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もしもし、聞こえますか?  作者: クインテット
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ゆっくりと

 晴明(はるあき)朱殷(しゅあん)色のコートを着て、伸びていた(ひげ)()って、小さく咳払いをした。

 (あかね)には、ちゃんと伝えてある。

 今日は、明音(あかね)の命日なのだ。

 茜はというと、1着しかないお出かけ用のワンピースに(そで)を通して、鏡の前で不思議そうな顔をしてくるくると回っている。

 そう、今日は茜も連れていくのだ。そうすることが、義務であるかのように思えた。理由は分からない。しかし、明音のことを1人でも多くの人に知ってもらいたかった。

 初めてのおはようから最後のいいよまで。その前もその先も俺は知らないけど。

 晴明はシニカルな気持ちになったが、カミソリを洗面台に置くと、ルーティンが帰ってきて落ち着いた。

 取り乱さないように。もう、過去に()まれないように。

 晴明は泡を洗い流し、茜の待っている玄関へと向かった。

 茜はお出かけが楽しみなのだろうが、行先やら諸々(もろもろ)考えてしまって、不器用にはにかんでいる。それが正解かは、晴明も気にしていない。


 バスに揺られながら、茜は晴明の横顔を見ている。

 また、あの顔だ。作者近影みたいな、そんな顔。

 窓の外には、犬を散歩させる人、携帯電話で話すサラリーマン。その横顔は、ドラマのエキストラのようだ。

 プー、という音の度に茜は晴明の様子を(うかが)う。

 確か、鬼灯荘(ほおずきそう)からたった2,3駅だと言っていたはず。しかし、晴明はいっこうに降りようとしない。

 ぼうっとしているのだろうか。

 茜が袖口をちょちょとつつくと、晴明は特にまごついた様子もなく茜を見た。では、どうして。

「あの、晴明さん、通り過ぎてませんか?」

 茜が小さな声で聞くと、晴明は茜の顔を見、バスの広告を見て、また茜の方を向くと、

「ああ、花を買い忘れてたから、次の次で降りようと思って。

 商店街があるんだ。」

と言った。

 そして、また窓の外を見る。

 茜は、へえ、お墓参りには花がいるんだなぁ。と一人合点(がてん)した。

 まだまだ、知らないことがたくさんある。見た目は18かもしれないが、経験はほぼ無い。流れ込んできた記憶だけが、茜の常識。嬉しいのは、それが晴明の常識だということだ。もし、違う人が私を書いていたら、こんなにすんなり晴明さんとは暮らせなかっただろう。愛し合った夫婦でさえ、常識の違いで別れるのだし。

 でも、もし他の人が書いていたら、私はこのバスには乗らないんだ。なんでだろう。それは、嫌だ。

 茜は握り棒を強く握った。ゴムが滑る感覚がする。

 茜は運命論者になることを義務づけられている。だからというわけではないが、もし茜が違う人から生まれていても、いずれ晴明と出会うような気がしている。

 すれ違うだけかもしれない。それでも、きっと会える。晴明さんのために、私は生まれてきたから。

 茜の手の爪は白くなっている。ゴムにはその跡が半月模様を作り、なんだか済まない気がした。


 下車すれば、バスは知らん顔で走り出す。

 こんな風でも、こんなバスみたいに無愛想に生まれても、私は晴明さんを救えるのだ、と茜は確信していた。

 晴明は、数歩先を大股(おおまた)で歩いていく。

 ひろひらと陰影を(せわ)しくこなすコートを、茜は見つめていた。

 商店街は、すぐ先である。


 商店街は、平日ということもあってか、人はほぼいない。いたとしても老人で、2人のような若者はいなかった。

 3軒ほど先に、なるほど大きな観葉植物がある。どうやら花屋らしい。

 晴明はそこで白い菊を一対(いっつい)買うと、また歩き出した。

 晴明の口数が少ないのはいつものことだが、いつにも増して少ない。

 茜はそれでも怖くなかった。ただ、黙って先日の花火を思い出していた。

 人は一面だけでできてはいない。晴明には子供っぽい一面もあれば、こうして真剣な一面もある。それだけの話だ。

 横髪が鼻をくすぐって、茜は小さく笑った。


 そこからは裏道があるから、と言って大きな歩道橋のようなところを歩いた。実はこの下には高速道路が走っていて、茜にはそれが新鮮だった。

「すごい!私が歩いてる下を、車が走ってますよ!」

 茜は飛び跳ねそうなくらいはしゃぎながら、橋の下を見ている。

 晴明は数歩先で止まって、その様子を見ていた。

 今2人の間にはごうごうという音が入ってきている。その上茜には時速40km/hで走る車、晴明には風でなびく茜の髪が見えているのだが、なぜか時間はゆっくりに感じられた。このままここにいても、ずっと同じ3:15でいられるような。

「ほら、茜。そろそろ行くぞー。」

 それでも、晴明は進まなくてはならなかった。

 茜は小走りに、晴明の元へとやって来た。


 橋を渡りきると、(ゆる)やかな下り坂が待っている。ここの中途(ちゅうと)が墓地だ。

 晴明は花を強く握りすぎないよう気をつけながら、下りて行く。下りて行く。茜もそれに並んで歩いた。

 墓地も静かである。お盆でも彼岸(ひがん)でもない今、訪れる人は少ないのだろう。

 だが。坂の途中で、晴明は立ち止まった。

 かさっという足音で、麦わら帽を被った男が振り返った。

「おや、晴明くんじゃないか。」

 男はそう言い、持っていたポリバケツを地面に置く。

 晴明はまだ、何も言えない。

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