援軍
日も暮れたケルダモの市庁舎の特別執務室に北方国境守護隊隊長ドヴァーズとケルダモの貴族や重鎮たちが集まっていた。
「おのれ・・・。」
執務室で王都からの手紙を握りしめながら、ドヴァーズが歯ぎしりをする。
『南部レイドボス線から一部援軍をそちらに向かわせた。2週間以内にはそちらへ到着することを約束する。また、援軍に先行して、北部の探索に向かっている第2特殊騎士大隊をそちらに向かわせる。彼女たちと合流し、討伐を焦らず、時間をかせぐこと。武運を祈る。』
王都からの文書にはそう書かれていた。
援軍の知らせにもかかわらず、ドヴァーズが歯ぎしりするのには理由がある。
第2特殊大隊とは大隊とは名ばかりの20人程度の集まりだ。小隊程度の人数しかない。はっきり言って、王女のおままごとの軍隊だ。
隊長のエデルガルナは選ばれた騎士にしか与えられない紫輝幻武という刀を持つ実力者だが、それ以外は王女のお飾りだ。
「王都からはなんと言ってきた? 悪い知らせか? ドヴァーズ殿。」
この街の貴族の一人が不安そうに訊ねた。
「いえ、援軍は2週間以内には来るそうです。」
「2週間! レイドボスはもう明日には到着するのでしょう?」
「そろそろ逃げ出したほうがよいのでは?」
貴族たちが騒ぎ始めた。
ドヴァーズにとって、今日の午前中までは悪くはない流れだった。
最初、ドヴァーズは北方国境の向うからのレイドボスの侵入を見落とした。
さらには緊急で招集した冒険者達と共に失敗を取り返そうとレイドボスに戦いを挑み、大敗を喫した。
北方国境守護としてあるまじき失態だ。
それを二度目の特攻で、どうにかこうにかハルピエの村に向けてレイドボスを向かわせることに成功した。
これによって、かなりの時間稼ぎが見込めたはずだった。
彼はケルダモさえ守れればいくらでも言い訳は立てられるはずだと見積もっていた。
レイドボスの侵入は北方の村の連絡不備にすればいい。街さえ守れれば失った兵力は必要な犠牲に変わる。
そのはずだった。
ところが、それをハルピエたちと空気の読めない冒険者たちが台無しにしてしまった。
どのみち援軍が2週間もかかるのだとしたらケルダモは落ちる可能性が高いが、そんな事は関係なくケルダモが落ちたらあの冒険者たちの責任として処理してくれようとドヴァーズは心の底で誓っていた。
「それよりも先に、第2特殊大隊がこちらに向かっているそうです。」ドヴァーズは手紙の内容について補足する。
「いつ到着するのです?」
「間に合うのですか?」
「判りません。」ドヴァーズはすがり付くように尋ねてくる貴族たちに事務的に答えた。
「エデルガルナ騎士隊長が来てくれればあるいはなんとかなるかも知れませんぞ。」一人の貴族が期待を込めた台詞を吐いた。
エデルガルナなど南部のレイドボス戦に駆り出されているに決まっていると、ドヴァーズは心の中で能天気な貴族に対して舌打ちをする。
と、頭の片隅に日中に会った冒険者たちがエデルガルナの名前を騙った偶然に少しだけ違和感を感じた。
「私は今の内に避難をしたほうがよいと思いますけどね。」別の貴族が言った。
「・・・・。」
ドヴァーズにとって、貴族たちをわざわざ避難させるまで至ったことは職務的な汚点に等しい。
とはいえ、このまま街に残ってこの街の重鎮の誰かが死んでしまうのはもっとまずい。
「レイドボスは人間を襲います。我々よりも逃げ遅れた市民を襲うはずです。」ドヴァーズは考えながら口を開いた。「皆様はすでに避難の準備はできているかと思いますので、明日の朝までに状況に進展がなければ街を捨てましょう。」
ドヴァーズがそう言った矢先、扉がノックされた。
「なんだ? 会議中だぞ。」
「至急のご連絡です。エルデガルナ様からの密書が届きました。」
「何だと!?」
ドヴァーズは予想外の報告に慌てて扉を開け、伝令を招き入れる。
「密書は? 持ってきたのは誰だ? 特殊大隊の誰かか?」
「それが、門番が御本人を名乗る女性から直接渡されておりまして・・・本物かどうか。」
「エデルガルナ様がもう到着しているというのか? 密書を見せろ!」
「はっ!」
ドヴァーズは兵士から密書を奪い取るように受け取る。
密書を封印していた蜜蝋には第二特殊騎士団の刻印が押されていた。封筒も一般人では手に入れられない上質なものだ。
本当にエデルガルナからの密書の可能性が高いと判断したドヴァーズは慌てて封を開けて手紙を読む。
『レイドボスは街のすぐそこまで迫ってきている。明け方には街に到着するだろう。このレイドボスは硬く、兵士たちの攻撃を無視して市民を襲う可能性がある。王都からの援軍が来るまで時間がかかることから私が足止めを行う。街の近くで戦うのは危険と判断し北部街道沿いに先行する。ケルダモの指揮官においては残存勢力を集め援軍として合流してくれることを要請する。 第2特殊大隊隊長 エデルガルナ』
一旦、ここに寄って共に作戦を練れば良いものを、エデルガルナの紫輝幻武があればハルピエの村に向けてレイドボスをおびき寄せることも容易かったろうに。そう考えてドヴァーズは少しだけ顔をしかめた。
だが、まさかのエデルガルナの参戦は窮地の彼に吹いた追い風だった。
「ドヴァーズ殿、なんと? なんと書いてあるのです?」貴族が手紙を食い入るように読むドヴァーズに訊ねた。
「エデルガルナ様がレイドボスの足止めに向かわれているようです。」
「なんですって!」
ドヴァーズの返事に貴族たちから歓声が上がった。
「我々は今からエデルガルナ様の要請によりレイドボスの足止めに向かいます。」ドヴァーズはそう貴族たちに告げた。
エデルガルナを使って援軍が来るまで街を守りきることができれば、今の自分の立場は守りきれる。うまく立ち回れば、功勲にすらなるかも知れない。
そう思って、思わずドヴァーズの口元が緩む。
「動ける兵を全員集めろ! 討って出る。」
ドヴァーズは密書を持ってきた兵士に向けて大声で命じた。




