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もしもし、聞こえますか?  作者: クインテット
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レイトショーをもう一度

 車窓(しゃそう)の風景は目まぐるしく変わっていく。それを何となく眺めていると、自分が止まっているようにも思える。深緋(こきあけ)はその様子を楽しむでもなく甘受(かんじゅ)して、目的地を待っている。

 帰る場所は所詮(しょせん)あそこしかないのだと思い知らされた。別に大家(おおや)だからとかいうわけではない。ただ、地元に居場所はないように思えた。


怜美(れみ)、結婚の予定はあるの?」

 従姉妹(いとこ)からはそう聞かれた。

「おばちゃん、ずっと東京にいるつもりなの?」

 (めい)にはそう聞かれた。(うる)んだ瞳に悪意はない。しかし、返答には困ってしまう。

 両親はとっくの昔に他界している。

 唯一の理解者だった叔父(おじ)鬼灯荘(ほおずきそう)も彼から譲り受けたものだ―は今しがた見送ったところだ。

 誰も深緋の肩を抱いて味方してくれる人はいない。

 深緋は先のことを考える力もない。ただただ無力な、一人の人間だ。

「そう、ですね……。考えてはみます。」

 深緋はそう言うと逃げるように式場を後にした。通夜のことまで気が回らなかった。

 なにやってるんだろ。深緋はそう思いながら駅で電車を待った。


 広島から東京まではお節介なほど長い。存分に自分を痛めつけられる。

 あんなに良くしてもらった叔父さんを、見送ることもできないなんて。深緋はそっと頭を抱え込んだ。

「あの、大丈夫ですか?」

 隣の席の女性が聞いた。

「あ、はい……。すみません。」

 見ず知らずの人まで巻き込んでしまったことにますますブルーになる。

「いえいえ。お話、聞きましょうか?

  私、木村(きむら)夏菜子(かなこ)っていいます。」

 女性はそう言って小さく微笑(ほほえ)んだ。深緋は無表情のままそれを受け取ると、

「深緋です。深緋玲美といいます。」

そう返して続けた。

 東京での暮らしのこと。叔父の話。今日の葬式について。

 夏菜子は何も言わずに聞いてくれた。深緋も返答は求めていなかった。

「最低です。私は。

 自分が弱いのを棚に上げて。」

 深緋は最後にそう言うと、また夏菜子は微笑んだ。

「そんなこと、ないです。

 ありますよね。逃げちゃいたくなるとき。」

 深緋はまた車窓を見た。

 そろそろ東京につく頃だろう。

「ええ、私はそればかりでした。

 幼なじみのように、えいやっ、と踏み出すことができなくて。

 それでもね、踏み出したフリはしてるんですよ。

 大人ですから。」

 深緋はそう言う。

 夏菜子は1つ溜息(ためいき)()いて、

「そうですね。踏み出すのは、なかなか。

 大切な人がいなくなるって、(はた)から見るより大事件ですもん。」

こう言った。

 深緋は不審に思って、

「木村さんは、どうして東京に?」

と聞いた。

 夏菜子は苦笑して答える。

「『さよならレイトショー』って映画、知ってますか。

 あれの、再上映を見に行くんです。

  広島ではやってなくて。」

 深緋は夏菜子の顔に影が差したのを見てとった。

 その映画のことは聞いたこともないが、先程のセリフと(かんが)みると、もしかしたら大切な人との思い出の映画なのかもしれない。

「いいですね、映画。私も何か……。」

「次は、東京ー、東京です。」

 深緋の言葉をアナウンスが(さえぎ)った。

 夏菜子ははっとしてまた柔和(にゅうわ)な表情に戻った。


 ホームに押し出された二人は、どこか名残(なごり)惜しそうにその場から動けずにいる。

「じゃあ、また。」

「ええ、また。」

 示し合わせたようにふたりがさよならを言わないのは、縁起が悪いからだ。二度と会えない人が増えるのは、嫌だ。

 そんなことを、言葉を交わさずともわかっていた。

 深緋と夏菜子は真反対に歩き出し、やがて人混みに紛れて相手がどこにいるかわからなくなった。

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