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もしもし、聞こえますか?  作者: クインテット
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TRIGGER

 その日の晩、晴明(はるあき)がまた『木枯らし』に手を伸ばすと、ピロンと通知音が鳴った。どうやらラップトップからした音らしい。

 開いてみると、リサからの着信だった。顔のマークも出ている。いつも通り、顔を見ながら通話したいらしい。

 とはいえ、時差の関係もあっていつもは昼にするのに、珍しく今は夜だ。向こうは昼頃だろうか。


 晴明が受信すると、リサは画面の向こうで手を振っている。

「やっ!

 ところで、どうしたの、不在着信残ってたけど。」

 リサはきょとんとした顔で言った。

 そこで晴明は思い出した。寂しくて仕様が無くて、彼女に連絡したことを。

 どう説明したものか迷ったが、よくよく考えれば晴明以外に本当の(あかね)を知っているのは彼女だけだ。

 晴明は咳払いをして、そのことなんだが……といわくありげに話し始めた。

「実は、茜が物語と同じ結末を迎えた後……消えたんだ。目の前でな。

 しかも、物語の時系列とは関係なく茜の身にはいろんなことが降りかかってるんだよ。

 だから防げなかった。最悪だ。」

 晴明は床に(こぶし)を叩きつけた。バン、という無機質な音がリサにも届く。

 それを呼び水とするかのように、部屋には沈黙が訪れた。

 リサはこの状況にはもう慣れっこになりつつあった。少し前までの、馬鹿話をしていた頃が懐かしい。あの頃の晴明に戻ってほしい。


 リサは(ひざ)の上で握った両手をじーっと見て、パッと顔を上げると、

「晴明、茜さんと物語の関係について、もう少し(くわ)しく教えてくれないかな。」

と言った。

 リサは大学で民俗学を学んでいた。国は違えど、こういうファンタジーめいたことには近い。しかも彼女は今、超現実への興味ではなく、友への愛情のために動いている。

「分かった。全部話すよ。」

 晴明はぽつぽつと語り始めた。それは半ば自分に言い聞かせるためである。

 甘い甘いパステルカラーの綿雲(わたぐも)みたいな幻想(げんそう)にずっと埋もれていたい。でも、そこから急に地表に落とされたらどうなるだろう。それならいっそ、こんなザラメは吐き出してしまえ。

 そんな心で、縷々(るる)語る。

 それは、高校時代、出会ってからの記憶がないこと。

 明音(あかね)を知る手がかりはノートしかないこと。

 どうして小説家になったか。

 そんなことから始まり、茜と出会って、どんな日々だったか。

 また、対応する物語は大体何ページくらいで加藤はどんな様子だったか。など、思いつく限りのことを話した。

 まるで私小説を書いている気分である。リサは時折メモを取りながら、最後まで聞いた。

 いつもこうだったらいいのに、と晴明は不謹慎にも思う。危機的状況下ほど、こんなことも茶化したくなる。何故だろう。


「それってさ、やっぱり時系列順で起こってないんじゃない?」

 リサは鉛筆の尻についた消しゴムを晴明に向けながら言った。

「多分さ……()()()()があるんだよ。」

 そう言いながら薄黄色のメモ用紙に書かれた"trigger"の字を指した。

「一番分かりやすいのは……。

 最後かな。晴明の、『この道、綺麗だなー』っていう感想が、トラック事故のトリガー。

 こんな風に、実は茜さんの身に起こることには、何かしら原因があったんだよ。

 しかも、(くも)ったから雨が降る、みたいな単純なものじゃない。」

 リサはラップトップについたカメラにメモ用紙を向けて、器用にも書き込みながら説明する。ただリサの書く英語たちは時折筆記体が混ざるのもあって良く読めなかった。

「なるほど……。確かに、それなら色々と合点がいくな。」

 晴明は(ひげ)を触りながら感心して言った。

 メモの中身は良く分からないが、リサの言っていることとほぼ同じなのは分かる。


「あと、大事なことがあるよ、晴明。」

 リサは人差し指を立て、ゆっくりと言った。

「晴明は、このトリガーを、作れるって、こと。」

 メモ用紙の"trigger"を鉛筆で何重にもぐるぐると囲みながら言う。晴明の眼球は純粋にもそれを追いかけ、ほんの少し目が回る。

「つ、つまりなんだよ?」

 リサの気迫から真意が読み取れなかった晴明はリサを開いた手のひらで制しながら言った。

「続編。書けばいいじゃん。

 今度はうんっとハッピーエンドのやつね。」

 晴明は三秒ほど黙った後、歓声をあげた。あの時、深緋の言葉がどこかひっかかったのはこのためだったのだ。

「ありがとう!本当にありがとう!」

 晴明は腕をぶんぶんと振りながら何度も言った。

「う、うまくいくか分かんないよ?」

 リサはそう言って照れ笑いを浮かべた。


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