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社長からの呼び出し

 その日の午後、早くも俺はスージーの執務室に呼び出された。

 スージーのとなりにはカムカが控えていた。


「おい、ケーゴ。かってに仕事のやり方を変えたんだってな。」スージーが高飛車に俺に言った。


「はい。お客様を待たせる訳にもいきませんでしたので。」

「現場が混乱してんだよ。お前、計算出来るようになったんだそうじゃないか。だったら、普通にカウンターに4人座って元の通りにやりな。それなら、客の入りを見ながら雑用に駆り出せる。」そう言ったのはカムカだ。

「混乱なんてしてませんよ!」

 海千山千の先輩方が俺の働き方改革に柔軟に対応してくれたおかげで、お前が俺に雑用を無理やり押し付けるまでは超順調に回っとったわ。

「お前が仕事できるようになったのは良いことだ。どんどん仕事しろ。でも、でしゃばるのは無しだ。今までやって来た方法で回るんだからそうしな。」今度はスージーが言った。


 ただの作業分担なんだけどな。こんな頭ごなしに撤回命令が来るとは思わなかったぜ。

 単に俺が増えたから仕事が回ったってわけじゃ無いんだぜ?


「構いませんが、元のやり方じゃ上手く回りませんよ?」

「なに言ってやがる。んな訳ねえだろ。3人から4人に増えりゃ、うちの村程度の客は回せるはずだったんだ。給料はちゃんと上げてやるから出過ぎた真似はすんな。」スージーがなおも反対する。

「今まで3人でちゃんとできてたんだ、もし4人になって回んなくなったら、お前のせいだろ!」カムカもスージーをフォローするように声を荒げた。


 さては、カムカがスージーに何か吹き込んだんだな?

 業務改善すると前任が業務改善してこなかったことになるから良い顔されない。会社員あるある。


 カムカはともかく、スージーは金で物事を判断する理知的な人間だ。

 なら、やる事は一つ。


 スージーに俺のやり方なら儲かることを教えてやればいい。


「そりゃあ、回すことはできますけど、ギリギリですよ?」

「ギリギリ? どういう意味だ?」

「今日の売り上げ量と出荷量を見てください。」

「あ?」

 スージーがめんどくさそうに売上表を取り出して数値を読み上げる。

「5089960の売り上げで、5089992の出荷だ。」

「その差は32もありますよね。」

「あたりまえだろ、バケツにいれる量をいちいちピッタリ合わせてたら時間を食っちまう。」カムカが当然のように言った。

「かならず毎回0~+50以内のズレに収めるように言ってるだろう。」スージーも言った。「だいたい一日のズレの合計が32だって上出来・・・32!?」


 どうやらスージーは気づいたようだ。


「32ってことはほとんどの客にピッタリ販売したってことか?」

「少なくとも俺は全部ピッタリ取りました。」

「まじかよ! 【ゼロコンマ】の力か?」

 スージーが興奮して立ち上がった。


 違うがな。

 そんなセコイスキルでたまるか。


「違いますよ! ボスやカムカさんだって時間に余裕さえあればできるでしょ。」俺は答えた。「余裕は金に換えられるんです。」

「たかだか、32の端数が何だってんだい。」

 カムカがトンチンカンな事を口にした。


 チャンスだ。


「仮に一回50間違えたとすると、一日200件、魔導力10000分の魔石がこの店から消えます。それを俺のやり方ならほぼ0に出来ます。」

 ここぞとばかりに高説を垂れる。

「たかだか1万の魔石が何だい! こっちは毎日500万売り上げてるんだ。」カムカが即座に噛みついてくる。

「黙りな、カムカ!」スージーが声を荒げてカムカを制した。

 そりゃそうだ。


 1万の魔石の損と比べるべきは500万という魔石の『売り上げ』じゃない。500万の魔石の『利益』だ。


 加工も運搬もしていない弊社の業態だと利益率はそれほど高くないはずだ。

 仮に利益率10%だったとしても、500万のうち利益は50万。1万の魔石の消失は、毎日2%の利益を逸していることになる。


「これは俺のやり方じゃないと無理です。」俺はここぞとばかりに主張する。

「何でだ?」

 スージーが訊ねてくる。

 ねちっこいな。

 でも、理由を求めてくるのは嫌いじゃない。理解さえさせれば正しい判断を下してくるはずだ。


「何故なら、みんなが忙しい原因が人手不足のせいだけではないからです。」


「なに?」

「お前自分の役立たずを棚に上げよってんじゃないだろうね!」

 スージーが理解できないというような声をあげ、カムカが怒鳴った。

 俺はカムカを無視して説明を続ける。

「理由は魔導力計です。」

「魔導力計?」

「ええ。簡単に言うと、うちに魔導力計が一つしかないので、先輩たちは魔導力計を使うために待つ時間が発生するのです。」

「なんだと? ホントか、カムカ。」

「たまにだよ。それに長くても1、2分だ。」

「忙しい時は頻繁にです。」

「魔導力計は買わんぞ。」即座にスージーが釘を差す。

 買えんぞ、ではないのか。

「大丈夫です。買う必要はありません。魔導力計の稼働率を上げればいいのです。」

「稼働率ってなんだ。」

 そこかよ。

「魔導力計が使われている時間の事です。つまり、魔導力計もまた、使われずに待っている時間があるのです。」

「カムカ! どういうことだ。」

「そんなこと言われても、なにがなんだか。」


 カムカもスージーも混乱のご様子。

 スージーにきちんと説明をするのが良さげだ。


「受付ではだいたい10分くらいで一つの仕事の流れを終えます。」

 俺が説明を始めると、スージーもカムカも興味津々の様子で俺の話を聞き始めた。

「仕事の流れのざっくりした内訳は、受付と計算で4分、計測器との往復で1分弱、魔石を計るのに2分、支払い受け渡しで2分、記帳1分と言ったところでしょうか。つまり、10分のうち2分しか魔力計は使われません。」

「今の話なら魔導力計は一台で充分回るじゃねえか。お前が入っても、2分×4人で8分だ。余裕を持ってまわせる。」スージーから即座にツッコミが入る。

「ところが、お客はタイミングを選んでくれません。記録板の計算も難しかったり簡単だったりしてかかる時間が違います。そのため魔導力計を使うタイミングがかぶるのです。すると何もしていない計り待ちの時間が発生することになります。これは大きな無駄です。」

 スージーは少し理解してきたようで、少し表情がほころんだ。

「それで、お前のやり方か。」


「はい、計る専門の人間をつけて、魔導力計が常に使われている状態をめざします。それがこの店の売り上げの最大値です。先輩達には計算に集中してもらい、俺が計りを使い倒します。」


「いや、待て。タイミングが被るのはそのやり方でも同じだろう? タイミングが被ってしまったら、マリアナたちはお前が石を計るまで待たなくちゃいけないだろ。」カムカが良いところを突いてきた。

「ところが、この方法なら、待ち時間が発生した時、先輩方はバックヤードへの移動をせずにお客様の相手を続けることができるんです。計測を待っている間、支払いを済ませて貰ったり、記帳をしたりできるんです。何だったら、客を横で待たせて、次の客の記録板を計算してしまっても良い。そうすれば、俺が計り終わるころには次の計算が終わってるって寸法です。」


 まあ、説明してるほど上手くいくもんでもないが、それでも今までのやり方よりは充分に手早い。ついでに魔導力計周りの動線も改善されたりする。

 何といっても作業が単純化されるので個々人の効率が上がる。

 本当は個人の作業の単純化こそが作業分担の最たる所だが、こんなん説明しても金が直接絡まないとスージーには響かなそうなのでしない。


「言いたいことは分かったし、イメージも沸いた。」

「実際、繁忙時にはみなさん一時間当たり10分以上の無駄な時間が発生してます。細切れに訪れているのでみなさん気づいてませんが。」

 イライラはしてたけどね。こういう細かく時間を持ってかれるのが一番腹立つんだよね。

「リスクはないのか?」

「作業を分担しただけですよ?」

「分かった。やってみろ。」

 スージーは満足そうに言うと手を叩いた。

「次の一週間、魔石のずれを二桁に抑えられたならその方法を続けてもいい。」


 よっしゃ!

 これで明日もお姉さまがたにランチを食わせてやれる。


「ケーゴ! 一週間、頑張ってみせな。そしたら昇給も考えてやる。」

 スージーは大喜びで言った。

 その横でカムカが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


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