はじめまして
晴明は、怖がりである。ただし、雷限定の、である。
子供の頃から腹痛を恐れず腹を出して寝ていた晴明だが、雷が鳴ればさっとへそを隠した。
玄関前に置かれていた「木枯らし」は、彼の二畳の部屋にある。晴明は、ページをパラパラとめくった。状態としては新品に近く、何かメッセージが書かれているでもなかった。
「木枯らし」は、今の彼にとっては少し恥ずかしい、恋愛小説である。
晴明は、臆病である。ただし、色恋限定の、である。
晴明は高校時代より、色恋沙汰なしに生きてきた。彼は、その高校時代の自らをモデルに、「木枯らし」を書いたのである。思い出すのも苦痛でしかなかったが、書かねばならない気がしていた。彼は、食らいつくように出版社を回って、ようやくこの職を手に入れて以来、借金と小説で生きてきた。
晴明は、寡黙である。ただし、この国限定の、である。
今は、テレビ電話で世界中の人と繋がることができる。晴明も、利用者の一人なのだ。
彼の友達は、アメリカに住んでいるリサという女性だ。彼女のおかげで英語はそこそこ話せるようになったし、噛み合わなくても楽しく話せる唯一の相手である。
欠点を―晴明の気に入らないところを―あげるとすれば、彼女は、幽霊の類いを信じていた。そして、やたらとその話をするのである。話を合わせてやるのが、面倒なのだ。
晴明が「木枯らし」を投げ出し、うとうとしかけた頃、しんとした部屋に鳴り響いた。
「ピンポーン」
晴明は飛び起きた―つもりだったが、実際は水槽を泳ぐ金魚の速さだ―。晴明は廊下を駆け、鉄板製の防寒にはおおよそ適さないドアを押し開けた。
「はじめまして。」
初対面の人と出会うのは何年ぶりだろう。
いやいや、それにしてもヘンだ。普通、人の家を訪ねたら、用件を言うものだろう。
晴明は、当惑した。




