表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしもし、聞こえますか?  作者: クインテット
27/59

ブルーと赤

 (あかね)風邪(かぜ)は完治した。

 晴明(はるあき)は結果が分かっていながらも、どこか安堵(あんど)した。

 神様、気まぐれに俺を見捨てないならば、どうか1秒でも長く茜といさせて下さい。晴明は願っている。

 茜がいなくなったら、晴明の部屋の蛍光灯(けいこうとう)は何ルクス暗くなるだろう。きっと、『木枯らし』が読めなくなるくらいには暗いだろうなぁ。

 晴明は寝転がって、天井をぼうっと見た。


 今宵(こよい)は、満月だ。新聞の天気予報の(らん)に、そう書かれている。

 茜はそれを読んで、見たいです!と息巻いた。

 晴明は、病み上がりの体で夜風に当たるのは……。と言いかけて、子供の頃、親にこう言われてどんなに嫌だったか思い出した。あんな思いはさせたくないな。そこで晴明は、いいですね、とだけ返した。

 人間は、心の中でぐだぐだ呟く生き物である。

 だが結局、口から出てくるのはその中の3%。しかも、結論の部分に当たる数文字だけだ。その中でも、その数文字が10字だったり3字だったりする人がいるだけで、さしたる違いはない。

 少ない人は誤解されやすいが(した)われる。多い人は信じられるが嫌われる。

 それだけだ。

 仮に、あまりにも相手が多く語るようなら気をつけた方が良い。

 相手はその何百倍もの文字数を、頭の中の(くり)(ごと)に割いているのだから。


 太陽は勤務時間を終え、いそいそと帰宅した。彼に残業はないのだ。

 晴明たちは夕食を済ませ、何をするでもなくぼうっとしている。

 満腹になった後、動かないこと以上の幸せは見つけ(がた)い。

 満月はしばしお預けである。

 蛍光灯は弱々しくも部屋を雄々(おお)しく照らしている。


「そろそろ、行きましょうか。」

 茜がそっと腰を上げた。晴明は無言のままそれに(なら)う。

 今宵は満月である。

 台所の窓から逃げ出した煙は、月明かりとなって帰ってきた。

 小説家らしくどこかシニカルな文句が浮かびそうだったが、晴明が水を飲むために蛇口(じゃぐち)を捻り、流れ出た水がコップを叩く音で消え去った。

 茜はもう玄関でつっかけを履いて待っている。晴明は一息に水を飲んで、自らもサンダルに足を突っ込んだ。


「わぁっ、予想よりも大きいですね!」

 鬼灯荘(ほおずきそう)の小さな駐車場で、茜ははしゃいでいる。晴明も同じように騒ぎたかった。

 そう、俺は、あなたになりたかったんだ。

「そう、ですね。」

 晴明はスウェットをきゅうと握った。

 でも何ともならない。ただ衣擦(きぬず)れの音が夜の青に消えていく。

 茜はうさぎを探している。いればいいな、なんて晴明も思う。思いを共有できているんだかいないんだか、よく分からない。

 それでも幸せだ。晴明は胸を張って言える。

「月に関する文句はたくさんありますから。

 昔から人は、月を愛していたんでしょうね。」

 晴明がそう微笑(ほほえ)みながら言うと、茜は笑いながら返した。

「晴明さん、仮にも小説家なんですから。

 月を前にして、愛してるなんて無粋(ぶすい)ですよ!」

「えぇっ。人は昔から、月を……月を……月が綺麗だと思ってた?

 何か変じゃありませんか。」

「それがいいんですよ!」

「そういうもんですかね。」

 晴明はそう言ってはははと笑う。茜も小さく笑う。

 月だけがそれを(ひそ)かに見ている。


「あっ、晴明さん、見てください!

 鬼灯荘の明かりが綺麗ですよ!」

 月を見飽きたのか、茜が鬼灯荘を指差しながら言う。

 住民の生活が、四角く切り取られている。

 光るところもあれば、暗いままの部屋もある。それが星空のイミテーションのようで(おもむき)深い。星とて、全てが光っている訳では無いのである。

「自然な光も綺麗ですが、人工的な光もいいですね。

 都会の方はもっとたくさんの光がありますよ。

 今度、一緒に電車で都市の方へ行ってみましょうか。」

「行きたいです!」

 茜は間髪(かんぱつ)入れず答えた。

 晴明はまた笑う。

 幸せに色をつけるなら、きっと茜色だ。晴明はそう胸の中で呟いたが、(つい)ぞ何も言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ