表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしもし、聞こえますか?  作者: クインテット
32/59

衝安の殿堂

 晴明(はるあき)深緋(こきあけ)にバケツを借りて、ケチ臭くも近くの公園まで歩いた。

 水を()むためだ。

 (あかね)にはまだ内緒。口うるさいのもあるが、サプライズをしたかった。

 ゴムサンダルとガサガサした足裏が()れてムズムズする。夜風は晴明の両足の間をすり抜けるように逃げていく。久しぶりに銭湯に行った髪は汗か拭き残しか分からないが、水気をまとって揺れている。時々、バケツが足に当たってガランガランと音を立てる。

 いささか明かり不足だ。その音だけで晴明はびくついて辺りを見回してしまう。


 リー、リー、と虫の声がする。

 晴明は公園に辿り着いた。昼間はちらほらといた子供たちも、今頃眠っている頃だろう。

「今の良い子は、9時にゃ寝ないか……。」

 晴明はそう呟くと、よっこらしょと言わないように。いいぃーと言いながらしゃがみ込んだ。

 一応きょろきょろと辺りを見回す。よし、誰もいない。

 晴明はポリバケツを公園の蛇口の下に置き、思いっきり蛇口(じゃぐち)(ひね)った。ばだばだと勢いよく水が注がれていく。

 晴明はその様子をぼうっと眺めている。

 もう秋なんだなぁと(ひざ)の上で頬杖をつきながら思う。気づけば夜は長いし、風も冷たい。ただ星空はくっきりと近づいてきていて、今も赤白い星が輝いている。


 バケツの1/4ほど水が溜まると、晴明は蛇口を止めてまた歩き始めた。

 高校時代、雑学にはまっていた晴明は知っている。これは軽犯罪だということを。自分と同じような雑学者に捕まらないよう、さっさととんずらしようと、晴明は早歩きで家路を急いだ。

 ゴムサンダルは時々すっぱ脱げそうになった。


 茜は晴明の部屋に転がっていた3巻しかない少年マンガを何周も読みながら待っている。

「寝ないでくれよ。」

 そう念を押して晴明は出ていった。

しかしどうして、と聞いても答えてはくれず。

 どこか悶々(もんもん)としながら茜はページをパラパラとめくっている。

 32ページに、お気に入りのセリフがあるのだ。30,31、ピンポーン。

 インターホンだ。


「ただいま、帰りましたー。よし、行こう、茜。」

 玄関まで出てみれば、晴明が青いバケツを持って笑っている。

 えっ、どこに。茜がそう呟くと、晴明は靴箱をごそごそとやりだした。

 靴にこだわりのない2人なので、靴は3足しかない。

 そのため三和土(たたき)に直接置いてあるのだ。

 使っているはずのない靴箱に、何が。茜が晴明の手先に集中していると、出てきたのは。花火だった。

「あった、あった。

 季節外れだけど、やろうぜ。」

 晴明はわざと若者ぶった口調で誘うと、少し強引に茜の手を引いて鬼灯荘(ほおずきそう)前の小さな駐車場に連れていく。

 置かれたポリバケツ。ポケットからはチャッカマン。お徳用の花火セットから適当に2本取り出して、1本茜に差し出した。


 茜は素直にチャッカマンの火に花火を突っ込んだ。押し出されるように光る、青白い光。

 一方晴明は、茜の花火にそっと近づけて、黄緑色の光を放った。

「あっ、晴明さん、いけないんだ!」

 茜はそう言って花火をちょいと晴明に向けかける。

 晴明は危ねっ、と言ってよけた。

 今日はちょいワルな気分だったのだ。きっと、お互いに。


 火薬の匂いが辺りを包んでいる。

 バケツの中で何本もの花火が(ちぢ)れている。

 晴明は花火で字を書いて遊び、茜はロケット花火を打ち上げていた。

 もちろん深緋に許可はとっている。

「そういえば。」

「えっ?」

 花火のシューッという音でかき消された茜の声を、晴明は何とか聞こうとした。

「そういえば!

 なんでいきなり花火なんて?」

 茜は大きな声で言う。

 ロケット花火が小さく弾けた。

「ああー。」

 晴明の花火がゆっくりとしぼむように消えた。

「安いんだよ。この時期。

 売れ残った花火買いほうだーい。」

 晴明はそう言ってバケツに花火を投げ込んだ。


 本当は嘘だ。晴明はそう思いながら線香花火を取り出した。

 本当は、小説にないことで楽しませたかった。物語は終わらせない。でも、幸せになってほしい。もし、俺が無力でも。ちょっと、笑ってくれたらいいな。

 晴明はそんな風に思って、衝安の殿堂に駆け込んだのである。

「えー。なんだか、(いき)じゃないですね。」

 茜はそう言って笑い、晴明が渡した線香花火に火をつけた。

 晴明も同じように(とも)し、並んでしゃがむ。

「なんか、線香花火って最後にしちゃうよな。

 だから寂しげなのかも。」

 そう晴明が話しかけると、茜はしっ、と言った。

 ああ、そうだ。線香花火は喋ると早く落ちるんだっけ。

 晴明も黙り込んだが、茜より先に落ちた。

 バケツへと向かっていると、

「ああー。」

と残念そうな声。

 思わずくすくす笑ってしまう。こんな幸せが続けばな。そしたら、いくらでも黙りこくれるのに。

 晴明はそう思った。

 花火は残り、3本だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ