Calling
眉間に汗が溜まってどうも痒い。5月の終わりとは言え、暑くて敵わない。
晴明は涼もうと思って、サンダルをひっかけて外に出た。
風は無く、空気には重量がある。
ふう。
晴明はベランダのようになっている廊下から下を見下ろした。
深緋も冷房代を節約しようと思っているのか、駐車場で箒を杖にしてぼうっとしている。上から声をかけようかとも思ったが、少し無作法な気がしたので、止めにした。ただ黙殺するのも惜しく、晴明はタンタンと音を立てながら金属製の階段を下りた。
「こきちゃんも涼んでるのか?」
出し抜けに声をかけられた深緋は肩を震わせたが、すぐに晴明の方に向き直る。
「ええ、まぁ。」
深緋は猫背を伸ばして肩を回す。
晴明はその隣で後ろ手しながら深緋の見ている方を見た。古ぼけた一軒家がリフォーム中で青い吸音材で囲まれていること以外にもの珍しいものはない。
「小説は順調ですか。」
「なんだよ、急に……。まぁ、いつものことか。」
晴明は耳の裏を掻きながら、そういえば深緋には近況報告を一切していなかったことを思い出した。つい幼馴染というものは適当に扱ってしまっていけない。
「実は、六月に『木枯らし』のドラマが放送されることになったんだ。
それに合わせて続編を書いてたんだけどな、それも終わって、今は少しのんびりしてるよ。」
深緋は何度かゆっくりと頷いて、そうですか、と言う。短く切られた前髪が揺れた。
「やっと、明音さんの本当の姿を、みんな知ることになるんですね。」
深緋は溜息すら吐きながら言う。晴明も、気怠げに頷いた。
二人からすれば長い戦いだった。いや、恩返しだった。
三人で笑い合った日々を忘れることはないだろう。出会ってくれて、出会わせてくれてありがとう。言い損ねた言葉を、やっとかけることができた。
勿論小説も一区切りではあったが、ドラマ化となればもっと多くの人が明音のことを知るだろう。あの時の同窓生たちも。
「ありがとな、こきちゃん。」
晴明は、微笑みながら言った。
言えなくなる前に、こういうことは言わないと。二人は嫌というほど学ばされていた。
「こちらこそ。晴明さん、ありがとうございます。」
言葉こそ他人行儀だったが、深緋は笑った。
幼馴染だというのに。晴明は彼女の笑みを初めて見た。すごく綺麗だ。深緋も、幸せになれたのだろう。
晴明は安堵する一方で、不自然な形で固まってしまっていた。
「それで晴明さん、豆ご飯いります?おーい。」
いつも通りに戻った深緋の声も届かない。
深緋は晴明の肩を叩きながら声をかけた。
「もしもし、聞こえますか?」




