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もしもし、聞こえますか?  作者: クインテット
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Stand by me.

 コンセントにプラグが刺さっているかを確認する。大丈夫だ。ちゃんと奥まで刺さっている。

 晴明(はるあき)は電源ボタンを強く押した。一番下まで沈み込むように。

 パスワードを(せわ)しく打ち込み、起動するのを(ひざ)を揺らしながら待つ。

 かなり前に買った廉価版(れんかばん)のパソコンは、そう簡単にはスタンバイしてくれない。

 ちょうどパソコンを買ったのと同じ頃に行った市役所の職員もこんな風だった。眠そうな目をこじ開けて、のろのろと動いていた。

 平常(へいじょう)、矢印のカーソルがぐるぐると回っている。この間に無理やり何かしらのソフトを起動すると固まってしまうので、晴明は下唇(したくちびる)を突き出しながらまた待つ。

 買い換えようかなぁ。そんな当てもないのに思う。

 一分後、画面が一度カクついて、カーソルがいつも通りの姿になった。セットアップが終わったらしい。

 晴明はふぅ、と溜息(ためいき)()いて、ホーム画面にあるアイコンをダブルクリックした。


 一人しかいない友だちリストの一番上を押す。

 Lisa Thompson

 リサ トンプソンと薄い字でルビを振られた名前。

 晴明は鼻筋を両手で包み込み、もう一度溜息を吐いた。

 右手だけ離して、マウスに手を伸ばす。カーソルは、電話マークの上で止まった。


「あー、もしもし?どうしたの?」

 リサの声がする。晴明は、もしもし、と返して、微笑(ほほえ)んだ。

「いいニュースと言うか、提案があってな。

 茜が帰ってきたら……会ってみないか。

 何となくバツが悪くて、茜にはリサのこと黙ってたんだが……。

 俺が小説に書けば、きっと会えると思うんだ。と、言っても……画面越しになるかもしれないが。」

晴明は特に最後の一言を所在(しょざい)無さげに言う。

 リサは晴明の言葉を聞いて、両手を口に持っていき、ぱぁっと顔を輝かせた。

「いやー、すごく会いたいよ!ありがとう!

 あ、私のことを書くなら、ちゃんとエマ・ワトソン並の美人って書いといてね。」

 リサはそう言って笑いながらウィンクする。

「ははは、大した自信だな。

 まあいいや。

 ところで……。リサは、俺に会いたいとは思わないのか?」

 晴明の言葉に、リサは表情を固め、ん?と首を(かし)げる。晴明は苦笑した。

「日本に来てさ……俺と会わないかってことだ。

 三十路(みそじ)過ぎのおっさんに興味ないかもしれないが、その、まあ、俺は、リサのことが好きだ。

 あっ、ちゃんと旅費は出す!

 ドラマになるから、まとまった金が入りそうだから、俺が!」

 晴明は画面も見れずに、こう言った。多少話も支離滅裂(しりめつれつ)である。

やっぱり、俺ってダサいな……。

 晴明はぼりぼりと頭を()いた。

「ねぇ、晴明。自分が言ったことには、責任持ってよ?」

 リサはにやにやとしている。

 ん?と晴明が聞き返すと、

「今言った言葉、一言一句間違えずに直接言ってもらうから!

 あと、旅費は自分で出すよ。ミリオネアになったのは晴明だけじゃないからねー。」

 一段とにやつきながらリサは言う。

「えっ、本当に?」

 晴明はつい裏声になった。

「ジョークは言っても嘘はつかないよ。

 じゃ、茜ちゃんが帰ってきたら連絡ちょーだいね。

 すぐにチケット手配するから!」

 リサはそう言って通話を切ってしまった。

 (ひいらぎ)程ではないが、用件人間なのだ。

 晴明は、友だちリストに戻った画面の前で固まってしまっている。

 まさか成功するとは思わなかった。一方的なものだと思っていたから。

 いろんな思いが頭を駆け巡っている晴明を現実に引き戻したのは、呼び鈴だった。


「ああ、晴明さん、どうも。」

 深緋(こきあけ)がぺこりと頭を下げる。

「おお、こきちゃん。どうした?」

 晴明は少々浮かれていた。深緋は晴明の緩んだ顔を見上げながら言う。

「最近、日中留守にしていますが、茜さんを探しているんですか?」

 晴明は、首を振った。半分正解のようなものだが、言うとややこしくなる気がする。

「手がかりもないからな……。

 もしここが嫌になったなら、探されるのも困るだろうし。」

 じゃあ、どこへ?そう聞かれる気がしたが深緋は何度か頷くだけだ。

 プライベートにはあまり踏み込みたくないと、そういえば前に言っていた。

「そうですね。早く、帰って来てほしいものですが……。」

 深緋は言う。

 こきちゃんは全て知ってるんじゃないか。

 時々そう思うことがある。

 泣きじゃくってすがりつけば、茜がどこにいるか教えてくれる気もする。だが、何故かそんな気にはなれない。

「そうだな……。

 あっ、そうだ、こきちゃん、聞いてくれよ……。」

 晴明は先程のリサのことを話そうとした。誰かに聞いて欲しかったのだ。

 しかし、口を半開きにしたところで急に冷静になった。

 深緋はこれだけ茜のことを気にしている。しかも、夫婦関係にあると思い込んでいるのだ。今、自分のこの手の話をするのは不適切な気がする。

「って、あれ、何話そうとしたんだっけ……。」

 晴明はそう言って誤魔化(ごまか)した。

 深緋は、そうですか、と言って、晴明の手首についていた毛玉を取った。

 晴明はつい叫びそうになるのを必死に(こら)え、深緋を見送る。


「じゃあ、風邪には気をつけて下さいね。」

 深緋はそう言って帰っていった。恐らく、茜の所在と晴明の近況を確認しに来たのだろう。随分と簡素な訪問だった。

 晴明は誰もいない部屋で大の字になって、うーんと叫ぶ。本当は喜びの声を上げながら地団駄(じだんだ)でも踏みたい気分だったが、我慢(がまん)して。


 原稿用紙に向かい、リサのことを―仮名(かめい)ではあるが―書いていく。二人のことは決まって欲しくなかったので、関係はぼかした。エマ・ワトソン並の美人、なんてことも書かなかったが。

 リサの反応も、知りたいから書かない。

 ただ、加藤の女友達として、薄味に仕上げていく。

 柊もその存在に首を傾げそうではあるが。

 晴明は一気に書き上げて、床に再び寝転んで、空中で自転車をこぐように地団駄を踏んだ。

 茜に、リサに会えるまで、あともう少しだ。

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