もしもし、聞こえますか?
あれから数ヶ月が経った。
全国区かと思いきやドラマは東京だけの放送だったし、どこかで期待していたが晴明は人気作家の仲間入りを果たすことはできなかった。
リサは近所の英語教室で講師をしながら、妖怪の研究をしている。ドラマの放送が終わったあと、いつアメリカに帰るのか晴明が聞くと、なんで帰らないといけないの?と聞いたのだった。
今では晴明がうたた寝をすると、いつも鬼やら女郎蜘蛛やらのお面を被って叩き起こす。そんなことが日常になっている。
ある日の昼下がり。
晴明は柊に「子供には分かりにくいですねぇ」と言われた言葉遣いを易しいものに直すという作業をうんうん言いながらやっていた。アンリをモデルにしたはずの主人公は、確かにあまりに老成したセリフばかり言っている。情景描写も写実的すぎて伝わらない、と指摘された。こんなことを言われたのは初めてである。
どうしたもんか。晴明が右腕を上にして腕を組み直した時。
ピンポーン。玄関チャイムの音だ。
「晴明!茜ちゃんかもよ!」
今度の授業の教材だろう、単語カードをはらはらと興奮気味に撒き散らしながらリサが言う。
「は、まさか。
大方こきちゃんかどっかの放送局の集金だろ。」
晴明はそう言いながらも、走り出したリサを止めて、一度咳払いをした。ドアキーのツマミを握り、溜息を吐く。
リサは廊下の角から頭だけ出している。
ガチャ、と言う音が2つ。もう1つ。
ドアが開いた。
「はい、鳴海ですが。」
「晴明さん、ただいま帰りましたー!」
元気そうにピースする茜が、そこに立っていた。
「病院から帰る途中に、キレイなイチョウがあったんですよ!一緒に見に行きませんか?
あれ、晴明さん。」
晴明の目からは気づけなかったほどさりげなく、また静かに涙が流れていく。頭の奥がぼうっと熱くなり、耳も詰まった感じがする。
茜はなにがしか言っているが、聞いてやれるような余裕は今はない。
涙を拭こうともせず、口を半開きにしたままの晴明に痺れを切らし、茜が声をかけた。
「もしもし、聞こえますか?」
「ああ、聞こえてるよ。」
晴明は震えた声で応えた。




