。
「あんまり、無理につつかないほうがいいんじゃない?」リコが心配そうに言った。
「いや、無理につつくことはしないけど、ひとつルナのために試したい事があって。」
「? ルナルナは療養に集中するからコルドーバには行かないんじゃなかったっけ?」
「コルドーバに行く前にちょっとルナにやってほしいことがあるんだ。そうすれば騎士隊のみんながルナを見直す機会をあげられるんじゃないかと思って。」
「そっか。ルナちゃんのためだもんね。」リコが俺を安心させるかのように笑ってみせた。
「うん、頼むよ。」
「じゃあ、気晴らしは先かな。」ヤミンが元気に言った。「というか、ケーゴの場合、スキル上げのことしか頭にないから、どっちみち気晴らしなんてできないだろうし。」
「他のことはちっとも見えてないもんね。」リコもヤミンに同意する。
「たしかに。」
「たしかに。」
何なの? 今の二人の悪意ある『たしかに』は?
「ほっほっほ。みなさま、少しばかり耳に入ってしまったのですが、ちょっとした気晴らしをお探しですかな?」
俺たちの横から恰幅のいいオヤジが揉み手をしながら会話に割り込んできた。
彼はこのモンスター育成所のオーナーだ。
モンスター闘技場の支配人でもある。
彼は満面の笑みを浮かべ、背中を丸めて揉み手をしている。
「もしよろしければ、私共の経営する闘技場で熱くなってはいかがですかな? 併設してカジノもございますよ? 王女殿下のご友人とあれば是非とももてなさせていただきますぞ。ほっほっほ。」オーナーは満面の笑みで言った。




