おかけになった電話は……。
机の上に肩幅に広げた両手を置き、その間に鉛筆を転がして遊んでいる。動作主の柊は決して暇ではなかったが、少し待たなければならなかった。いわば待機という動作中も、彼は止まっていられなかったのである。
「ふぅあ……やっと終わった……。」
出版社にあるパソコンがもう古いのだ。
晴明にもらった新作のデータ、ドラマの情報等を同時に読み込もうとしたら、随分待たされてしまった。
柊はぐーんと伸びをして、ひとまずドラマのデータに目を通すことにする。このデータをまとめ、報告書を作成しなくてはならないのだ。狐目をさらに細め、PDFファイルを睨んだ。
報告書を作り終わった時にはもうすっかり夜になっていた。
確認と印刷、晴明の新作の件は明日でないと。新企画のメンバーになったせいで、もう残業できないのだ。
「お疲れ様でしたぁ。」
柊は椅子にかけておいたジャケットを腕にかけ、会社を後にした。
晴明は新作を書き上げた後、随分とだらけた生活をしていた。急いで書いた分の反動が来たらしい。
リサに連絡でもしようかと思ったが、ドラマの公開時期に合わせて日本に来ると言っていたから、ドラマの放送日がまだ正確に分かっていない今連絡するのは気まずさがある。そういうわけで、フローリングの上で意味もなく寝返りを打ちまくる日々が続いているのだ。
思えば晴明には趣味もないし、テレビもないのである。
プルルルルルと突然電話が鳴った。
晴明は跳ね起き、尾骶骨を強かに打ちつけた。
痛てて、と呟きながらも這うように電話に辿り着く。
「もしも……」
「もしもし、鳴海さぁん?」
この語尾上がりの独特な声。何より、話を最後まで聞かないせっかち。柊だった。
「鳴海です。どうしました?」
柊は珍しく即答しなかった。
悪い話か、と晴明は邪推したが、実際は話す内容を書いたポストイットを柊が落としていただけだ。
「ああ、すみません。
えぇっとですねぇ。
単刀直入に言いますと、子ども向けの本に興味ありませんかぁ、言うことです。」
「えっと……はい?」
本当に単刀直入すぎてあまり話が見えてこなかったので、晴明が聞き返すと、柊は鉛筆をペン回ししながら、こう言った。
「実はですねぇ、うちの出版社で、子ども向けの分野に手を出そうと思ってるんですよぉ。
ズッコケ三人組、みたいなやつです。」
はぁ、と尚も晴明が言う。
すると、どうやら俺にそういうものを書けということなのか。
「一応、その企画への参加意思を全員に聞いてましてねぇ。
鳴海さんは不参加でいいですかぁ?」
晴明の反応から、大体の答えに察しがついた柊は聞いた。晴明からの応答はない。
「興味が、ないことはないですね。」
柊の体感時間30分、晴明の体感時間45秒ほどで、晴明は答えた。
前にアンリに見せてもらった、「ぼうけんしゃガイドブック」を思い出したのだ。ああいう話を書くのも楽しいだろうな、と思ったことは否定できない。
「ほはぁー。」
柊は溜息とも相槌ともとれる息を漏らした。
「じゃあ、参加でいいですかぁ?
まっ、すぐすぐじゃないので……。」
晴明が受話器越しに頷き、はい、と言う。
柊は参加者名簿に鳴海晴明、と書きなぐった。
「それでですね……。ん、鳴海さぁん?」
晴明の頭は何を書こうかということだけでいっぱいになってしまっている。柊の声など入ってきていなかった。
柊は鉛筆を落としたり回したりしながら何度も呼びかけたが、やはり応答がない。
「もしもし、聞こえますか?」
柊ががなるように言って初めて、晴明は、
「へぁ、なんですか。」
と素頓狂な声を上げた。
「ドラマの公開日が決まりましたんでお知らせしますねぇ。6月の7日ですぅ。
まっ、またいろいろと連絡しますぅ。」
柊はそう言って受話器を置いた。また仕事が増えるな、と思いながら。




