蛍の光
部屋はとても静かだった。夕日が窓から射し込んではいるものの、擦硝子ではほとんど意味がない。
灰色と薄橙色が共存する部屋を、晴明は見つめている。
掃除、しようかな。晴明は藪から棒にそう決心すると、どかどかと靴を脱いで部屋にあがった。
許可書は部屋の押し入れの中の飾りみたいに小さなタンスにしまった。大事なものは、全部ここに入っている。火事か何かがあれば、これを抱えて逃げるつもりだ。これで、無くす心配はない。
晴明は茜の残滓を拾い集めて、空になったみかんの箱に詰めていった。
服、コップ、靴。それがたった数箱に収まっていく。晴明はパンパンになったそれをそっと部屋の隅に寄せると、荒くなった息を整えた。
でも、どうしても片付けられないものがある。
匂いだ。
あの、花のような柑橘類のようなみずみずしい香り。それは、どれだけもがいても、部屋の隅には追いやれず、ただ両腕が宙をかくばかりだった。
晴明は擦硝子を勢い良く開けた。
いつの間にか夜になっている。
鬼灯荘に来て初めてこんな景色を見た。街灯の光や窓から溢れだした光が、綺麗な湖の周りのような風景を作り出している。蛍が飛び回っているかのような光の市に、晴明は見入っていた。
光は遠くにあるものだと思っていた。しかし違うらしい。ちゃんと目の前にあったのだ。気づかなかっただけで。
晴明は静かに涙を流していた。都会の光を、茜に見せると約束したのを、不意に思い出したからかもしれない。
都会、ここより何倍も光に溢れた場所。しかし、何故か全く魅力を感じなかった。そんなものより、こうして窓枠にすがって茜と二人、この灯りを見ていたい。
「なあ、茜。見えるか?綺麗だろ?
あの中にたくさんの人がいると思うと変な感じするよなあ。
都会の光も綺麗だぞ。
今週末辺り、見に行こう。」
晴明は窓枠に腕を置いて、鼻声でそう独り言を言った。




